楊花が足を止めたのは、晧月の部屋から200歩以上離れている、一年前に亡くなった第一王妃の部屋の付近だった。
「父から聞いた事があるのです。猫は一度でも居た縄張りの事は覚えていると。例え、距離が離れていたとしても、大好きだった第一王妃との記憶があると思います」
「あぁ、そうだな。母上も粋白が大好きだった」
第一王妃の部屋の付近は、国獣を探すといえども無断で立ち入れるものではない。捜索されてはいないはずだ。晧月や秋陽がいなければ探せない場所だろう。
「晧月様、扉が空いています」
秋陽はいち早く、部屋の違和感に気がつく。僅かな隙間でも猫にとっては難なく通れる道だ。三人はゆっくりと足音を立てずに近づき、部屋の様子を見る。
ホコリだらけになった寂しい部屋の一角。寝台の上に、国獣は佇んでいた。僅かな足音に警戒したのだろう。耳をピクピクと動かしている。
「晧月様。私は粋白様にとって不審人物にしかなりません。晧月様が餌を持って近づいてみてください。但し、手元まできても確実に捕獲出来ると思う時まで捕獲はしないようにして下さい」
「あぁ、分かった」
「秋陽様。申し訳ないのですが、女官の紫蘭を訪ねて貰えますか? 彼女が捕獲器を作り終えていると頃合かと思います。それを持って来てください」
「分かりました。急いで行きます」
秋陽は大きな音を立てないように急いで向かう。その間、晧月は枠白が大好きだという小魚をこれでもかと小袋に入れて、ゆっくりと近付く。
「呼びかけてみてくださーい」
楊花は小声で、晧月に指示を出した。
「粋白ー。こっちおいで」
ニャーと弱々しく粋白は鳴いた。何処も怪我をしている様子は無いが、今にも何処かに逃げ出しそうな低い姿勢をしている。いくら飼い主でも慣れない環境下にいると、逃げてしまう。逃げてしまったが最後、なかなか捕まらない。なるべくなら一回で捕まえたい。
楊花は扉の隙間から固唾を飲んで見守った。
「ほら、枠白。母上がよく与えてくれただろう。大好きな小魚だ」
晧月が小魚を出した途端、粋白の目付きが変わった。ヒクヒクと鼻を動かし、甘い声で鳴く。記憶の片隅にある幸せな時間を思い出したようだった。
晧月はピクリとも動かない。変わりに、枠白はゆっくりと伸びを見せた後、恐る恐る近づいてきた。1歩また1歩と警戒心を解きながら近づいてくる。
晧月から二歩ほど離れた所で粋白の歩みは止まる。苦々しい顔をしながら晧月は小魚を放った。
「ほら、お腹の子の事もある。帰ろう、粋白。私に可愛い子どもを見せてくれ」
振られた妃を呼び戻すかのような必死の懇願だ。これを聞いた女官は頬を赤らめる事に違いない。晧月の懇願に根負けしたのか、粋白は小魚を嗅いだ後、美味しそうにバリバリと食べ始める。
晧月も楊花もふぅと一息安堵のため息をもらした。
「お待たせしました、持って参りました」
かなり急いでくれたのだろう。紫蘭お手製の捕獲器を持って秋陽が現れる。猫が入るくらいの大きな垂木の囲いに粗めの網を取り付けているものだ。囲いは半分に折りたためる構造になっており、囲いの真ん中に餌を置いて、つっかえ棒をする。
餌につられて入り込んだら、紐で結ばれたつっかえ棒を外し、捕獲する作戦だ。
「お手数お掛けしました。秋陽様も見慣れたお人だと思います。扉から見える所に捕獲器を設置してもらえますか? 使い方は紫蘭から聞いていますか?」
「あぁ。取り付けてみよう」
晧月が粋白を引き付けている間に、秋陽はゆっくりとした動きで捕獲器を設置していく。途中、粋白が音に驚きそうになったが、無事に設置する事が出来た。
「晧月様、秋陽様。捕獲器に餌を入れたらゆっくり扉の方へ戻ってきてください」
晧月も秋陽も指示に従い、ゆっくりと引き下がり部屋の外側へ戻ってくる。粋白は何処吹く風で、後ろ足で頭をかいてる。
「後は、私が紐を引きます」
「頼む」
先程の小魚の効果が効いたのだろう。腹を空かせていた粋白は小魚に釣られて、捕獲器の中に設置した餌に周りを伺いながら近づいて行った。
バタンッ!
捕獲器が落ちる音がする。
「父から聞いた事があるのです。猫は一度でも居た縄張りの事は覚えていると。例え、距離が離れていたとしても、大好きだった第一王妃との記憶があると思います」
「あぁ、そうだな。母上も粋白が大好きだった」
第一王妃の部屋の付近は、国獣を探すといえども無断で立ち入れるものではない。捜索されてはいないはずだ。晧月や秋陽がいなければ探せない場所だろう。
「晧月様、扉が空いています」
秋陽はいち早く、部屋の違和感に気がつく。僅かな隙間でも猫にとっては難なく通れる道だ。三人はゆっくりと足音を立てずに近づき、部屋の様子を見る。
ホコリだらけになった寂しい部屋の一角。寝台の上に、国獣は佇んでいた。僅かな足音に警戒したのだろう。耳をピクピクと動かしている。
「晧月様。私は粋白様にとって不審人物にしかなりません。晧月様が餌を持って近づいてみてください。但し、手元まできても確実に捕獲出来ると思う時まで捕獲はしないようにして下さい」
「あぁ、分かった」
「秋陽様。申し訳ないのですが、女官の紫蘭を訪ねて貰えますか? 彼女が捕獲器を作り終えていると頃合かと思います。それを持って来てください」
「分かりました。急いで行きます」
秋陽は大きな音を立てないように急いで向かう。その間、晧月は枠白が大好きだという小魚をこれでもかと小袋に入れて、ゆっくりと近付く。
「呼びかけてみてくださーい」
楊花は小声で、晧月に指示を出した。
「粋白ー。こっちおいで」
ニャーと弱々しく粋白は鳴いた。何処も怪我をしている様子は無いが、今にも何処かに逃げ出しそうな低い姿勢をしている。いくら飼い主でも慣れない環境下にいると、逃げてしまう。逃げてしまったが最後、なかなか捕まらない。なるべくなら一回で捕まえたい。
楊花は扉の隙間から固唾を飲んで見守った。
「ほら、枠白。母上がよく与えてくれただろう。大好きな小魚だ」
晧月が小魚を出した途端、粋白の目付きが変わった。ヒクヒクと鼻を動かし、甘い声で鳴く。記憶の片隅にある幸せな時間を思い出したようだった。
晧月はピクリとも動かない。変わりに、枠白はゆっくりと伸びを見せた後、恐る恐る近づいてきた。1歩また1歩と警戒心を解きながら近づいてくる。
晧月から二歩ほど離れた所で粋白の歩みは止まる。苦々しい顔をしながら晧月は小魚を放った。
「ほら、お腹の子の事もある。帰ろう、粋白。私に可愛い子どもを見せてくれ」
振られた妃を呼び戻すかのような必死の懇願だ。これを聞いた女官は頬を赤らめる事に違いない。晧月の懇願に根負けしたのか、粋白は小魚を嗅いだ後、美味しそうにバリバリと食べ始める。
晧月も楊花もふぅと一息安堵のため息をもらした。
「お待たせしました、持って参りました」
かなり急いでくれたのだろう。紫蘭お手製の捕獲器を持って秋陽が現れる。猫が入るくらいの大きな垂木の囲いに粗めの網を取り付けているものだ。囲いは半分に折りたためる構造になっており、囲いの真ん中に餌を置いて、つっかえ棒をする。
餌につられて入り込んだら、紐で結ばれたつっかえ棒を外し、捕獲する作戦だ。
「お手数お掛けしました。秋陽様も見慣れたお人だと思います。扉から見える所に捕獲器を設置してもらえますか? 使い方は紫蘭から聞いていますか?」
「あぁ。取り付けてみよう」
晧月が粋白を引き付けている間に、秋陽はゆっくりとした動きで捕獲器を設置していく。途中、粋白が音に驚きそうになったが、無事に設置する事が出来た。
「晧月様、秋陽様。捕獲器に餌を入れたらゆっくり扉の方へ戻ってきてください」
晧月も秋陽も指示に従い、ゆっくりと引き下がり部屋の外側へ戻ってくる。粋白は何処吹く風で、後ろ足で頭をかいてる。
「後は、私が紐を引きます」
「頼む」
先程の小魚の効果が効いたのだろう。腹を空かせていた粋白は小魚に釣られて、捕獲器の中に設置した餌に周りを伺いながら近づいて行った。
バタンッ!
捕獲器が落ちる音がする。