中3の時、学校で高校の吹奏楽部の演奏会がありました。その時のトロンボーンの音色に感動した私は、その高校を受験し、吹奏楽部に入部しました。
 トロンボーン担当の先輩は3年生でとても厳しく、楽譜も楽器も初めての私にはとても辛い日々でした。それでも演奏に真摯な先輩に何とか認めて欲しくて、退部やサボりの1年生が多い中、嫉妬した彼女達から仲間外れにされながらも、朝練と休日の練習は欠かしませんでした。
 先輩は成績優秀で将来は外交官を目指して東京の外語大学を受験すると聞きました。
 秋の定期演奏会で3年生は引退し、先輩とは会えなくなる。
 そう思った私は雑誌にあった「両思いになるおまじない」をして、意を決して受験が成功するように、太宰府天満宮のお守りを先輩に贈りました。
 誕生日プレゼントを、「おお、ありがとう!」と嬉しそうに受け取ってくれた、先輩の笑顔は今も忘れません。
 いつもはあんなに怖くて厳しい先輩がとても可愛らしく見えました。
定期演奏会も終わり、先輩を校内で見かける以外は、会えない日々が続きました。
 そんな時、突然、先輩から手紙が届きます。
『何かな?と思って開けたらお守りをありがとう!部活頑張って下さい。努力なくして進歩なし』
 綺麗な植物のイラストが描かれた便箋に、シンプルな先輩らしい感謝と激励の文章でした。
 「おまじないの効果だ!」
 私はまさか先輩から手紙が届くとは、夢にも思っていませんでした。
だからこそ、この日の感激と歓喜は一生忘れません。
 そして受験シーズンになりました。先輩は上京して受験を済ませ、帰りには後輩達に東京ディズニーランドのお土産を買ってきてくれました。
 しかし、その日風邪で部活を休んでいた私は、先輩には会えず、その上お土産を他の女子に盗まれてしまいました。
 翌日、いつも私に嫌がらせをする1年生の女子三人組が、「あんたの分のクッキーは誰が食べたかわからない」と笑いながら言いました。
 先輩は結局、大学は不合格になり、そのまま卒業しました。
 その後、一度だけ駅で予備校に向かう先輩を遠くから見つけました。
私は慌ててその列車に飛び乗りました。
 別々の車両に私と先輩は乗り合わせてしまい、私にはどうしても、先輩の車両に行って、声をかける勇気が出ませんでした。別の車両からドアのガラス越しに見える先輩は、私服でとても素敵でした。
 なのに、先輩を見つめていると胸がぎゅっと痛くなって、それ以上見ていることができずに次の駅で降りてしまいました。
 それから手紙を何度か出しましたが、先輩から返事が届くことはありません。

「この恋は終わったんだ」

 私は自分の家の庭で、両親に見つからないようにそっと、先輩からの手紙と「両思いになるおまじないのお守り」を燃やしました。
 お守りは雑誌に作り方があり、その通りに作った私の手作りでした。
赤いバラの花びらを私と先輩のイニシャルの型に切り抜き、表と裏に金色と銀色の色紙を貼ったハート型の厚紙に、花びらを貼り付けたものです。
 金色に片思いの相手を、銀色に自分のイニシャルを貼り、青いリボンを通したお守りをいつも身につけていると願いが叶うはずでした。
 私はあれほど真剣に、切実に「おまじない」を信じて本気に願ったことはありません。
 「私の思いが弱かったから、願いが叶わなかったんじゃない」
 そう自分に言い聞かせながら、何とも言えない怒りと悲しみで、燃えていく手紙とお守りを見つめていました。
 夜の庭は暗く冷たく、赤々と燃える炎と立ち上る白い煙だけを泣きながら見つめていました。
 叶わない恋でしたが、部活と勉強に熱心に打ち込む誠実で真面目な先輩を好きになった思い出は、今でも私の大切な宝物です。