王の寝室の円卓に、グレイス二世、ポーラ王妃、ジェイコブ王太子の三人が座った。
衛兵隊長のコールマンは、王の正面、王太子の背後の位置に立っている。
「どう思う? レオを排除するべきだろうか?」
農民に扮したスパイから、クーデターの噂があることを聞いたグレイス二世は、レオ第二王子が反体制派に利用される可能性が大きいと考え、殺害したほうがいいかと悩んだ。その相談を、この深夜に始めたのである。
「それは早計よ」
ポーラ王妃は即座に反対した。
「レオがクーデターに関係している証拠はないし、第一、クーデター計画が本当にあるかもわかってないでしょう?」
まあ、レオの母親だからそう言うだろうな、と思いながら、王は頷いた。
「そのとおり。これには何の証拠もない。もしかすると、そんな計画はかけらも存在していないのかもしれん。しかし」
王の眼光が鋭さを増す。
「世の中に、そういう噂があるということ自体が問題だ。農民のやつらは、政権が転覆されることを望んでいるのだ。そういう邪(よこしま)な期待は、跡形もなく粉微塵に砕かねばならん」
王の鼻息が聞こえるほど、寝室がしんとした。
「余がこれをどれほど憂慮しているかわかるか? 奴隷というものは、隙あらば怠けようとする。予言が当たるという評判の老婆が、『もうすぐ奴隷は解放される』などと触れまわって歩けば、その気になって逃亡する準備を始めるかもしれん。少なくとも、今までは何も考えずに労働していたのが、こんなふうに考えるようになるだろう。いざ政変が起これば、俺たちは農具を武器にして、奴隷を解放してくれる反体制派の側について一緒に戦おう、と」
「お言葉ですが」
自由に発言してよいと言われていたコールマンが、直立不動のまま口を開いた。
「我が国において、クーデターないし政変の起こる可能性はありません。なぜならば、軍以外に武器および武力はほとんど存在しないので、せいぜい局地的な反乱しか起こりようがないからです。そしてそのような反乱は、我が軍が容易に鎮圧できます」
「外国から、大量に武器や傭兵が入ってくるという可能性はないか?」
「ありません」
王の懸念を、コールマンは言下に否定する。
「そもそも、我が軍に対抗できる組織や団体が存在しないのですから、外国も武器の売り先がありません。ましてや、すぐに鎮圧されるとわかっている反乱軍に傭兵など加わりませんよ」
暴力による政変はシェナ王国では起こり得ないというコールマンの見方は、正しかった。
だからこそ、レオ第二王子の狙う政権の転覆は、暴力によらないクーデター、すなわちチートアイテムを用いた謀略による無血クーデターなのであった。
しかしながら、この場にいる誰も、暴力以外にクーデターの方法があるとは思いつかなかった。そのため、王もいささか緊張をゆるめて、
「そうか。では、軍に任せておけばいいのだな?」
「はい、お任せ下さい」
「ジェイコブよ、お前もそう思うか?」
グレイス二世から突然話を振られた王太子には、特にどうという考えもなかったが、
(奴隷であるランを正妻に、という願いを聞いてもらうためにも、ここは自己アピールしておかねば)
と気を引き締めて、まともらしいことを言った。
「そうですね。確かにクーデターが成功する可能性はないでしょう。しかし陛下のおっしゃるように、反体制派がレオを担ごうとする危険はあると思います。だから今のうちに殺してしまえば、将来的にも禍(わざわい)の芽を摘むことになるでしょう」
「ちょっと!」
王太子の意見に、ポーラ王妃が声を荒らげた。
「そんな理由で第二王子を殺していいと思うの? もしあなたが病気や事故で突然死んだらどうなるの? 私はもう子どもなんか産めないから、王位継承者がいなくなってしまうのよ!」
王太子は慌てた。
(まずい、母を怒らせてしまった。こんなことが理由で、母が俺の結婚に反対してもつまらない。機嫌をとっておこう)
「もちろん、殺すというのは文字どおりの意味ではなくて、飼い殺しにするということです。生かしてはおくが、カゴの中の鳥のようにして、外部と接触させない。おかしな思想を持つ連中が、近づけないようにするのです」
すると王も王妃も頷いたので、ジェイコブ王太子は「よしっ」と心の中でガッツポーズをした。
「飼い殺しか。ではレオはすべての職務から外して、シェナ王国史の編纂の責任者でもやらせよう。日がな一日、王宮の図書室に閉じ込めておくのだ」
王が言うと、王妃も「それがいいわね」と相槌を打った。
「とはいえ、老婆の予言は気になる。地方領主や中央の文官に対しては、監視を強化する必要があろう。明日にも、陸軍官にはそう命じる。コールマン」
王は、直立不動の衛兵隊長を見据えた。
「王宮内のことはお前に任せた。おかしな動きがないか、常に見張っているのだ。特にこのような深夜に、こっそりと誰かと会っている者がいないかどうか。今からさっそく巡回せよ」
「はっ!」
せっかちな王の命令に、衛兵隊長は敬礼で応えると、回れ右をして部屋から出て行った。
「では失礼します」
ジェイコブ王太子も出て行った。コールマンに用があったので、急いで追いかけたのである。
寝室に、王と王妃の二人が残される。
「ねえ、あなた」
とたんに王妃が、猫のように喉を鳴らして甘えた。
「何度も言わせないでね。私、我慢できないの」
王は、今度は王妃の期待に応えた。