朧咲夜4-朧なはなの咲いた夜-【完】


「もうなんでもどうぞ。あんな恥ずかしい思いさせられて羞恥心とか今ぶっ飛んでるから」

ごめんね、と答えて、笑満ちゃんの手を握りなおした。

「もし、俺と咲桜が別の道に進むってなって、笑満ちゃんはどちらかとしか一緒にいけないってなったら、どうする?」

「遙音くんと一緒に行って咲桜とは電話する」

「………」

現代的な答えだった。電話……。

……笑満ちゃんから咲桜が切り離せないのは、ようくわかった。それでも、

「俺と一緒に来てくれるんだ?」

「言ったでしょ? あたしは遙音くんと一緒にいたいんだって。そこんとこわかってください」

笑満ちゃんに軽く睨まれた。

「ありがと」

笑満ちゃんの頬に手を触れさせると、口を真一文字に結んで耳まで紅くなった。

「女の子にされっぱなし、はちょっと悔しいかなー」

「な、なにが?」

「なんだろね? でも、言ったろ? 笑満ちゃんもらうって」

「もら……どこでそんな言葉覚えたの!」

「雲居とか神宮あたりかなー」

「変なこと吹き込まれちゃダメでしょ!」

「変なことかな? 俺が何したいか、わかってるよね?」

「う……」

「笑満ちゃんがやだったらまだしないけど、俺はもうほしい」

「~~~」

「いやだったら逃げて」

「……………逃げられるわけ、ないよ……」

小さな答えを聞いて、嬉しさを隠せず微笑んだ。

俺の楽しそうな視線と、笑満ちゃんの恥ずかしそうな視線が絡み合う。

「――ずっと好きだった。笑満ちゃんのこと。だからこれからも、好きでいさせて」

「………あたしも、遙音くんだけが大すきです……」

重なった唇のあたたかさ。

繋いだ手は、もう解かれない。


「よかったね、王子様迎えに来て」

二限目の始まる前に教室に帰れたあたしは、咲桜ににやにやしながら言われた。

「そ、そういう言い方しないの!」

「えー、だってあれはどう見てもお姫様攫ってく王子様じゃん」

「夏島先輩ってスポーツやってたっけ? 軽々と! だよね!」

「びっくりし過ぎて笑満羨ましすぎんだけど!」

クラス中の女子が集まってきた。

恥ずかしさが臨界点なあたしは小さくなった。

ちなみに遙音くんは、小学生当時はバスケをしていたけど、今は龍生さんに師事して柔道や剣道の武道の方をやっていると聞いた。

「ねー日義―。姫抱っこの写真撮らなかったの?」

「あったらほしい!」

「な、何言ってんの!」

机に突っ伏した頼に話が振られて、泡喰った。そんな恥ずかしいもん残されてたまるか!

頼がむくりと起き上がる。

「咲桜に全部消されたー」

『………』

クラス中の瞳が咲桜に向く。

咲桜は、はっと薄く笑った。

「私が消さないとでも?」

思いません。きっとみんな、異心同音に思っているだろう。日義の飼い主だから、この子、と。

予鈴が鳴って、それぞれ席に戻る。あたしはやっと解放された。

「さすが日義の飼い主だねー」

「なんだかんだ最強なのは咲桜な気がする」

結構な言われようだった。

……神宮先生は、咲桜のこういうカオは知ってるのかな?

天使と呼ぶことを決めた親友を見遣る。

これが神宮先生の前に立つとあんな乙女になるんだから……すごいねえ、神宮先生は。しみじみだ。

……そのあとの休み時間も、あたしは散々ひやかしのネタにされた。


昼休憩になって、咲桜と頼と中庭に移動した。やーっと心休まる時間だ。

「あのね、咲桜」

お弁当の準備をしている咲桜に、小さく呼びかけた。

「ん?」

「さっき、その……遙音くんに、ね?」

「うん」

「こ、『これからもすきでいさせて』、て言われたの」

「おお」

遙音先輩やるな。咲桜がそう言った。冷やかしではなくて、本心から言っているみたいだ。

「ってことはだよ? これからも遙音くんをすきでいてもらうために、あたしも頑張らなきゃだよね」

「確かに。努力だね。私も必要だよね、そういうとこ」

「そういうわけで! あたしが何か女子としておかしなことしたらバシッと止めてね!」

「了解。私もお願いする」

ガシッと咲桜と手を組んだ。

頼はパンを食しながら黙って眺めていた。


「――というわけで、二人が暴走することは目に見えてんで、何かしても特に心配しないでいっすよー」

「「………」」

珍しく日義が一人で旧館にやってきたと思ったらそんなことをのたまった。

椅子についている俺と、その前の机に腰かけていた遙音は何度か瞬く。

「暴走……」

「暴走シスターズとか、暴走ツインズとか呼ばれてましたからねー、小学校んとき。まあ、俺に関わったのも若干暴走入ってますし」

「「………」」

否定出来ない俺たちだった。

「―――てか」

遙音が口を開いた。

「その発想が可愛すぎる……!」

にやける顔を押さえてバシバシ机を叩いた。

「そんなことしなくたってすきでいるに決まってんじゃねーかー!」

バシバシバシッ

俺は半眼でそれを見る。手ぇ痛いだろう……そんな勢いだ。


「オトも希少種なんですねー」

「松生の問題が解決したからいいいだろ」

「流夜くんは思うとこないんですか?」

「………」

遙音と全く同じことを考えていた。

ただ、同類に思われるのが嫌なので黙っておいた。

「……日義はそういうときどうしているんだ?」

「え? 放っておきますけど」

当たり前でしょう、と返された。

「……いいのか? それで」

「問題ないようには止めますけど。基本的に二人の行動には口出ししないっす」

「………」

いいのだろうかそれで、こいつらの友情。

「つーか、俺の所為で迷惑ばっかかけてんで、そんくらいはとーぜんでしょう」

「……自覚ありなんだな」

「ま、ね。きょーはそれだけです。んではまたー」

投げやりな態度で出て行った。

遙音ががばりと起き上がる。

「なあもう笑満ちゃん最高可愛いってことでいいよな⁉」

「知らねーよ」

咲桜以外にそんなん思わねえよ。

「じゃ、笑満ちゃん帰り誘ってくる」

朝の意味不明とは打って変わって上機嫌で出て行った。

「……日義も結構苦労性みたいだな……」

咲桜の暴走癖は昔っからだったのか……。

松生も同じ部類とは思っていたから、日義も大変だったんじゃないだろうか。

……日義も二人の友人なんだな。

咲桜の願っていた日義に新たな友達が出来る、は、現在進行形のようだしな?


「は、遙音くん楽しそうだね」

「そりゃあもう。笑満ちゃんから言質取れたし?」

「彼女に言う言葉じゃないですよ。訂正してください」

「妬いてんのか? 王子サマ」

帰り道が何故か三人だった。笑満と遙音先輩と、分かれ道までの短い時間。

帰りがこのメンバーになったのは初めてだった。

「別に妬きませんけど」

私は憮然と返す。

遙音先輩が笑満に対して俄然余裕綽々なのは、どこか気に喰わない。でも、そう思う理由もわからない。

話題ずらすか。

「先輩って、龍生さんとこにいたんでしたっけ?」

うん、と先輩は肯いた。

「施設出てから、中学出るまでは。匿ってもらったって言った方が正しいかも」

「連れ戻されたりしなかったんですか?」

「施設の人が来たけど、二宮さんや神宮が間に入ってくれた。そんで今でも結構頭あがんないわけ」

「流夜くんの相棒って誰なんですか?」

「それは――……俺が知りたい」

一気に先輩の声が冷えた。

「知らないんですか?」

「知らねー。つーか誰も教えてくんねー。宮寺は知ってる人間自体少ないって言うし」

「宮寺先生は知ってんですね……」

としたら、当然降渡さん吹雪さんは知っているだろう。三人の間に秘密は意味なしと言っていたし。

「それって、降渡さんや吹雪さんじゃないんですか?」

「違うらしい。神宮が留学してっときに向こうで顔見知りになった、てとこまでは知ってるけど」

留学というと、中学のときのやつかな?


「………」

「咲桜も気になるのか?」

「一応」

「訊いてみりゃいんじゃないか? あいつ、何でか咲桜にはべた甘だし」

「………」

流夜くんが嘘――と確定する論拠はないけど、いる証拠もいない証拠も、私が提示出来ない物事――をついたと言うのは悔しかった。

「……あることの証明は出来るけど、ないことの証明は出来ないって言いますよね」

「ああ? まあな」

先輩は釈然としない様子で返す。――流夜くんは、証明出来ないことを言った。


「では、遙音先輩。笑満のことは頼みます。私はここで」

「ああ」

「また明日ね、咲桜」

「うん。じゃね」

分かれ道――朝、遙音くんがあたしの腕を引いた場所で、咲桜だけ違う方へ歩いた。

もし、遙音くんと咲桜が重ならない道へ歩き出したら――

「……遙音くん、よくあんな大胆な真似出来たね」

「ん? だってああでもしなきゃまともに話せないかなーって」

「あれでまともに会話出来たのもどうかと思うけど……」

「攫ってでも話せって神宮には言われた」

「流夜くんの入れ知恵か!」

「笑満ちゃんをすきでいられたこと、後悔したくないから。簡単には離さないし」

「………っ」

「……でも、一つ言っておくね?」

遙音くんはあたしの左手を軽く握った。

「俺は、神宮たちの側(がわ)へ行く。今は半分足を踏み入れた感じだけど、完全に向こうへ入る。でも、笑満ちゃんをそちらへ連れて行こうとは思わない」

「―――」

「思わない、けど、手放したくもない。……勝手言って、ごめん」


「……そういうときはね?」

遙音くんの肩に手をかけて、頬に唇を寄せた。軽く音が鳴る。

「それでも傍にいて、て言えばいいよ。あたしは遙音くんがゆるしてくれる限り、傍にいたいって思ってるから」

すぐ離れると、遙音くんは口を真一文字に結んで呆気にとられたような顔をしていた。

こういうことだって、度胸があってお姉さん系美人の咲桜がやればカッコもつくのだろうけど……自分では、こうやって背伸びをしないと遙音くんには届かない。

声を大きく叫ぶより、囁ける近さにいたい。

「――笑満ちゃん」

「は、はい」

「笑満ちゃんを護る場所を、ずっと俺にください」

「―――え……?」

遙音くんは更に左手を重ねた。

「危険過ぎることに向かっていくのはわかってる。でも、笑満ちゃんは、俺が護るから。だから、傍にいてほしい」

そば、に……?

「……どのくらい? いて、いいの?」

「ずっと」

「ずっと……?」

「うん。ずーっと」

永い時間を。

「………はい」

押し出たあたしの声は小さかった。

不安定な爪先立ちで背伸びをしないと、あなたには届かない。

それでも足はゆらつくから、……その肩に手を置かせて?

「……ずっと、ね?」

「うん」

親友と道が分かれたって、あなたと生きたいから。