僕と彼の怪異七物語 二の物語~妖界は波乱万丈~

「今日も雨かぁ……明日くらいは晴れてほしいんだけど」
「どうだろうね」

昼休み、弁当を食べていると窓の景色を見ている瀬戸さんがぽつりと呟く。
大ぶりというわけでもないけれど、雨が窓を叩いている。

「雨が嫌いというわけじゃないけれど、一週間も雨が続くと流石にうんざりするね」

しとしとと降っている雨に瀬戸さんがうんざりした表情で机に突っ伏す。

「これはただの雨じゃない」

昼休み、寝袋にくるまっていた新城がむくりと体を起こす。

「新城?」
「え?どいうこと、ただの雨じゃないって」
「っち、面倒なことをしやがって」

寝袋からはい出てきた新城は舌打ちしながら廊下へ向かう。

「行くぞ、ついてこい」
「あ、うん」
「アタシも」
「お前はついてくるな」

立ち上がった僕に続こうとした瀬戸さんを新城は止める。

「なんでよ!?」
「怪異絡みだ、関わると碌な事がない。特に今回はついてくるな!」
「その理由を」

新城はバンと瀬戸さんの眼前で手を叩く。
驚いて尻餅をつく瀬戸さんを新城は一瞥する。

「うっさい、問答無用。行くぞ」
「あ、うん」

頷いた僕は新城の後に続いて廊下に出る。

「待ってよ、まだ話は終わって」

詰めよろうとしたところで新城が言葉を紡ぐ。
僕らが理解できないという事は怪異等に使うような術だ。
後を追いかけようとした瀬戸さんは壁にぶつかったみたいに動きを止める。

「痛い、え、なんで、通れないの!?」

「しばらく大人しくしていろ。お前の為でもある。面倒ごとに自分から突っ込もうとするな」

驚いて見えない壁をバンバンと叩きながら困惑している瀬戸さん。
新城はしばらく外に出られないという事を伝えると歩き出す。

「ごめん、後で」

どうやら防音もしっかりしているらしい。
何を言っているのか聞こえない瀬戸さんに謝罪する。

「術を使うなんてやりすぎなんじゃないの?」
「アイツは怪異に関わろうとする。何の覚悟も意思もない奴は買いに関わらない方がいい。
特に、今回みたいな厄介な案件は」
「厄介って、この雨が?」
「この雨はただの雨じゃない」
「え?どういうこと?」
「この雨は怪異が降らせている。普通の雨じゃないということだ」

新城が言うには降り注ぐ雨の中にほんの少しだけだが、怪異の力を感じるという。

「雨の中に怪しい力が込められているというわけじゃないから放置をしていたが、流石に一週間は長すぎる。同業者が動く気配もないから様子を見に行くことにした。道具は持っているな?」
「勿論」

ブレザーをめくって、腰のベルトに隠している十手をみせる。
前の怪異との戦いで新城からもらった十手。
怪異を祓う力はないけれど、怪異に襲われる人達を守るために使える道具。

「戦うことになるの?」
「相手の出方次第だな、やるってなるなら、相手をしなければならない……ただ」

真剣な目で新城が僕を見る。
その目は怪異と対峙するときと同じくらいの覚悟を秘めていた。

「天候を維持するなんて相当の力を持っている相手だ。邪悪な怪異なら俺達の命はないと思った方がいい」
「そんなにヤバイ相手なの?」
「怪異というよりも妖怪や神に近い存在だと思った方がいい」
「前も聞いたと思うけれど、何が違うんだっけ?怪異と妖怪って」
「怪異は人を巻き込む、それは現象であったり、悪霊と呼ばれる、とにかく人に絡んだ事に関わるものだ。だが、妖怪は違う。人と異なる生命、祓い屋の扱う力とは別ベクトルの力を持つ強大な相手だ。上級、もしくは神に至っている存在なら勝てない。逃げの一手しかない」
「そんな存在が雨を降らせているの?」
「理由はわからないけどな」

警戒は怠るなよという新城に僕は腰の下げている十手を握りしめる。
雨の降る中、体育館に繋がる廊下を歩いていた時。
シャン、シャンと鈴の音色が響いてくる。

「出たぞ」

身構える新城。
鈴の音色と共に雨が降り注ぐグラウンドからある一団が姿を見せる。
けれど、それは人ではない。

「さ、魚?」

大名行列のような集団が僕達の前にやってくる。
着物姿の彼らの顔は魚だ。
鯉らしき顔の集団の後に牛車がやってくる。
水牛が引いている牛車の中に強い妖怪がいるのだろうか?

「控えよろう!この方をどなたと心得る!水の神、ミズチ様であるぞ!」

牛車の傍にいた妖怪が叫ぶ。
よくみると肌が青白い事と、耳の部分に鰭のようなものがあることを除けば人に近い存在だ。
この魚人の言葉が真実なら牛車の中にいるのはミズチという妖怪?神様らしい。

「聞こえなかったのか!?そこの人間ども!ひょろっとしたのと、ちっこいの!」
「だぁれがちっこいだぁああああああああああああああああああああ」
「あ」

止める暇もなく魚人の顔へキックを入れる新城。
一般高校生よりも身長が低いことを気にしている新城はチビや小さいと言われる事に耐性がない。
周りの鯉人間達が慌てて助けに向かっていくのを見ながら怒りを発散するように荒い呼吸をしている新城へ視線を向ける。
これって、問題になるのでは?

「無礼者め!この私の顔を蹴るとは!容赦せんぞ!」

蹴りが鼻部分に直撃したんだろう、少し赤くなっている。
怒った魚人の人が腰に下げていた刀を抜いた。

「斬り伏せてくれる!」

激昂と共に振り下ろされる刀をホルダーから抜いた十手で僕は防ぐ。

「貴様、阻むか!」

横から割り込んだ僕に魚人は怒りながら一度、刀を下げる。
刀を押し戻して新城を守るように十手を構えた。

「お前達、陰陽師だな!」
「違うわ、祓い屋だ」

驚いた顔をしている魚人へ新城が突っ込む。

「えぇい、まさかミズチ様を狙う不届きものか!斬り伏せてやる!」
「待ちなさい」

身構える僕達へ響く声。
凛として、そして、何か強い力を感じさせる声。

「刃を抑えなさい。無礼は我らにある」

牛車の幕があがって、そこから一人の少女が姿を見せる。
十二単を纏って、流れる髪はきらきらと輝いていた。
神々しさという言葉は目の前の少女の為にあるのではないかと思ってしまうほどの美貌を持っている。
「我が家臣が無礼を働きすまない、祓い屋様と守り手様。私の名前はミズチと申します」

ミズチと名乗った少女に僕はどうするか、と新城へ視線を向ける。

「十手を下せ」

手を伸ばして新城が僕の手に触れる。

「上級妖怪が相手かと思ったが、まさか本物の神がやってくるなんてな」
「ほう、我の力を見抜くとは、並の祓い屋ではないようですね。これは頼りになりそうです」

ニコリと微笑む彼女に僕達は毒気を抜かれたように警戒を解く。

「アンタに敵意がないことはわかった。その前にこの雨をなんとかしてくれないか?流石に一週間も続いていると気が滅入る」
「それは失礼した。久々の人間界だった故に力の加減を間違えていたようだ」

ぺこりと会釈すると共にさっきまで降り注いでいた雨が嘘のようにやんだ。
新城の言う通り、この雨は目の前のミズチという妖怪の力だった。

「では、祓い屋様、守り手様、そして、そこの女性の方も交えてお話よろしいですか?」
「あ?」
「え、三人?」
「あちらに、お一人」

不思議そうにミズチさんが指さす方をみる。

「…………ぁ」

瀬戸さんがヤバイという表情をして隠れた。

「お前、そこで何をしている?」

あ、ヤバイ、新城もキレている。

「えっとぉ、その、てへ」

ブチッと新城の頭の中の何かが千切れる音が聞こえたような、気がした。

「だから悪かったって言っているじゃん、もう怒らなくていいでしょ」
「お前に怒っているわけじゃない、ドアのところだけに結界を貼って窓に忘れていた俺に呆れているんだよ。くそっ」

グラウンドから特別教室へ移動した僕達。
あの時、結界で外に出れないようにしていた新城だが、致命的なミスをしていた。
教室のドアから出られないようにしていたが、窓の方に結界を貼ることを失念していた。
連日連夜の霊脈解呪で疲れていて、うっかりしていたらしい。
普段ならやらない凡ミスを仕出かした自分に怒っている。

「おい、人間!いつまでミズチ様を待たせるのか!」

教室内に響く僕達以外の声。
振り返ると机を集めて、ミズチさんが寛げる空間が出来上がっていた。

「うっせぇな、こっちはこっちで話があるんだよ!」
「なんだと!」
「しつこいと刺身にするぞ!このマグロ野郎!」
「やめなよ、新城」
「落ち着くのだ。流よ」

僕とミズチさんが新城と流(あの魚人の名前らしい)を落ち着かせる。

「チッ、刺身にしてやるのは今度だ」
「命拾いしたな、人間」

犬猿の仲みたいな感じだなぁ。
いや、この場合は人魚の仲かな?

「さて、祓い屋様達も落ち着かれたようですし、我がここへきた理由をお話ししたいのですが」
「あぁ、すいません」

静かに待っていたミズチさんに謝罪して、僕は彼女の方に視線を向ける。
ミズチ、新城が言うには水の力を司る妖怪……正確に言うと神龍の一体で、水を操る力に長けており、本気で怒らせたら日本を沈没させることくらい造作もない力を持っている、らしい。

「えっと、それで、ミズチさん、御用件というのは」
「無礼者!様を付けんか!」

尋ねようとしたところで流さんが激昂する。
江戸時代じゃあるまいし、様付けなんて。
どうしょう、と新城へ視線を向けると「面倒だから言う通りにしておけ」とアイコンタクトされる。

「ミズチ、様……本日はどのような御用で」
「えぇ、その、実は……」
急に扇子で口元を隠した。
ちらちらと視線は泳ぎ、言うべきかどうすべきか悩んでいるみたいだ。

「その、伝えづらいことなんですか?」
「違うんです、その」
「姫様?」

悩んでいる様子に流も首を傾げている。
「うん、えぇ、実は」

扇子を閉じて覚悟を決めた表情でミズチさんが顔を上げた。

「初恋の男の子と会いたいのです。お力添えをして頂けませんか」
「「は?」」
「姫様!?」

今、彼女はなんといった?
初恋の男の子と会いたい?
初恋の男の子?
初恋の男のぉ!?

「初恋の男の子って、どういうことだ?」

流石の新城も予想外だったんだろう。
目をさ迷わせながら尋ねる。

「まだ幼い頃、興味本位で一人、人間世界へ訪れました。その時、我を捕まえようと悪意ある退魔師の者が襲い掛かってきました。怪我を負った我は必死に逃げました。意識が朦朧としていたところを彼……カナタが助けてくれたのです」
「そんなことが」
「カナタは妖怪である我を見ても怯えず、むしろ回復するまで手当をしてくれた。あれから月日が過ぎてしまいましたが、もう一度、出来るなら一目、彼に会いたいのです。祓い屋様、お願いです。カナタにもう一度、会いたい、お力を貸して頂けないでしょうか」

過去に助けてくれた人にもう一度、会いたい。
人ならば、思う事だろう。
だが、怪異、いや、妖怪が人に会いたいなんて思う事があるのか?
今までにない事に僕はどう答えていいのかわからない。

「ねぇ、ミズチはカナタって人と恋人になりたいの?」

今まで静かに話を聞いていた瀬戸さんがミズチさんへ尋ねる。

「貴様、ミズチ様を呼び捨て等!」
「構わぬ、守りて様も我の事を好きな風に呼んでください」

流が先ほどの様に叫ぶも、ミズチ様の一言で沈黙する。

「そなたは……」
「アタシは瀬戸ユウリ、こいつらみたいな特別な力はない普通の女子高生よ」
「ジョシコウセイというのが何かわかりませんが、瀬戸様、貴方の言う通り、我はカナタと恋人に……もっというならば、夫婦のような関係になりたいです」

扇子で口元を隠しているが真っ赤になった顔を隠しきれていなかった。

「アタシ、恋愛は好きじゃないけれど、会わせてあげたいかも」
「……瀬戸様、ありがとうございます」

ぺこりと頷くミズチ様。

「ひ、姫様、今の一体!?」

その後ろでフリーズしていた流が慌てた様子で叫ぶ。

「そのままの意味です。我はカナタともう一度、会いたいのです」
「……わかりました。姫様が仰るのならば、私はそれに従うのみです」
「ありがとう、流」
「仲良き事だが、少しいいか?」

新城が手を挙げる。

「アンタは妖怪、相手は人間。そこは理解した上で会いたいというんだな?」
「そうです」
「結果がアンタの望まないものだったとしても?」

鋭い新城の目を向けられてもミズチ様は表情を変えない。

「えぇ、覚悟の上です」
「……俺としては怪異と人が触れ合う機会を作るなんて事をしたくない」
「ちょっと!」

瀬戸さんが非難の声をあげるも新城は黙るように手で制す。

「結果が最悪なものでも、アンタは大人しく“妖界”に帰るんだな?」
「はい、帰ります」
「…………わかった。ツテを使ってアンタの言うカナタって奴を探してみよう」
「祓い屋様!」

ミズチ様は感謝しているのか、ぺこりと頭を下げる。
彼女が頭を下げた事で流がわたわたしていた。

「こちらがカナタの事で覚えていることを書き記したものです」
「期待はしないでくれよ……雲川、ここは任せる」

ミズチから受け取った紙をちらりとみてから、立ち上がった新城は教室から出ていく。
僕は慌てて新城の後を追いかける。


「新城!」
「俺はツテを使って、カナタとかいう奴を探す。あまり期待はできないが」

廊下を出た所で新城が振り返る。

「その間、お前はミズチ達を守れ」
「守れ?って、何から?」

新城はちらりとミズチ様がいる特別教室をみながら警戒を促してくる。

「この場に妖怪、しかも神がいるとしれば、退魔師の連中がやってくるかもしれない」
「退魔師って、ミズチ様を攻撃したって?祓い屋と違うの?」
「祓い屋と思考、根本が何もかも違う」

祓い屋は怪異を追い払う事を目的で退魔師は怪異を消滅させることを目的としている。

「怪異を消滅!?そんなことできるの?」
「かつては出来た。だが、今は失われた技術……退魔師はその技術を復活させようと躍起になっている連中だ。おそらく術を試す為にミズチを狙ったんだろう」
「もしかして、ミズチ様を退魔師が狙ってくる可能性がある?」
「そうだ、ここ最近の怪しい呪詛もミズチ降臨の可能性を予期していたのであれば……まぁ、俺が考えすぎの可能性もあり得る。あり得るが、何もしないというわけにもいかない……念のため、結界を貼っておくが、最悪の場合、お前ひとりでアイツらを守るんだ。できるな?」

確認するようにみてくる新城に僕は迷わずに頷く。

「それが僕の仕事だから」

助けてくれた新城に恩返しというわけじゃない。
僕を必要と言ってくれた彼の為にやれることをやる。
制服の中に隠してある十手に触れた。

「任せて、やり遂げて見せるから」
「……すぐに戻る。頼んだぞ」


















「何やっているの?」

特別教室へ戻るとミズチ様が十二単から制服を着ていた。

「その制服、どうしたの?」
「アタシの制服を貸したの!」

ミズチ様の隣にやってきた瀬戸さん。
体操着姿だった。

「現代の人が纏う服というのはあっさりしているものなのですね」
「似合っておりますぞ!姫様!」

流の言葉に全員がスルーする。

「アイツは?」
「新城ならミズチ様の情報を確認するために出かけたよ」
「……大丈夫なの?」
「新城なら大丈夫だよ」

僕の言葉に瀬戸さんはなんともいえない表情を浮かべていた。

「瀬戸様、先ほどのお話を聞かせていただけますか?」
「あぁ、ごめんごめん。えっとね」

会話を中断して瀬戸さんとミズチ様が楽しそうに話を始める。
同じ女子という事で会話を楽しんでいるのだろう。

「あのような姫様の姿を見るのははじめてだ」
「そうなんですか?」
「姫様は水を司る神だ。神の加護を得ようとたくらむ妖や腹に一つ二つ抱えた者が集まってくる。我らにすらあまり心を開く事すら難しい……うぅ、嬉しいことだ」

隣で滝のように涙を零す流。
ちょっと引いてしまう。

「ところで、あの小さい奴は見つけてくるのだろうか?」
「新城の前で小さいといったらまた蹴り飛ばされますよ……大丈夫ですよ」
「それなら良い、が」
「従者としてはミズチ様が人間と親しくなるのは大丈夫なんですか?」
「問題はある。だが、我らの願いは主である姫様の幸せ……人間と我らの寿命は大きな差がある。例え一時でも姫様が幸せなら……幸せならばぁああああああああああああ」

素直といえばいいのか、涙もろいというのか。
この騒がしい状況下で楽しそうに女子トークしている二人はなんというか。
微笑ましいな。

「瀬戸様は恋というものをしたことがないということですが」
「アタシ、色々あったんだぁ。恋愛沙汰が面倒というか、今はいいかなぁ~って、美少女って色々辛いのよ」
「そうなのですか……」

少し困惑した表情のミズチ。

「貴方もそういう苦労は?顔やスタイル目当てで話しかけてくる輩」
「覚えがあります……そういうことですね」

目の前で行われる女子トーク。
これ、僕らがいると邪魔なのではないだろうか。
そんなことを思いながらも護衛の為に僕はこの場に残ることになった。