「紫蘭、いるー?」
「どうかしましたか?」

 晧月との充実した会話を終え、日が暮れ始めた頃。仕事を終え、一段落している紫蘭の部屋まで楊花は訪れる。
 
「紫蘭、貴女に折り入ってお願いがあるんだけど」
「はいっ! なんでも言ってください!」
「こういうの作れないかな?」

 楊花は自分の構造を書いた紙を紫蘭に見せる。紫蘭はまだ仕事には慣れていないが、仕事の仕方は丁寧だ。手先が器用なのだと推測した。

「私、こういう工作は得意なんです。材料はありますか?」
「実は何も算段が無いの……」
「任せてください! かき集めてみます。何時までに必要なんですか?」
「今日の夜」
「えッ?」

 紫蘭はそこまで早く必要だとは思わなかったのだろう。おもわず、驚嘆の声を上げる。断られると思った楊花だったが、紫蘭の返答は違った。

「が、頑張りますッ」
「――有難う! 私も日が沈むまでなら材料集め手伝うから」
「はいっ!」

 抱きしめたい気持ちを抑えて、楊花は構想の詳細を説明した。

 
 ※※※※

 
 日がどっぷりと落ちて、周りは静謐な空気に包まれる。後宮の見回りをする人の他に、国獣である枠白を探す姿がちらほらいる。その人達が楊花を見た途端、道の端により一礼した。何とも心地のいい光景だ。最も、楊花がいるからでは無い。

「今夜も肌寒いな」
「何も皇太子様まで探さなくてもいいのですよ」
「そうですよ、晧月様。私と楊花に任せるべきです」
「いや、枠白は大切な家族だ。私も探したい」

 楊花は家族想いの晧月を見て頼もしくなり、微笑んだ。楊花を先頭に、後ろから晧月と秋陽が付いていく。灯りを照らしながら三人で目標がいないか見回す。
 寒さが苦手な楊花は本来なら、部屋で暖を取りたいところだが、殿方を二人後ろにしながら探すのは王妃になったようでとても気分が良かった。

「この辺りが最後の目撃された場所です。ここから柵をすり抜けて逃げていったと」

 秋陽は楊花に説明する。場所は晧月の部屋から約50歩ほど離れた部屋の軒下だった。火を灯して、楊花は周囲を見回す。

「あれは?」

 晧月が指差す方向に灯りを照らすとそこには確かに猫がいた。後宮では飼い猫が夜に出掛けているのは珍しくない。猫を見つけても枠白とは限らないのだ。

「目の色が違いますね。枠白様は翠の瞳と伺いました。あの猫は黄色い目です」
「そうか……」

 晧月は落胆した声色をだした。猫の目に灯りを近づけると、その目の色で反射する。暗がりでも模様が見えにくいが、目の色で見分けることで効率よく探す事が出来た。

「最後に目撃した場所は分かりました。猫は、見つけた場所に戻ってくることがあるので、案内してもらいましたが、どうやらいないようです」
「そうか……仕方ない。次を探しに行こう」
「分かりました。では、参りましょうか」

 楊花は最後の目撃情報があった場所の捜索をやめて、歩き出した。

「何処か心当たりがあるのですか?」

 秋陽は楊花に尋ねる。
 
「はい。枠白様のお話を聞いた時に何となく思いついた場所があります」
「昼間に探す者もいますが、今回は夜ですか?」
「室内でずっと暮らしている猫は、縄張りとなっている部屋から出ても近くにいる事が多いのですが、枠白様は比較的自由に外に出ていると伺いました。猫は本来は夜行性です。今の時間が活発に動くときですから、遭遇する確率が高くなるはずです。身重なら余計に餌を求めて徘徊していると思います。寒い中、申し訳ないですが辛抱してください」

 楊花はかつて父が言っていた事を思い出しながら、晧月と秋陽に説明する。本来ならば文でも出して父に助言を乞いたいところだが、天国ではそれが叶わない。
 楊花は迷うこと無く人気のない場所まで一目散に歩いていく。人気がなくなり、晧月は明らかに捜索する目に不安の色が出てきた。

「晧月様は、幽霊がお嫌いなのです」
「秋陽! 何故、それを言う!」

 楊花は笑ってしまいそうになるが、頑張って抑え込む。大人びた体型と風格が、余計に意外な一面に拍車がかかった。
 突然、強い風が吹き、木々がざわめいた。

「ひっ!」

 女性のような甲高い声が飛び出したが、楊花のそれではない。晧月が大きく跳ねたと思った途端、楊花の腕を晧月は強く握りしめた。
 本来、情けないと思う所ではあるが、此処は戦場ではない。普段の生活では気を張って大人びた対応をしているはずなのに、女官の身分ではなかなか見れない、素を見れている気がして楊花は優越感に浸る。

「晧月様。人目があったらいけません」
「そうだな。不甲斐ない姿を見せてしまった。楊花、すまない」
「いえ、誰にも言いませんので、安心してください」

 毅然とした態度で再び歩き出す晧月を楊花は微笑ましく見守る。まるで、弟のように愛くるしいと思った。何も言わないで歩くのは、幽霊がでるような雰囲気に拍車をかけるだけなので、楊花は気を紛らわす為に、会話を持ちかける。

「猫というのは、逃げ出しても、自分の縄張りから出ないものなのです。おおよそ、125歩から150歩位の距離で見つかるはずです」
「その辺は、女官や官が捜索しているはずだ。そうだろ、秋陽」
「はい、おっしゃる通りです。それで見つからないとなると……」
「事故か、誘拐。もしくは……此処です」

 楊花は歩みを止めて、晧月と秋陽を前に促した。