「いい噂は聞かないものね。見合いの席で、『お前と結婚するつもりはない』って一瞥して帰ったって話、聞いたことあるわ」

 見合いの招待状は、そのまま送り返すことになった。

 母は良家のお嬢さんだった日の嫌なことを思い出したようで、手紙を送り返すと、自宅と会社前で塩を払った。彼女の口癖は「普通に恋をして、そして一番愛する人と結婚をしなさい」であり、幼いころから香澄にはよく言って聞かせていた。

「でも、どうしてうちに来たのかしらねえ」

 打ち塩のあと、母はそう言って小首を傾げた。

 社員の一人が手を休めて尋ねる。

「オーナー、気になりますか?」
「そうねえ、だってウチ、ちょっと不景気に入ってきているし」
「そうっすねえ。確かに景気はよくないっすよねえ。まあうちは倅も結婚しちまって、俺も年だし。最後までゆっくり付き合いますよ」
「最近は、めっきり活動規模も小さいしなあ」

 社長である父はそう言ったあと「まあいっか」と言って、取引き先に出駆けた。