「…………え?」
いきなり、妊娠させたと言われて頭の理解が追いつかない。
ど、どういうこと? も、もしかして、皇帝様なりのジョーク?
いや、が冗談を言うとは思えない。
一人でパニックになっていたら、皇帝様が静かに説明を続けてくれた。
「君が混乱するのも無理はない。どうか説明させてほしい。まず、広場で行っていた実験は私の分身を作る魔法だった」
「皇帝様の分身……ですか」
「ああ、そうだ」
皇帝様は剣術や武術にも秀でているけど、魔法の才もおありだ。
ご自身でも魔法の実験や、研究をされていると聞いたことがある。
「それがどうして私を妊娠させたことになるのでしょうか」
「うむ……少々複雑な話になってしまうのだが、わかりやすく説明するので、最後まで聞いてほしい」
「はい、お願いします」
文字通り、自分の身代わりを造る魔法ということしか知らない。
妊娠なんて関係ないと思うけどな。
「分身魔法は他の魔法と異なる点がいくつかある。一番大きな違いは、自分の体の一部を材料として使うことだ。具体的には髪の毛や血液、涙などだな」
「なるほど……自分の代わりを造るわけですからね」
私が呟くと、皇帝様も頷いていた。
「さて、ここからが本題なのだが……分身をより高度にするためには、どうしても必要不可欠な材料がある」
「は、はい」
皇帝様は恐ろしく固い表情をされている。
お部屋をピリピリした空気が包んだ。
緊張のためゴクリと唾を飲みこむ。
これから、この話の肝が始まるとわかった。
「その材料とは…………自分の精力だ。不快な気持ちにさせてしまったら申し訳ない」
「あ、いえ、それは全く構いませんが……」
皇帝様は心底申し訳なさそうだ。
ウワサだともっと怖い人だと思っていたけど……。
思っていたのとだいぶ違う方だった。
「それで、私の精力を含んだエネルギーが君の腹に直撃した。話というのはそういうことだ。君には私たちの子が宿ってしまったかもしれない」
「そ、そうなんですか……ですが、そのようなことが本当に起きるのでしょうか」
たしかに、理屈はわかるような気がするけど……。
目が覚めても、頭がまだぼんやりしているんだろう。
いまいち理解が追いつかなかった。
「まだわからない。あくまで可能性があるというだけだ。そこで、王宮で一番の医術師を呼んである。まずは妊娠していないか確かめよう。オールド、入ってきてくれ」
皇帝様が言うと、初老の女性医術師が入ってきた。
灰色の髪は緩くウェーブがかかっていて、猫みたいな瞳が元気な印象だ。
私たちは軽く握手を交わす。
「こんちは、キュリティ。アタシは宮廷医術師のオールドってんだけど、今回は大変なことになっちゃったねぇ。ディア坊主の子どもを妊娠したかもしれないって?」
「えっ……と、よろしくお願いします。キュ、キュリティ・チェックと申します」
見た目通り快活に話しかけられた。
予想以上にざっくばらんでビックリしてしまう。
「オールド、彼女は今不安な状態なんだ。もう少し気遣うようなことはできないのか。すまない、キュリティ。オールドは昔からこういう性格なんだ。決して悪気があったわけではない」
「それくらいアンタに言われなくても心得てるよ。キュリティ、アタシの言動が嫌だったらすぐに言うんだよ。アタシは言われないとわからないからね」
オールドさんは当然のように、皇帝様と対等に話している。
まさか、皇帝様とこんな気楽に話せる人物がいたとは。
気になったことをそっと尋ねる。
「あの……お二人は長いお付き合いなんですか?」
「アタシは先代の王妃様からディア坊主を取り上げたんだよ。びゃーびゃーうるさいのなんの。巷では“極悪非道の皇帝”なんて大層な名前で呼ばれてるけどね、アタシにとってはただの青臭いガキだよ」
「……オールド、私はこれでも皇帝なんだが」
「うるさいね、アンタなんかアタシがいなきゃ生まれてないんだよ」
どうやら、オールドさんの方が立場が上みたいだった。
「まぁ、それはさておき赤ん坊がいないか確かめようね。手で触るだけだから安心しな」
「はい、お願いします」
オールドさんのストレートな物言いはむしろ安心した。
横になってお腹を出すと、オールドさんが撫でてきた。
彼女の手は柔らかくて優しい。
なぜか皇帝様は目を背けていた。
そうか、私みたいな下々の者のお腹なんか見たくないものね。
「ふむ……大きな怪我はしていないみたいだね。じゃあ、ちょっとあったかくなるよ、<イグザム>」
オールドさんが呪文を唱える。
その両手が黄色く光った。
お腹を触られるとじんわり温かい。
オールドさんはしばらく私のお腹を撫でていたけど、その表情は硬かった。
「どうだ、オールド。彼女は妊娠しているのか?」
「……ああ、そうだね。ディア坊主、キュリティは妊娠してるよ」
「そうか……やはり、子が宿っていたか……」
「う、うそ……」
妊娠していると言われ絶句した。
わ、私が皇帝様の御子を懐妊してしまうなんて……。
どうしたらいいのかまったくわからず、頭の中が真っ白になった。
「私としたことが本当に申し訳ない。大変に迷惑をかけてしまったな。謝ってすむ問題ではないが謝らせてくれ」
皇帝様は深く頭を下げて謝ってくれた。
見せかけではない。
私のような下級の者でも、真剣に謝ってくれている。
「い、いえ、私の方こそあんなところを歩いていて申し訳ありませんでした」
「……なに?」
私も同じく頭を下げて謝った。
そもそも、私が隠れるように歩いていたのが悪いのだ。
もっと自分の存在をアピールしていれば、この事態は回避できたかもしれない。
「いや、君はまったく悪くないんだ。全て私の責任だ」
「皇帝様……」
皇帝様が謝っているのは保身のためなどではない。
心の底から申し訳なく思っているのだ。
その態度だけで伝わってくる。
そして、皇帝様のお顔を見ていると自然に言葉が出てきた。
「実は私……婚約破棄されてしまったんです」
「「……なんだって」」
そのまま、流れるように今までの出来事を話した。
シホルガに画策されたことや保安検査場での仕事、<見破りの目>というスキル。
皇帝様とオールドさんは静かに聞いてくれていた。
もちろん、笑われるようなことはまったくなかった。
「……そんなことがあったのか。その二人は処罰しないとな。私の方から話を通しておこう」
「……ムカつく男と女だね。アタシがぶん殴ってきてやるよ」
私たちはまだ出会って間もない。
だけど、少しずつ皇帝様のことがわかってきたような気がする。
そして、皇帝様はさらに言い出しにくそうに言った。
「そこで、私から君にお願いがある。このような話をした後で申し訳ないが、君を思うとこれが一番良い気がするんだ」
「はい、お願いでございますか? なんでしょうか?」
「お願いというのは他でもない。私と…………私と夫婦になってくれないか?」
いきなり、妊娠させたと言われて頭の理解が追いつかない。
ど、どういうこと? も、もしかして、皇帝様なりのジョーク?
いや、が冗談を言うとは思えない。
一人でパニックになっていたら、皇帝様が静かに説明を続けてくれた。
「君が混乱するのも無理はない。どうか説明させてほしい。まず、広場で行っていた実験は私の分身を作る魔法だった」
「皇帝様の分身……ですか」
「ああ、そうだ」
皇帝様は剣術や武術にも秀でているけど、魔法の才もおありだ。
ご自身でも魔法の実験や、研究をされていると聞いたことがある。
「それがどうして私を妊娠させたことになるのでしょうか」
「うむ……少々複雑な話になってしまうのだが、わかりやすく説明するので、最後まで聞いてほしい」
「はい、お願いします」
文字通り、自分の身代わりを造る魔法ということしか知らない。
妊娠なんて関係ないと思うけどな。
「分身魔法は他の魔法と異なる点がいくつかある。一番大きな違いは、自分の体の一部を材料として使うことだ。具体的には髪の毛や血液、涙などだな」
「なるほど……自分の代わりを造るわけですからね」
私が呟くと、皇帝様も頷いていた。
「さて、ここからが本題なのだが……分身をより高度にするためには、どうしても必要不可欠な材料がある」
「は、はい」
皇帝様は恐ろしく固い表情をされている。
お部屋をピリピリした空気が包んだ。
緊張のためゴクリと唾を飲みこむ。
これから、この話の肝が始まるとわかった。
「その材料とは…………自分の精力だ。不快な気持ちにさせてしまったら申し訳ない」
「あ、いえ、それは全く構いませんが……」
皇帝様は心底申し訳なさそうだ。
ウワサだともっと怖い人だと思っていたけど……。
思っていたのとだいぶ違う方だった。
「それで、私の精力を含んだエネルギーが君の腹に直撃した。話というのはそういうことだ。君には私たちの子が宿ってしまったかもしれない」
「そ、そうなんですか……ですが、そのようなことが本当に起きるのでしょうか」
たしかに、理屈はわかるような気がするけど……。
目が覚めても、頭がまだぼんやりしているんだろう。
いまいち理解が追いつかなかった。
「まだわからない。あくまで可能性があるというだけだ。そこで、王宮で一番の医術師を呼んである。まずは妊娠していないか確かめよう。オールド、入ってきてくれ」
皇帝様が言うと、初老の女性医術師が入ってきた。
灰色の髪は緩くウェーブがかかっていて、猫みたいな瞳が元気な印象だ。
私たちは軽く握手を交わす。
「こんちは、キュリティ。アタシは宮廷医術師のオールドってんだけど、今回は大変なことになっちゃったねぇ。ディア坊主の子どもを妊娠したかもしれないって?」
「えっ……と、よろしくお願いします。キュ、キュリティ・チェックと申します」
見た目通り快活に話しかけられた。
予想以上にざっくばらんでビックリしてしまう。
「オールド、彼女は今不安な状態なんだ。もう少し気遣うようなことはできないのか。すまない、キュリティ。オールドは昔からこういう性格なんだ。決して悪気があったわけではない」
「それくらいアンタに言われなくても心得てるよ。キュリティ、アタシの言動が嫌だったらすぐに言うんだよ。アタシは言われないとわからないからね」
オールドさんは当然のように、皇帝様と対等に話している。
まさか、皇帝様とこんな気楽に話せる人物がいたとは。
気になったことをそっと尋ねる。
「あの……お二人は長いお付き合いなんですか?」
「アタシは先代の王妃様からディア坊主を取り上げたんだよ。びゃーびゃーうるさいのなんの。巷では“極悪非道の皇帝”なんて大層な名前で呼ばれてるけどね、アタシにとってはただの青臭いガキだよ」
「……オールド、私はこれでも皇帝なんだが」
「うるさいね、アンタなんかアタシがいなきゃ生まれてないんだよ」
どうやら、オールドさんの方が立場が上みたいだった。
「まぁ、それはさておき赤ん坊がいないか確かめようね。手で触るだけだから安心しな」
「はい、お願いします」
オールドさんのストレートな物言いはむしろ安心した。
横になってお腹を出すと、オールドさんが撫でてきた。
彼女の手は柔らかくて優しい。
なぜか皇帝様は目を背けていた。
そうか、私みたいな下々の者のお腹なんか見たくないものね。
「ふむ……大きな怪我はしていないみたいだね。じゃあ、ちょっとあったかくなるよ、<イグザム>」
オールドさんが呪文を唱える。
その両手が黄色く光った。
お腹を触られるとじんわり温かい。
オールドさんはしばらく私のお腹を撫でていたけど、その表情は硬かった。
「どうだ、オールド。彼女は妊娠しているのか?」
「……ああ、そうだね。ディア坊主、キュリティは妊娠してるよ」
「そうか……やはり、子が宿っていたか……」
「う、うそ……」
妊娠していると言われ絶句した。
わ、私が皇帝様の御子を懐妊してしまうなんて……。
どうしたらいいのかまったくわからず、頭の中が真っ白になった。
「私としたことが本当に申し訳ない。大変に迷惑をかけてしまったな。謝ってすむ問題ではないが謝らせてくれ」
皇帝様は深く頭を下げて謝ってくれた。
見せかけではない。
私のような下級の者でも、真剣に謝ってくれている。
「い、いえ、私の方こそあんなところを歩いていて申し訳ありませんでした」
「……なに?」
私も同じく頭を下げて謝った。
そもそも、私が隠れるように歩いていたのが悪いのだ。
もっと自分の存在をアピールしていれば、この事態は回避できたかもしれない。
「いや、君はまったく悪くないんだ。全て私の責任だ」
「皇帝様……」
皇帝様が謝っているのは保身のためなどではない。
心の底から申し訳なく思っているのだ。
その態度だけで伝わってくる。
そして、皇帝様のお顔を見ていると自然に言葉が出てきた。
「実は私……婚約破棄されてしまったんです」
「「……なんだって」」
そのまま、流れるように今までの出来事を話した。
シホルガに画策されたことや保安検査場での仕事、<見破りの目>というスキル。
皇帝様とオールドさんは静かに聞いてくれていた。
もちろん、笑われるようなことはまったくなかった。
「……そんなことがあったのか。その二人は処罰しないとな。私の方から話を通しておこう」
「……ムカつく男と女だね。アタシがぶん殴ってきてやるよ」
私たちはまだ出会って間もない。
だけど、少しずつ皇帝様のことがわかってきたような気がする。
そして、皇帝様はさらに言い出しにくそうに言った。
「そこで、私から君にお願いがある。このような話をした後で申し訳ないが、君を思うとこれが一番良い気がするんだ」
「はい、お願いでございますか? なんでしょうか?」
「お願いというのは他でもない。私と…………私と夫婦になってくれないか?」