高校に入学し一ヶ月程度たち、部活にも学校にも慣れてきた頃。
 いつも通り、放課後の教室をスタジオに変えるべく私たち新入部員は機材を運び始める。

大藤(おおふじ)、そっち持って」
「えぇ……それ、重いじゃん……」

 できるだけ軽い物を運ぼうとマイクスタンドを持った私に、フェンダーのギターアンプに手をかけた同い年の大輝(だいき)はそう声をかけた。

「私、ボーカルだよ」
「機材を運ぶのに関係なくね?」
「大輝くんは、ギター志望でしょ? 使う物を運ぶのは当たり前じゃん。私も自分のパートに必要な物を運びたい」

 明らかに重たいアンプを運びたくなくて、なかなかマイクスタンドを離さない私の手からスっとそれが抜かれていく。

「ほら、一年はあの重いの運んで」

 一つ上の女の先輩にマイクスタンドを奪われて手ぶらになった私は、大輝が運ぼうとしているアンプに渋々手を伸ばした。
 
「よし、いくぞ。せーのっ!」

 大輝の掛け声に合わせて持ち上げる。ずっしりとした重みを感じながら、ゆっくりアンプを運び出す。

 足の上に落としたら簡単に骨が砕けるだろう。痛い思いはしたくない。
 滑りやすい廊下に気をつけながら運んでいると、大輝が思いついたように話し出した。

「ねぇ、大藤って好きな人いるの?」
「え。いないけど」
「本当は、いるんじゃないの?」

 大輝がアンプを挟んで、私の目を覗き込むようにして笑う。