「キュリティ・チェック、ちょっといいか? 僕は君との婚約を破棄するけど、これからも仲良くしてよな」
「…………え?」
ヒュージニア帝国の王宮にある保安検査場で、荷物の検査をしていたときだった。
婚約者のフーリッシュ様から前置きもなく告げられた。
目の前にいるのはエンプティ伯爵家の跡取り息子、フーリッシュ様。
さらさらの金髪ヘアーをなびかせて、さも当然のように私を見ている。
「まったく、二度も同じことを言わせないでほしいんだがね。もう一度聞きたいのなら教えてやろう。僕は君と婚約破棄すると言っているんだよ」
「そ、それはもちろん聞こえておりますが……こ、婚約破棄の理由を教えていただけませんか?」
ショックで混乱しそうな頭をどうにか動かして質問した。
フーリッシュ様は表情一つ変えず淡々と話をしている。
あまりにも一方的過ぎて、どういうことなのかよくわからなった。
私とフーリッシュ様は生まれたときから婚約が決まっている。
俗に言う政略結婚だった。
「なに、簡単なことさ。僕は君のような“検品令嬢”と結婚するなんて心底嫌だからね。キュリティみたいな地味で目立たない女性と結婚すると、僕の人生までつまらないものになってしまいそうじゃないか」
「そ、そんな……」
“検品令嬢”とは私の呼び名だった。
毎日荷物の検査をしていることから名付けられた。
「どうしたんだい、キュリティ。顔が真っ青だ。もしかして、風邪でもひいてしまったのかな? 頼むから僕たちにはうつさないでくれよ」
「あ……」
気を抜いたら倒れそうだ。
しかし、まだ聞かなくてはいけないことがあった。
彼の隣には豪華に着飾った女性が寄り添っている。
男爵令嬢とは思えないほど豪華な服装だった。
そして、本人も服に負けないくらい派手だ。
「な、なんで、シホルガがいるの?」
私の義妹、シホルガ・チェック。
キリッとしたつり目で私を睨んでいた。
彼女は魔法で髪をどぎついピンク色に染めている。
昔からとにかく目立つことが好きだった。
そして、家のお金をつぎ込んで作った豪華なドレス。
私が稼いだお給金もむしり取られては、彼女のオシャレ代に消えていった。
「なんで? と仰られましても、アタクシがお義姉様の代わりを務めることになったから、としか申し上げられませんわ」
「そ、それはどういうことなの……? あなたが私の代わり?」
「前々からシホルガは君の仕事をしたかったみたいでね。僕が口利きして、キュリティのポジションを譲ってもらったのさ。愛する者のためには、これくらいするのが普通だろう?」
「……え」
二人はさも当然のように話してくる。
あまりにも自然なので、私の方が間違っているのでは? と思ってしまった。
毎日、王宮にはたくさんの荷物が届く。
外国からの手紙だったり、食料品の箱だったり、調度品だったり色々だ。
日々、その大量の荷物に呪いや悪い魔法がかけられていないか調べるのが私の仕事だった。
私は<見破りの目>というスキルを持っており、魔法を見破ることができたのだ。
「お義姉様は羨ましいですわ。荷物検査なんていう簡単なお仕事でお給金をいただけるのですからね」
「で、でも、やっているのは荷物の検査だけど、実際はそんなに簡単なことではないわ。今朝だって、怪しいまじないがかかっている荷物があったわけだし」
ヒュージニア帝国は大きな国だ。
そのため、国内外から荷物に紛れて王宮を攻撃しようとする人がいる。
王宮内に入る前にそういった荷物を見つけることで、王宮ひいては国内の安全が保たれていると私は考えていた。
「お言葉ですが、お義姉様。魔法を解除するのは専門の魔法使いでしょう? お義姉様だって、魔法は大して使えないではありませんか」
「それはそうだけど、王宮に入る前に見つけることが重要なのよ」
もちろん、ここには解呪師やまじないを専門にしている魔法使いたちもいる。
だけど、呪いだったり悪い魔法を解除するのは手間と時間がかかった。
王宮には急ぎの手紙や荷物、日持ちしない食べ物やポーションだって届く。
だからこそ、早めに見分けることが大切なのだ。
それに、万が一でも王宮内で呪いや悪い魔法が暴れたら被害は想像もつかない。
「まぁ、とやかく言うのはやめてくれよ。シホルガだって困っているだろうに」
「お義姉様は本当に口先だけは達者でございますわね」
何を言っても嫌味で返される。
悲しいことに、これもまた私の日常だった。
「お前たちも文句ないよな! キュリティは今日で辞めて、代わりにシホルガが仕事をする!」
「ついでに挨拶させていただきますね! アタクシがシホルガでございます! どうぞよろしく!」
フーリッシュ様たちは笑顔で保安検査場を見回した。
周りの人たちは気まずそうに下を向いている。
いつからか、職場で私は無視されるようになっていた。
それもきっと、二人が根回ししていたんだろう。
フーリッシュ様がそっと話しかけてくる。
「僕は伯爵家の人間だからね。ちょっと声をかければ検査係なんてすぐに交代させられるのさ。どうだすごいだろう。まぁ、“検品令嬢”の君にはわからないか、ハハハハハ」
「フーリッシュ様、素敵! 私のためにそこまで努力してくださったのですね! これでアタクシも憧れの王宮勤めができますわ!」
シホルガはきゃぴっ! とフーリッシュ様にくっついた。
昔からフーリッシュ様は私を見下してはやたらと高笑いする。
思い返せば、今まで無理して付き合っていたような気がした。
「さあ、ここには君の居場所なんてないんだよ。わかったら早く出て行ってもらおうか。シホルガの準備があるからね」
「いつまでもそこに居られては、アタクシの仕事ができませんわ。往生際が悪いですわよ、お義姉様」
「わ、わかりました……出て行きます」
追い出されるようにして仕事場を出る。
心が追いつかなくて、しばらく呆然としてしまった。
深呼吸を何度かしてようやく落ち着いてきた。
仕事場を振り返ると、今さっきの出来事が思い出されてくる。
――こんなにあっけなく終わっちゃったのか。仕事も婚約も……。
泣きそうだったけどグッと堪えた。
最後に……王宮を一目見ておきたいな。
トボトボと裏手にある広場へと向かう。
それでも、歩いていると涙が零れそうになった。
「どうしてこんなことに……」
王宮で働くのは楽しかったし、何より自分の仕事が気に入っていた。
たかが荷物の検査だけど、帝国の安全に貢献していると思うと誇らしかった。
それも今日でおしまいか……。
「うぅむ……これでもダメか。どうしたものかな……」
広場に近づくと、男の人の声が聞こえてきた。
誰かいるのかな。
木陰からそっと様子を伺う。
声の主を確認すると、思わず悲鳴が出そうになってしまった。
――な、なんであのお方がこんなところにいるの……!?
切れ長で鋭い目つき、短いブロンドの髪、そして、左目に刻まれた大きな傷。
遠目で見ているだけなのに、恐怖で体が震えるようだった。
広場には……極悪非道と噂される皇帝、ディアボロ様がいた。
「ひっ……!」
こ、皇帝様がいる!
緊張というよりも、恐怖で身がすくむようだった。
ヒュージニア帝国皇帝、ディアボロ様。
――大変、大変、大変よ!
毎日のように極悪非道の所業をしているというウワサだった。
敵と戦うときは必ず根絶やしにする……、毎日のシャワーはモンスターの血……、その目で睨まれたら地獄に落とされる……などなど、挙げだせばキリがない。
もちろん、ただのウワサだ。
そんな証拠はどこにもない。
だけど、私みたいな下級の者には、きちんとした情報が入ってこないのもまた事実だった。
「どうして上手くいかないのだ。やはり無理か……? いや、やり方を変えれば何とかなるかもしれない」
皇帝様の前には大きな黒い鍋が置かれている。
グツグツと何かを煮ているようだった。
……なんとなく人間の骨みたいな物が見えるんですけど。
も、もしかして、人間の死体を食べるつもりなんじゃ……。
そんなことを考えていたら余計怖くなってきてしまった。
「落ち着きなさい、キュリティ。まだ気づかれていないわ。元来た道を戻りましょう。静かに……静かに……」
精神を整えるため小声で呟く。
目立たないように帰ろう……。
コソコソ隠れながら歩き出したときだった。
「もう少し強く魔力を込めてみるか…………ぐわっ!」
ドンッ! と大きな音がして、鍋から白い光が飛び出した。
と、思ったら、こっちに向かって勢い良く飛んでくる。
避ける間もなく、私のお腹に直撃した。
「うっ!」
思ったより強い衝撃で、後ろに吹っ飛ばされた。
地面にすっ転がる。
「き、君、大丈夫か! すまない、私の不注意だ!」
皇帝様がすごい勢いで走ってきている気がする。
これはかなりまずい。
は、早く逃げなきゃ食べられる。
慌てて立ち上がろうとするけど、体が全然動かない。
あっという間に、皇帝様が目の前にきてしまった。
せ、せめて食欲を無くさないと。
「大丈夫か!? けがはないか!? 本当に申し訳ない!」
「わ、私はまずいです……」
「ま、まずい!? 大変だ! 今すぐ医者を呼ぶからしっかりしろ! おい、誰か来てくれ! 医者を……!」
皇帝様が何かを叫んでいるけど、よく聞こえない。
急速に頭がぼんやりしてきた。
走馬灯のようにやり残したことが思い浮かぶ。
し、死ぬ前にかわいい犬を飼いたかった……。
そして、私は気を失った。
□□□
「……うっ……あれ? ……こ、ここはどこ……?」
気がついたら、目の前が真っ白だった。
私の身体は何か柔らかい物に包まれている。
そうか、ここが天国か。
どうやら、私は死んでしまったらしい。
「目が覚めたか……?」
「え?」
私のすぐ隣から男の人の声が聞こえてきた。
誰だろう?
神様かな。
「こ、皇帝様!?」
横を見ると皇帝様が座っていた。
も、もしかして、私たちは一緒に死んでしまったのだろうか。
「気分は大丈夫か?」
「ぇあ……」
いや、違う。
皇帝様を見たショックで頭がはっきりしてきた。
私は白いお部屋のベッドに寝ているのだ。
そして、ここはどこか知らないお部屋だ。
「まずはこれを飲みなさい。温かいハーブティーだ」
「あ、ありがとうございます……」
皇帝様が白いカップを渡してくれた。
中には薄黄色の温かいお茶が入っている。
ハーブのスッキリした香りが沸き立つ。
一口飲むと気持ちが落ち着いてきた。
「どうだ? 落ち着いたか?」
「は、はい、もう大丈夫です。それで……このお部屋はどこでしょうか? というより、私はどうしたのですか?」
「ここは私の屋敷の一室だ。そして、先ほどは本当に申し訳なかった。すまない」
突然、皇帝様が頭を下げた。
まったく予想もしていないことで、大変にびっくりした。
「こ、皇帝様!? どうされたのですか!? どうか頭を上げてくださいませ!」
「私はとある魔法実験をしていたのだが、力の加減を間違えてしまった。その結果、君に多大な被害を与えてしまい誠に申し訳なかった」
皇帝様からは極悪非道のような雰囲気は少しも感じない。
真摯に真摯に謝ってくれている。
本当に単なるウワサだったのかもしれない。
「そして、君に伝えなければいけないことは他にもあるんだ。…………どうか、落ち着いて聞いてほしい」
皇帝様はさらに真剣な瞳になって私を見てきた。
あまりの緊張感に心臓が破裂しそうなほどドキドキしてくる。
な、何を言われるんだろう。
恐怖と緊張とでクラクラしてきた。
「い、いったい、どうされたんですか?」
「私は君を…………妊娠させてしまったかもしれない」
皇帝様は絞り出すように言った。
「…………え?」
いきなり、妊娠させたと言われて頭の理解が追いつかない。
ど、どういうこと? も、もしかして、皇帝様なりのジョーク?
いや、が冗談を言うとは思えない。
一人でパニックになっていたら、皇帝様が静かに説明を続けてくれた。
「君が混乱するのも無理はない。どうか説明させてほしい。まず、広場で行っていた実験は私の分身を作る魔法だった」
「皇帝様の分身……ですか」
「ああ、そうだ」
皇帝様は剣術や武術にも秀でているけど、魔法の才もおありだ。
ご自身でも魔法の実験や、研究をされていると聞いたことがある。
「それがどうして私を妊娠させたことになるのでしょうか」
「うむ……少々複雑な話になってしまうのだが、わかりやすく説明するので、最後まで聞いてほしい」
「はい、お願いします」
文字通り、自分の身代わりを造る魔法ということしか知らない。
妊娠なんて関係ないと思うけどな。
「分身魔法は他の魔法と異なる点がいくつかある。一番大きな違いは、自分の体の一部を材料として使うことだ。具体的には髪の毛や血液、涙などだな」
「なるほど……自分の代わりを造るわけですからね」
私が呟くと、皇帝様も頷いていた。
「さて、ここからが本題なのだが……分身をより高度にするためには、どうしても必要不可欠な材料がある」
「は、はい」
皇帝様は恐ろしく固い表情をされている。
お部屋をピリピリした空気が包んだ。
緊張のためゴクリと唾を飲みこむ。
これから、この話の肝が始まるとわかった。
「その材料とは…………自分の精力だ。不快な気持ちにさせてしまったら申し訳ない」
「あ、いえ、それは全く構いませんが……」
皇帝様は心底申し訳なさそうだ。
ウワサだともっと怖い人だと思っていたけど……。
思っていたのとだいぶ違う方だった。
「それで、私の精力を含んだエネルギーが君の腹に直撃した。話というのはそういうことだ。君には私たちの子が宿ってしまったかもしれない」
「そ、そうなんですか……ですが、そのようなことが本当に起きるのでしょうか」
たしかに、理屈はわかるような気がするけど……。
目が覚めても、頭がまだぼんやりしているんだろう。
いまいち理解が追いつかなかった。
「まだわからない。あくまで可能性があるというだけだ。そこで、王宮で一番の医術師を呼んである。まずは妊娠していないか確かめよう。オールド、入ってきてくれ」
皇帝様が言うと、初老の女性医術師が入ってきた。
灰色の髪は緩くウェーブがかかっていて、猫みたいな瞳が元気な印象だ。
私たちは軽く握手を交わす。
「こんちは、キュリティ。アタシは宮廷医術師のオールドってんだけど、今回は大変なことになっちゃったねぇ。ディア坊主の子どもを妊娠したかもしれないって?」
「えっ……と、よろしくお願いします。キュ、キュリティ・チェックと申します」
見た目通り快活に話しかけられた。
予想以上にざっくばらんでビックリしてしまう。
「オールド、彼女は今不安な状態なんだ。もう少し気遣うようなことはできないのか。すまない、キュリティ。オールドは昔からこういう性格なんだ。決して悪気があったわけではない」
「それくらいアンタに言われなくても心得てるよ。キュリティ、アタシの言動が嫌だったらすぐに言うんだよ。アタシは言われないとわからないからね」
オールドさんは当然のように、皇帝様と対等に話している。
まさか、皇帝様とこんな気楽に話せる人物がいたとは。
気になったことをそっと尋ねる。
「あの……お二人は長いお付き合いなんですか?」
「アタシは先代の王妃様からディア坊主を取り上げたんだよ。びゃーびゃーうるさいのなんの。巷では“極悪非道の皇帝”なんて大層な名前で呼ばれてるけどね、アタシにとってはただの青臭いガキだよ」
「……オールド、私はこれでも皇帝なんだが」
「うるさいね、アンタなんかアタシがいなきゃ生まれてないんだよ」
どうやら、オールドさんの方が立場が上みたいだった。
「まぁ、それはさておき赤ん坊がいないか確かめようね。手で触るだけだから安心しな」
「はい、お願いします」
オールドさんのストレートな物言いはむしろ安心した。
横になってお腹を出すと、オールドさんが撫でてきた。
彼女の手は柔らかくて優しい。
なぜか皇帝様は目を背けていた。
そうか、私みたいな下々の者のお腹なんか見たくないものね。
「ふむ……大きな怪我はしていないみたいだね。じゃあ、ちょっとあったかくなるよ、<イグザム>」
オールドさんが呪文を唱える。
その両手が黄色く光った。
お腹を触られるとじんわり温かい。
オールドさんはしばらく私のお腹を撫でていたけど、その表情は硬かった。
「どうだ、オールド。彼女は妊娠しているのか?」
「……ああ、そうだね。ディア坊主、キュリティは妊娠してるよ」
「そうか……やはり、子が宿っていたか……」
「う、うそ……」
妊娠していると言われ絶句した。
わ、私が皇帝様の御子を懐妊してしまうなんて……。
どうしたらいいのかまったくわからず、頭の中が真っ白になった。
「私としたことが本当に申し訳ない。大変に迷惑をかけてしまったな。謝ってすむ問題ではないが謝らせてくれ」
皇帝様は深く頭を下げて謝ってくれた。
見せかけではない。
私のような下級の者でも、真剣に謝ってくれている。
「い、いえ、私の方こそあんなところを歩いていて申し訳ありませんでした」
「……なに?」
私も同じく頭を下げて謝った。
そもそも、私が隠れるように歩いていたのが悪いのだ。
もっと自分の存在をアピールしていれば、この事態は回避できたかもしれない。
「いや、君はまったく悪くないんだ。全て私の責任だ」
「皇帝様……」
皇帝様が謝っているのは保身のためなどではない。
心の底から申し訳なく思っているのだ。
その態度だけで伝わってくる。
そして、皇帝様のお顔を見ていると自然に言葉が出てきた。
「実は私……婚約破棄されてしまったんです」
「「……なんだって」」
そのまま、流れるように今までの出来事を話した。
シホルガに画策されたことや保安検査場での仕事、<見破りの目>というスキル。
皇帝様とオールドさんは静かに聞いてくれていた。
もちろん、笑われるようなことはまったくなかった。
「……そんなことがあったのか。その二人は処罰しないとな。私の方から話を通しておこう」
「……ムカつく男と女だね。アタシがぶん殴ってきてやるよ」
私たちはまだ出会って間もない。
だけど、少しずつ皇帝様のことがわかってきたような気がする。
そして、皇帝様はさらに言い出しにくそうに言った。
「そこで、私から君にお願いがある。このような話をした後で申し訳ないが、君を思うとこれが一番良い気がするんだ」
「はい、お願いでございますか? なんでしょうか?」
「お願いというのは他でもない。私と…………私と夫婦になってくれないか?」
「わ、私と皇帝様が……夫婦になるのですか!?」
思わず素っとん狂な声を出してしまった。
思いもよらないどころか想像もしないお願いだ。
「ああ、そうだ。とは言っても、ほとんど形式上の関係だ。当然だが、君に手を出すつもりはない」
「ダ、ダメです! 私のような者を妻にしては、皇帝様の評判が悪くなってしまいます!」
私は貴族といえど、しがない男爵家の娘だ。
とてもじゃないけど釣り合わない。
皇帝様の妻になるのは、公爵家の令嬢だったり他国の姫様が普通だろう。
私みたいな下級の人間が妻になったら、皇帝様に迷惑がかかってしまう。
「これは完全に私のミスだ。君にはいくら謝っても謝り切れない。せめて……責任を取らせてほしい」
「で、ですから、そんなに頭を下げられては……!」
皇帝様は深く深く頭を下げている。
その真摯な態度を見ていると、恐怖心などはいつの間にか消え去っていた。
「君の、いや、君たちのためにできることなら何でもさせてほしいんだ」
「皇帝様……」
仕事を奪われた私に生きていく術はない。
両親もシホルガの言いなりなので、実家に帰っても無駄だろう。
新しく仕事を探すにしても、身重の体では何ができるかわからない。
何よりお腹の赤ちゃんを思うと、皇帝様といるのが一番安心できる気がした。
「……わかりました。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
ベッドの上でぺこりとお辞儀した。
ひとまずは、皇帝様に私の身を預けようと思う。
「ありがとう、キュリティ。良かった……」
皇帝様はホッとしたような表情だ。
「私たちの関係を公にするのは、もう少し待ってからにしよう。もちろん、君には絶対に不自由はさせない。衣類も装飾品も食事も、全て最高品質の物を用意する」
「そ、そこまでしていただかなくても大丈夫でございます。私は服や宝石にそれほど興味はありませんので」
「だが、何もしないわけにはいかないだろう」
「いえ、いいんです」
なおも断る私を、皇帝様は不思議な顔で見ていた。
「私は……皇帝様に気遣っていただけるだけで嬉しいです」
そう、これは私の本心だった。
思い返せば、フーリッシュ様やシホルガに見下される毎日だった。
皇帝様の優しい気持ちは私の心を癒してくれる。
「そうか。まぁ、何か欲しい物があったら遠慮せず言いなさい。あと、私のことは皇帝様と呼ばなくていい」
「い、いや、しかし……で、でしたらなんとお呼びすればいいでしょうか?」
皇帝様は私たちにとっては雲の上にいるような人だ。
呼び方一つとっても非常に迷う。
「甲斐性なしの迷惑男でも、ダメ男でも何でもいい。好きに呼んでくれ」
「アタシみたいにディア坊主でもいいよ。もしくはクソガキとかかね」
さすがにそんな呼び方はできるわけもない。
相手は帝国の皇帝なのだ。
「で、では……ディアボロ様と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか」
「君がそれでいいのなら、そう呼んでくれ」
ということで、恐れ多くもお名前で呼ぶことで落ち着いた。
「さて、すまないが私はもう王宮に戻らねばならん。あとで世話係のバーチュというメイドを来させる。困ったことがあったら、何でも彼女に伝えてくれ」
「わかりました。あの……ディアボロ様」
「なんだ?」
扉へ向かおうとするディアボロ様を呼び止めた。
どうしても伝えておきたいことがある。
「そんなに私のことを気遣っていただきありがとうございます」
「いや……むしろ感謝するのは私の方だ」
静かな声で言うと、ディアボロ様は出て行った。
「じゃあ、アタシも一度戻るよ。何かあったら呼びなさいな」
それから少しして、オールドさんも王宮に戻っていった。
お部屋の中は私一人。
見渡してみると、室内は結構広かった。
窓の外には王都が見える。
「私は本当に妊娠したのね……」
お腹を撫でてみるけど、まだぺたんこだ。
これから大きくなってくるのだろうか。
やっぱり、ちょっと不安だな。
そんなことを考えていたら、お部屋の扉がコンコンとノックされた。
「奥様、失礼いたします。お世話係を務めさせていただきます、バーチュと申します」
「あ、はい! ど、どうぞお入りください。鍵はかけていませんので」
カチャリと静かに扉が開いて、背の高い女性が入ってきた。
私と同じ黒髪黒目で、少し親近感がわいた。
メイド服をきっちり着こなしていて頼りがいがありそうだ。
「初めてお目にかかります。私は皇帝様より奥様のお世話係を賜りました、バーチュでございます」
「こ、こちらこそ初めまして。キュリティです」
バーチュさんはすごく丁寧にお辞儀をする。
両手はお腹の前で組んでいて、お辞儀の角度は大変に美しい。
まるで、メイドのお手本のようだ。
「奥様、さっそくでございますが、動きやすいお洋服をご用意いたしました。まずはこちらにお着替えくださいませ。その間、私は簡単なお食事をご用意いたします」
「ありがとうございます。それはまたお心遣いを……」
バーチュさんは着替えを置くと、部屋の奥に行ってしまった。
どうやら、ここにはキッチンもあるようだ。
お洋服はゆったりしていて、肌触りも柔らかくて安心した。
「奥様、お食事でございます」
「あ、はい」
着替え終わったときピッタリに、お食事が用意されていた。
蒸し鶏が入ったスープにふんわりとしたパン、色とりどりの茹で野菜だ。
良い匂いを嗅いでいると、お腹が空いてきた。
「うわぁ……美味しそうですね」
「お口に合うとよろしいのですが」
「合うに決まってますよ。匂いだけでこんなに美味しいのですから。それではいただきます……美味しい……」
久しぶりに何か食べたような気がする。
色々なことがあって、食事どころではなかった。
「こんなに美味しいご飯を食べたのは初めてかもしれません」
喜んで食べていたら何か視線を感じる。
顔をあげたらバーチュさんが、じっ……と私を見ていた。
「あ、あの、どうかされましたか?」
「お口に合いましたでしょうか」
「ええ、とても美味しいですよ」
「それは良かったでございます」
会話を終えても、バーチュさんはじっ……と私を見てくる。
気にしないようにしたけどやっぱり気になる。
「バ、バーチュさん、どうしてそんなに私を見るんですか?」
「皇帝様より奥様をしっかり見ておくように、と伝えられておりますので」
「そうなんですか……それなら仕方ありませんね」
相変わらず、じっ……と見られる中、気まずい感じで食事を続けた。
□□□
「それでは、私はそろそろ失礼いたします。おやすみなさいませ、奥様」
「おやすみなさい、バーチュさん。色々ありがとうございました」
その後、あっという間に日が暮れた。
今や、お部屋はかなり快適な空間になっている。
バーチュさんが諸々整えてくれたからだった。
「何かあればベッド脇にありますベルを鳴らしてください。すぐに参りますゆえ」
バーチュさんがベッドの方を指す。
いつの間にか、小さな銀色のベルが置かれてあった。
「お気遣いありがとうございます。でも、たぶん大丈夫かなと思います。夜遅いときに起こしてしまうと悪いのでっ……!」
「いいえ、奥様」
言い終わる前に、バーチュさんがズンズンズンッ! と近寄ってきた。
キリッとした表情で見てくる。
「あ、あの~、バーチュさん」
「どうか、ご遠慮はなさらないようにお願いいたします」
そう言うと、バーチュさんは静かに出て行った。
ほのかに残ったラベンダーの香水が香る。
明かりを消して、ベッドに横たわった。
「なんか……未だに信じられないな」
本当に私がディアボロ様の御子を宿したのだろうか。
もう一度お腹を軽く撫でてみたけど、特に変わりはなかった。
でも、医術師のオールドさんが言うのだから間違いないだろう。
でも……と、これだけは確かなことがあった。
――もしかしたら、ディアボロ様はそれほど怖い方ではないかもしれない。
私は安らかな気持ちで眠りについた。
「シホルガさん! また荷物に質の悪い魔法がかかっていましたよ! 今回も王宮内に入る前に私たちで対処しましたが! 事前に見つけていただかないと、私たちも困りますわ!」
「も、申し訳ありません……」
その後、アタクシは保安検査場で毎日のように怒られていた。
魔法を見破るなんて簡単だと思っていたけど、全然そんなことはなかった。
まじないをかけても、まったく見分けがつかない。
もっとわかりやすい魔法をかけてきなさいよ。
「キュリティさんのときはこんなことありませんでしたよ! あなたはこの仕事の重要さがわかっていないんですか!」
「……はい、すみません」
お義姉様の代わりにこの仕事に就いてから、ずっと怒られっぱなしだ。
作業をしていたら、周りにいる人たちの会話が聞こえてきた。
「これで何回目かしら? あの人、本当に魔法が見破れるの?」
「伯爵家の口利きだから、私たちも反論できないのよね。ああいう人が一番困るわ」
「魔法に精通しているっていう話だったけど嘘だったわね。むしろ、キュリティさんの方が良かったわ」
微妙に聞こえるくらいの小さな声で陰口をたたいてくる。
アタクシがキッ! と睨みつけると、サッ! と見ないふりをしていた。
まったく、どいつもこいつも。
イライラすると作業も雑になる。
小さな箱を握りしめたら少し凹んでしまった。
「シホルガさん!!」
「はいはい! 申し訳ございませんー!」
他の人たちは数人一組で作業をしている。
力を合わせて、魔法を見破るまじないをかけているのだ。
だけど、アタクシはたった一人だった。
シホルガは大変優秀だから、ぜひ一人で作業を……とフーリッシュ様が伝えたらしい。
本当にあの人は調子がいいんだから!
「……シホルガさん!? シホルガさん、聞いているの! 作業が遅れていますよ!」
「はいはい! 聞いてますー! やってますー!」
そんなこんなで、ようやく終わりの時間になった。
早く帰ってゆっくりしたいわ。
帰ろうとしたら、係長が立ちはだかった。
「じゃあ、私たちは上がりますけど、シホルガさんは残って作業を進めてくださいね」
「え! ど、どうしてですか!? アタクシももう帰りたいですわ」
「どうしてって、あれを見てもわかりませんか!」
「うっ……!」
奥の机には、荷物が山のように残っていた。
しかも、全部アタクシの担当。
時間通りに終わらなかったのだ。
「荷物は明日も明後日もたくさん届くんですよ! あなたはここを倉庫にするつもりですか!」
「そんなことはわかってますわ! アタクシだって早く帰りたいですもの!」
「わかってるのなら、ちゃんと仕事をしてください! そんなんじゃ、いつまで経っても半人前ですよ!」
ああ言えばこう言われる。
何を言っても怒られるので黙り込んでしまった。
職場の人たちは、あ~ヤダヤダとか言いながら出て行った。
アタクシは荷物の山の前に取り残される。
下手したら夜明けまでかかりそうだ。
「ああ~、どうしよう。こんな仕事、適当に終わらせたいわ。でも、また怒られるのはイヤだし」
今日はフーリッシュ様とディナーの約束があったのに。
このままじゃ遅れてしまう。
そのとき、お義姉様の作業風景を思い出した。
一度見学したことがあったのだ。
右から左へ流すように作業していた。
そうよ、適当に……いや、要領よくやらないと終わるものも終わらない。
あんな感じでやればいいのよ。
「これは大丈夫……こっちも大丈夫そうね。これなんか王宮と取引のあるお店だから、問題ないに決まっているわ」
考えてみれば単純なことだ。
荷物には送り主の名前が書いてある。
だから、誰からの荷物かすぐわかるのだ。
たまに書いてないのもあったけど、そんな物はすぐ焼却炉行きだ。
そもそも、普通は荷物に悪い魔法をかけようなんて思わない。
――だって、信用がなくなってしまうんですもの。
そう考えたら気が楽になってきた。
やがて、仕分け作業はあっという間に終わった。
「なんだ、最初からこうすればよかったんですわ……ん? あれ?」
最後にあった荷物から、うっすらと黒いオーラが出ているような気がする。
だけど、目をこすってもう一度見たら消えていた。
なんだ、気のせいだったのね。
まぁ……一応送り主の名前だけ確認しておこうかしら。
「ええっと、どれどれ……こ、これは!」
箱の表面を見ると、公爵家の名前が書いてあった。
だったら安全よ。
一番安心できるといっても過言ではないわ。
他の荷物と一緒に、検査合格のスぺースにまとめた。
ここに置いておけば、明日の早朝には使用人たちが王宮内に持って行ってくれる。
「ふぅ……ようやく終わった。これでアタクシも一人前ね。さあ、さっさと帰ってドレスに着替えないとお店に入れないわ」
そそくさと荷物をまとめて仕事部屋から出る。
早く行かないとディナーに遅れてしまうわ。
部屋から出たとき、わずかに荷物が気になった。
あの箱だ。
――どうしようかな、念のため確認する? いや、今からまじないをかけると時間がかかるし……。
時計を見るとディナーまでもう時間がなかった。
慌てて検査場を飛び出す。
走っていたら不安も消えて行った。
大丈夫よ。
だって、公爵様の名前が書いてあったし。
名前どころか家紋までしっかりと押されていたわ。
公爵なんて偉い人が送ってきたのだから、絶対に問題ないはずよ。
「奥様、お身体の具合はいかがでしょうか」
「ええ、特に変わりありません」
その後、毎日バーチュさんにお世話をされ、オールドさんの診察を受けていた。
相変わらず、私のお腹はちっとも膨らんでいない。
本当に赤ちゃんがいるのか不思議だった。
「キュリティ、赤ん坊がいる実感はあるかい?」
「いえ、なんとなく変な感じがするんですが……本当に赤ちゃんがいるんですか?」
「まぁ、まだそんなもんだろうね。そのうち嫌でも腹が膨れてくるよ」
オールドさんのざっくばらんな物言いに、バーチュさんは表情が硬くなった。
「……オールド様、腹が膨れるなどという言い方はよろしくないかと」
「うるさいね、事実なんだから文句ないだろ。膨れるものは膨れるんだよ」
「ふふっ」
二人のやり取りが面白くて、少し笑ってしまった。
「どうされましたか、奥様」
「あ、いや、お二人を見ているとこちらまで楽しくなってしまいまして」
バーチュさんたちは不思議そうに顔を見合わしている。
「それはそうと奥様。ご不安なことばかりでしょうけど、大丈夫ですか? 困ったことがあったら、何でも仰ってくださいませ」
「いえ、お二人のおかげで毎日安心して暮らせています」
二人とも本当に優しいから、不安なんて少しもなかった。
「じゃあ、アタシはそろそろ王宮に戻るけどね。何かあったらすぐ呼ぶんだよ」
「はい、ありがとうございます」
そう言うと、オールドさんはお部屋から出て行った。
バーチュさんはキッチンで洗い物をしている。
そこで、彼女に前から思っていたことを尋ねた。
「あの、バーチュさん。ちょっとお話してもいいですか?」
「どうぞ好きなだけお話しくださいませ」
「私はどんなお仕事をすればいいですか?」
「……はい? お仕事……でございますか?」
バーチュさんは皿洗いの手を止めて、きょとんと私を見ている。
「こんなに良くしてくださっているのに、私だけ何もしないのは申し訳ないですから」
「何を仰いますか。奥様は座っているだけでいいんですよ。皇帝様からもそのように伝えられております」
ディアボロ様は申し訳ないほど気遣ってくれているようだ。
とはいえ、何もしないわけにはいかなかった。
本来なら私はここに居られる身分ではない。
私なんかを大事にしてくれる人たちに、少しでも恩返しをしたかった。
「私にも何かお仕事をください。そうだ、バーチュさんのお手伝いをします。私の世話のお手伝いはどうすればいいですか?」
「断じてなりません。奥様のお世話をする私の手伝いをされても意味がありません」
「ま、まぁ、そう言われるとそうですが……」
「奥様はごゆるりとお休みくださいませ」
バーチュさんは淡々と皿洗いを続ける。
彼女からは、もうこの話はおしまいです、というオーラが出ていた。
だけど、ここで引き下がるわけにはいかない。
「でも、ただ座っているだけではその方が体に良くないと思います。少しくらい動いた方が私にも……そして、お腹の赤ちゃんにとっても良いと思います」
「ふむ……なるほど、それは一理ございますね。運動した方が健康には良いかもしれません」
「運動がてらお仕事するのはいかがでしょうか」
すると、バーチュさんはじっ……と私を見てきた。
彼女特有の癖なのかもしれない。
「……では、オールド様に確認してまいります」
そう言って、バーチュさんはお部屋から出て行った。
なんだか不思議な人だな。
もちろん、とても良い人なんだけど、どこか掴みどころがないというか……。
やっぱり不思議な人だ。
そんなことを考えていたら、オールドさんと一緒に戻ってきた。
「キュリティ、部屋から出たいんだって? そりゃそうだ。こんな殺風景な部屋にいたってしょうがないもんねぇ」
「いや、ずっと気遣っていただくのも申し訳なくて」
「別に気にしなくていいのに。アンタは皇帝の妻なんだから、もっと偉そうにしていればいいのさ」
ガハハと笑っているオールドさんを、バーチュさんはキッと睨みつけた。
「オールド様はご自身の言動をお気にされた方がよろしいかと……」
「なんだい、アンタも小言が多いねぇ」
わかってはいたけど、オールドさんは神経が図太いらしい。
「とはいえ、妊婦でも少し歩いたりした方が健康に良いのはたしかだね。経過も順調そうだし、散歩はおすすめするよ。もちろん、無理しない範囲でね」
「では、奥様はお屋敷の散歩をしていただくのがお仕事、ということでよろしいですね?」
バーチュさんはキリッとした顔で私を見た。
「え……いや、でもやっぱりちゃんとしたお仕事の方が……」
「よろしいですね?」
「は、はい」
頑張って抵抗したけど、結局、バーチュさんの圧に負けてしまった。
散歩がお仕事なんて申し訳ないのに……。
ということで、私たちはお屋敷の外に向かう。
思い出したようにオールドさんが話しかけてきた。
「そういえば、アンタは魔法を見破れるんだっけ?」
「はい、そうなんです。<見破りの目>は魔法の種類や性質を見破ることができるんです」
「ふ~ん、そいつは便利じゃないか」
私にできるのは見破ることまでで、実際の解呪だったりは専門の人にお願いしていた。
「王宮では荷物検査の仕事をしてました」
「もったいないねぇ。アタシならもっと荒稼ぎできそうな仕事をするよ。王宮の給料なんて安月給だろう」
バーチュさんがさりげなく睨みつける。
またしても、オールドさんは平然としていた。
やがて、思いついたように私に言う。
「そうだ、キュリティ。そんなに仕事がしたいんなら一つ頼んでもいいかい?」
「はい、ぜひお願いします!」
やった、待ち望んでいたお仕事だ。
嬉しくて勢い良く返事をした。
バーチュさんの表情はさらに固くなったけど。
「屋敷にフローって子がいてね。病気になっているんだけど、原因がわからないんだよ。様子を一緒に見てくれるかい? アンタが見てくれたら、原因がわかるかもしれないよ」
「フローさん……ですか?」
どなただろう。
お屋敷の使用人の方かしら。
疑問に感じていたら、バーチュさんが教えてくれた。
「フローとは、お屋敷で一緒に暮らしているフェンリルです」