朧咲夜4-朧なはなの咲いた夜-【完】


「ああ……」

笑満が言ったこと、気にしていたんだ。

「大体この歳になって言葉遣い直せって言われてもなー」

「先生のときは丁寧に喋ってるよね? それとは違うの?」

「あんなん当たり障りないように演技入ってるだろ。咲桜にまでそうしろって?」

「いやいいです。ってか近いです」

「在義さんまだだろ? 大丈夫」

「なにがっ」

「さてな?」

「~~~」

かわされた、というよりはいいように遊ばれている気がしますが。





「あの……」

「ん?」

「そっち向いちゃ駄目ですか?」

「いいけど? 逃げないなら」

「……ごめんなさい」

私が折れた。

夕飯を終えて、流夜くんにとっつかまった。

抱きかかえられてソファへ一直線。混乱している間にいつものごとく抱えられて座る格好。うちだと無性に恥ずかしさが増すのはなんでだ。

「大丈夫なの? 吹雪さんのとこ……」

「切羽詰ったことはないからな、今は。在義さんが帰って来るまではいるつもり」

いつものごとく横抱きにされているので、真正面から流夜くんを見ているわけではない。見たいけど見たら自分ツブれるのわかっているので目線は彷徨う。

流夜くんはそれも心得て――計算済みで――いるのか、終始楽しそうだ。

「……私がもっと小さかったらよかったのに……」


「どうした、急に」

流夜くんを見られないけど、服の裾を握りこんだ。

「その……無駄に背丈あるから……もっと小さかったら可愛い行動とかも合うだろうし、こんなふうにしてもらっても、こう、ちょこんと感? 女の子らしいって言うか……だ、抱き上げるときも、そう重くないだろうし……」

流夜くんはやすやすと抱え上げてくれるけど、自分は背丈の分の体重もある。重かったらどうしよう……。

「……そんなこと考えてんのか?」

「無駄に大きいのはそういうこと考えるんだよ」

背が高くていいのは、高いところの物を取るときくらい。

「このままで十分可愛いのに?」

するりと流夜くんの手が私の髪を絡めとった。そんなことを言われたらドキドキしてしまうじゃないか。

「……もっとやせた方がいいとか思わない?」

「それは駄目だ。今で、こうしたときちょうどいいんだから」

背中に腕を廻されて強く抱き寄せられた。

「俺も背丈ある方だから、背が高いと、咲桜の顔がよく見えるから嬉しいんだけど」

「……そうですか?」

な、なんと嬉しい解釈。声が照れる。

「俺も無駄にでかいからなー。いいんじゃないか? 似た者同士で」

「流夜くんはカッコいいからいいんだよ!」

がばっと顔をあげると、面喰った様子の流夜くんと視線がかちあった。うあ……。

「これ堂々巡りのフラグだよな」

「そ、だね……」

「お互いさまってことでいいか」

「……はい」

今一時訪れる恋人の時間。

在義父さんが帰ってくるまでの、これは秘密。

交わされた視線がそう囁いた。





そういえば流夜くんってお仕事の話、しないよね。

登校中にそんなことを考えた。

それに昨日の流夜くんの――嘘、と感じたもの――言葉が、どうして本当じゃないと感じたのだろう。

……もともと大っぴらに言っていいものとは思ってないけど……。……在義父さんの仕事だって、言わないように育てられたし……。

それに類していて、流夜くんは警察の人間ではない。一般人という括りだ。私には喋れないことも多いだろう。

それを無理に教えて、は、なんかやだなー。

それでも気になってしまう、流夜くんの『相棒』。

遙音先輩に訊けば教えてくれる? それはそれで申し訳ないというか……。

それこそ、降渡や吹雪から話してもらえるように――と言われたばかりだ。

なら降渡さんに訊く? ……向こうから話してくれるならまだしも……。

頭の中で堂々巡りをしている。

「あ」

ひとつ、思いついてしまった。

捕まったハッカーの中でも高レベルな者は、出所の際迎えに来る者があると聞いたことがある。その技術をほしがるものたちだ。

「………」

流夜くんの相棒も、もしかしてその類(たぐい)? まさか、元犯罪者となればその存在は隠さずにはいられないだろう――。私を警察側の世界に巻き込むことを流夜くんは嫌がっているように感じるから、更に教えてくれない理由の納得になる。そういう可能性もなきにしは、かな……。

教えてくれない存在、ではなく、言えない存在、なのかもしれない。

「………うん」

そう思って納得しておこう。

流夜くんの相棒さん、勝手にそんな扱いしてごめんなさい。

心の中で謝っておいた。

今は自分の中でそう、カタをつけておいて、流夜くんや降渡さんから、話してもらえる自分になろう。

どんな人でも、流夜くんにとっては大事な存在なのだろうから。


「―――待って」

登校中、咲桜の姿を見つけて駆け寄ろうとしあたしの腕を、遙音くんが摑んだ。

「ふぇ? どうしたの?」

勢いを殺されて、驚いて振り返る。

遙音くんは何やら思い詰めた顔をしている。

「遙音くん?」

「笑満ちゃん、咲桜のこと……すき、なの?」

「うん、大すき」

「……じゃあ、俺のこと……は?」

「えっ」

あたしが面食らった顔をしたからか、遙音くんはどこか痛そうに瞳を細めた。

「それは、その――

「ごめん、行っていいよ」

するりと摑んでいた手が解けた。

あたしが遙音くんを見上げたままでいると、遙音くんはうつむき気味に「咲桜、行っちゃうよ」と細く言って先に歩き出した。

「――――………」

遙音くん? どうして、そんな顔するの?

再会して、遙音くんの色んな表情を見て来た。

でも……そんな哀しそうな顔は、知らないよ……?


「おはよー」

「咲桜おはよー」

「はよ。笑満は?」

「先輩と一緒みたい」

「わー、ラブラブだねー」

「だてに幼馴染じゃないって」

「いいなー彼氏。しかも夏島先輩って」

楽しそうに話す級友たち。

遙音先輩の知名度は藤城一だ。

今まで恋仲の噂のない遙音先輩の初めての彼女。

笑満のことも、二年生の間では噂になっているそうだ。

「頼」

「うー」

私たちの、おはようの代わりの挨拶だった。頼はうつぶせたまま。


いつもより笑満が遅いなーとは思っていたけど、遙音先輩が一緒ならまあ、藪はつつくまい。蜂が飛び出して来たらやだし。

笑満が入って来たのは始業ギリギリだった。軽く驚いた。

茶化す周囲に「あはは」と笑って笑満は席についた。

「笑満?」

「あ、おはよう」

「おはよ。どうかした?」

「え? ……ううん」

考える間があってからの返事だった。

様子がおかしことは明白。しかしすぐに担任が入って来て、訊くタイミングを逃してしまった。


「神宮頼みがある」

朝一番に乗り込んできたのは、遙音だった。

旧館へは資料を取りに寄っただけですぐに校舎に戻るつもりだったから、謀ったようなタイミングだった。

「なんだ」

「女の扱い方教えてくれ」

「………は?」

なんて?

「お前慣れてんだろ」

ギッと睨まれた。……なんでそんな鬼気迫っている。

「んなわけあるか。咲桜の扱い方しか知らん」

「……お前そういうこと言って恥ずかしくねえの?」

「全く」

「厚顔無恥め」

ちっと吐き捨てる遙音。それから、脱線した、と頭を一つ振って話を戻す。

「そういうわけだ。教えろ」

「どういうわけだ。説明しろ」

何がそういうわけなんだか。


「……笑満ちゃんの、咲桜への王子様扱いがすげえやだ」

「ああ……。咲桜を男扱いするな、だな」

「お前はそうだろうけど。俺の文句はこの前言ったとーり。お前が咲桜の男なんだから責任取れ」

「……どんな責任転嫁だ。松生への接し方なんて、俺は知らんでいいだろ」

「知らすわけあるか!」

「じゃあ訊くなよ」

「………」

そう返すと、歯噛みしている。……松生となんかあったのか。

「お前らの場合、離れてた時間が長いんだから、言いたいことあったらはっきり言わねえと、察してください、は無理なんじゃないか?」

松生の、咲桜ベタ惚れも重度のようだし。

「………」

「話したい、つって聞いてくれない相手なのか?」

「……それはないと思う」

「んじゃ攫ってでも話しゃいいじゃねえか。お前は学内でも堂々と出来んだろ」

「……なんでお前はそう短絡なんだ……」

出来るけど、と遙音は小さく言った。

「俺と話してるとバカらしくなるって言ったのはお前だ」

「………だったな」

俺に倫理観とか求めてもほとんど意味がないことは承知しているはず。

「………」

それきり遙音は黙って、そのまま旧館を出て行った。……何があったんだか。


「笑満」

一限が終わって、すぐに笑満に寄った。

「なにあった?」

声をかけると、笑満の肩が震えた。

そしてのろのろと顔をあげる。唇を真一文字に結んで、私を見上げて来た。

「は……おとくん、怒らせたかも……しれない………」

「―――頼」

「うー?」

頼がむくりと机から顔をあげた。

「遙音先輩んとこ行くよ。写真許可する」

「わーい。笑満―、オトをシメるのは任せろ」

「ちょ――」 

頼も立ち上がったのを笑満が止めようとしたそのとき、勢いよくドアが開いた。

「邪魔する」

聞こえた声に、はっと顔を向ける笑満。

「は――」

遙音先輩、だった。険しい顔で、一直線に笑満のことを見て来た。

「笑満ちゃん、ごめん」

「えっ? わあ!」

言うなり、笑満を抱き上げた。

一気にざわめく教室内。「な、夏島先輩⁉」「笑満いいなー!」「カッコいいー!」

「一緒に来て」

姫抱きに抱えあげられて、笑満は目を白黒させた。先輩はいかめしい顔の私に瞳を遣る。

睨みあったのは一瞬だった。

「咲桜、頼。笑満ちゃんもらうから」

「どーぞ」

「笑満、首に手ぇくらい廻せ」

即座に答えた私と、頼からいらん助言を受けて、笑満の顔が真っ赤になった。

「あの――」

「じゃ、失礼」

そのまま先輩が笑満を連れていってしまった。

ひゅん。