扉を叩き、入れと言われた先にいた人は、あまりにも美しく、容姿端麗という言葉が似合いすぎている男性だった。第一皇太子は16歳で、楊花よりも4歳年下だが、それを感じさせない大人の色気を感じた。一重の奥底の瞳が鋭く光る。
 楊花は皇太子を見惚れる前にひれ伏した。

「お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。本日はどのようなご用件でしょうか」
「そこまで畏まらなくていい」

 大人びた外見とは違い、声は言動の堅苦しさに反して鈴のように可愛らしかった。顔を見なければ実年齢よりも更に若く感じるほどだ。
 楊花は晧月の顔を見ないように少し逸らしながら話を聞く。
 
「国獣の粋白(すいはく)がこの部屋に帰ってきていないのは知っているか?」
「はい、勿論です。五日帰ってきていないとか」
「そうだ」

 この国の国獣は猫である。国旗にも猫がシンボルとして使われるほどだ。代々、後宮と共に猫も生きていた。特に白猫は幸運をもたらすと尊ばれていて、晧月が飼育していたのも白猫だった。
 
「楊花は探していないのか? 見つけた者は報酬を用意しているが」
「はい……。私情があり、今はお勤めで精一杯で、お力添え出来ていないです」

 まさか、御局様女官に虐められているとは言えない。秋陽も楊花の状況を察して、顰めっ面をしていたが、有難いことに晧月に言わないでいてくれていたのが分かる。精神的な磨耗は、自分の時間を著しく消耗させる。仕事以外は手がつかないのだ。
 しかし、そんな事情がない限り、女官も官僚も隙を見ては探していた。皇太子に少しでも近づきたいと、仕事の合間を縫って捜索する者もいるくらいだ。

「二日ほど帰ってこないというのは良くあることだったのだが、ここまで長く留守にされると不安になる。――おまけに、粋白は今、妊娠中だ」

 楊花は大きく目を見開いた。寒さが肌に沁みる季節になっているのに外で過ごすというのは胎児に悪影響だ。しかも既に五日帰ってきてないという現実が、最悪の状況を連想させる。

「それは心情お察しします」
「楊花」
「はい」 
「君の父は獣医だと聞いた。動物の行動には詳しいのではないか?」

 楊花はまたも目を見開く。そこまで網羅しているとは思わなかった。だが、今は藁にもすがりたいのは察するにあまりある。

「確かに、私の家には動物がかなりの種類いましたし、猫もおりましたが、その知識が何処まで役立つか分かりません」
「それでもいい。私はまた粋白に会いたいのだ。報酬ははずむ。何か他に願いがあればいくらでも聞こう」

 いくらでも。
 幼い声から出た、その言葉に楊花は唾をゴクリと呑んだ。金銭も欲しいが、お願いをいくらでもというのは魅力的だ。何を願おうか。
 私の思う平穏はどのように叶えられるだろうか。
 楊花の欲望のある顔が勘づかれたのか秋陽は、怪訝な顔をしていた。楊花は咳を一つして息を整える。

「私に何処までの力があるか分かりませんが、謹んでお受けします」
「――そうか! それは有難い」

 晧月ははにかんだ笑顔を見せる。大人びた顔立ちだったが、笑顔はまだまだ子どもだった。

「――早速ですが、お願いがあります」
「何だ? 何でも申してみよ」
「粋白の生い立ちを聞いてもよろしいですか?」
「そんなのは、いくらでも話してやろう」

 晧月は楽しそうに話し始めた。秋陽も時折、ふふふと笑いを挟む。楊花にとってこんなにも朗らかな時間は久しぶりだった。