と、誰かが私の肩をつついている。

 通路に向かって顔を出すように振り返ると、大輝の顔が目の前にあった。

「え。何?」

 背もたれを挟んで背中合わせで座っていたようだ。予想外の近さに目が泳ぐ。

「これ、聞いてみて。大藤のキーで歌えそうならやってみない?」

 言いながら大輝がイヤホンを片方だけ渡してきた。
 無言でそれを受け取って、自分の左耳にはめる。すぐに女性ボーカルが歌うラブソングが流れてきた。

「この曲知ってる。いい曲だよね。恋のうたでしょ?」
「そう。大藤の声は少しハスキーだから、きっとピッタリだと思うんだ」

 大輝はそう言って前を向いた。私も座り直して前を向く。
 今、私の左耳と大輝の右耳はイヤホンで繋がっている。考えていることが、彼に伝わってしまったらどうしよう。なんだか恥ずかしい。

 耳に流れてくる歌詞が、なんだか自分とシンクロするようで聞き入ってしまう。

 私たちの間には背もたれがあるのに、大輝の体温を感じるようで熱い。
 
 今この瞬間がずっと続けばいい。
 ずっとこの曲が終わらなければいい。

 そう思いながら、曲を噛みしめるようにゆっくり目を閉じた。