「キュリティ・チェック、ちょっといいか? 僕は君との婚約を破棄するけど、これからも仲良くしてよな」
「…………え?」
ヒュージニア帝国の王宮にある保安検査場で、荷物の検査をしていたときだった。
婚約者のフーリッシュ様から前置きもなく告げられた。
目の前にいるのはエンプティ伯爵家の跡取り息子、フーリッシュ様。
さらさらの金髪ヘアーをなびかせて、さも当然のように私を見ている。
「まったく、二度も同じことを言わせないでほしいんだがね。もう一度聞きたいのなら教えてやろう。僕は君と婚約破棄すると言っているんだよ」
「そ、それはもちろん聞こえておりますが……こ、婚約破棄の理由を教えていただけませんか?」
ショックで混乱しそうな頭をどうにか動かして質問した。
フーリッシュ様は表情一つ変えず淡々と話をしている。
あまりにも一方的過ぎて、どういうことなのかよくわからなった。
私とフーリッシュ様は生まれたときから婚約が決まっている。
俗に言う政略結婚だった。
「なに、簡単なことさ。僕は君のような“検品令嬢”と結婚するなんて心底嫌だからね。キュリティみたいな地味で目立たない女性と結婚すると、僕の人生までつまらないものになってしまいそうじゃないか」
「そ、そんな……」
“検品令嬢”とは私の呼び名だった。
毎日荷物の検査をしていることから名付けられた。
「どうしたんだい、キュリティ。顔が真っ青だ。もしかして、風邪でもひいてしまったのかな? 頼むから僕たちにはうつさないでくれよ」
「あ……」
気を抜いたら倒れそうだ。
しかし、まだ聞かなくてはいけないことがあった。
彼の隣には豪華に着飾った女性が寄り添っている。
男爵令嬢とは思えないほど豪華な服装だった。
そして、本人も服に負けないくらい派手だ。
「な、なんで、シホルガがいるの?」
私の義妹、シホルガ・チェック。
キリッとしたつり目で私を睨んでいた。
彼女は魔法で髪をどぎついピンク色に染めている。
昔からとにかく目立つことが好きだった。
そして、家のお金をつぎ込んで作った豪華なドレス。
私が稼いだお給金もむしり取られては、彼女のオシャレ代に消えていった。
「なんで? と仰られましても、アタクシがお義姉様の代わりを務めることになったから、としか申し上げられませんわ」
「そ、それはどういうことなの……? あなたが私の代わり?」
「前々からシホルガは君の仕事をしたかったみたいでね。僕が口利きして、キュリティのポジションを譲ってもらったのさ。愛する者のためには、これくらいするのが普通だろう?」
「……え」
二人はさも当然のように話してくる。
あまりにも自然なので、私の方が間違っているのでは? と思ってしまった。
毎日、王宮にはたくさんの荷物が届く。
外国からの手紙だったり、食料品の箱だったり、調度品だったり色々だ。
日々、その大量の荷物に呪いや悪い魔法がかけられていないか調べるのが私の仕事だった。
私は<見破りの目>というスキルを持っており、魔法を見破ることができたのだ。
「お義姉様は羨ましいですわ。荷物検査なんていう簡単なお仕事でお給金をいただけるのですからね」
「で、でも、やっているのは荷物の検査だけど、実際はそんなに簡単なことではないわ。今朝だって、怪しいまじないがかかっている荷物があったわけだし」
ヒュージニア帝国は大きな国だ。
そのため、国内外から荷物に紛れて王宮を攻撃しようとする人がいる。
王宮内に入る前にそういった荷物を見つけることで、王宮ひいては国内の安全が保たれていると私は考えていた。
「お言葉ですが、お義姉様。魔法を解除するのは専門の魔法使いでしょう? お義姉様だって、魔法は大して使えないではありませんか」
「それはそうだけど、王宮に入る前に見つけることが重要なのよ」
もちろん、ここには解呪師やまじないを専門にしている魔法使いたちもいる。
だけど、呪いだったり悪い魔法を解除するのは手間と時間がかかった。
王宮には急ぎの手紙や荷物、日持ちしない食べ物やポーションだって届く。
だからこそ、早めに見分けることが大切なのだ。
それに、万が一でも王宮内で呪いや悪い魔法が暴れたら被害は想像もつかない。
「まぁ、とやかく言うのはやめてくれよ。シホルガだって困っているだろうに」
「お義姉様は本当に口先だけは達者でございますわね」
何を言っても嫌味で返される。
悲しいことに、これもまた私の日常だった。
「お前たちも文句ないよな! キュリティは今日で辞めて、代わりにシホルガが仕事をする!」
「ついでに挨拶させていただきますね! アタクシがシホルガでございます! どうぞよろしく!」
フーリッシュ様たちは笑顔で保安検査場を見回した。
周りの人たちは気まずそうに下を向いている。
いつからか、職場で私は無視されるようになっていた。
それもきっと、二人が根回ししていたんだろう。
フーリッシュ様がそっと話しかけてくる。
「僕は伯爵家の人間だからね。ちょっと声をかければ検査係なんてすぐに交代させられるのさ。どうだすごいだろう。まぁ、“検品令嬢”の君にはわからないか、ハハハハハ」
「フーリッシュ様、素敵! 私のためにそこまで努力してくださったのですね! これでアタクシも憧れの王宮勤めができますわ!」
シホルガはきゃぴっ! とフーリッシュ様にくっついた。
昔からフーリッシュ様は私を見下してはやたらと高笑いする。
思い返せば、今まで無理して付き合っていたような気がした。
「さあ、ここには君の居場所なんてないんだよ。わかったら早く出て行ってもらおうか。シホルガの準備があるからね」
「いつまでもそこに居られては、アタクシの仕事ができませんわ。往生際が悪いですわよ、お義姉様」
「わ、わかりました……出て行きます」
追い出されるようにして仕事場を出る。
心が追いつかなくて、しばらく呆然としてしまった。
深呼吸を何度かしてようやく落ち着いてきた。
仕事場を振り返ると、今さっきの出来事が思い出されてくる。
――こんなにあっけなく終わっちゃったのか。仕事も婚約も……。
泣きそうだったけどグッと堪えた。
最後に……王宮を一目見ておきたいな。
トボトボと裏手にある広場へと向かう。
それでも、歩いていると涙が零れそうになった。
「どうしてこんなことに……」
王宮で働くのは楽しかったし、何より自分の仕事が気に入っていた。
たかが荷物の検査だけど、帝国の安全に貢献していると思うと誇らしかった。
それも今日でおしまいか……。
「うぅむ……これでもダメか。どうしたものかな……」
広場に近づくと、男の人の声が聞こえてきた。
誰かいるのかな。
木陰からそっと様子を伺う。
声の主を確認すると、思わず悲鳴が出そうになってしまった。
――な、なんであのお方がこんなところにいるの……!?
切れ長で鋭い目つき、短いブロンドの髪、そして、左目に刻まれた大きな傷。
遠目で見ているだけなのに、恐怖で体が震えるようだった。
広場には……極悪非道と噂される皇帝、ディアボロ様がいた。
「…………え?」
ヒュージニア帝国の王宮にある保安検査場で、荷物の検査をしていたときだった。
婚約者のフーリッシュ様から前置きもなく告げられた。
目の前にいるのはエンプティ伯爵家の跡取り息子、フーリッシュ様。
さらさらの金髪ヘアーをなびかせて、さも当然のように私を見ている。
「まったく、二度も同じことを言わせないでほしいんだがね。もう一度聞きたいのなら教えてやろう。僕は君と婚約破棄すると言っているんだよ」
「そ、それはもちろん聞こえておりますが……こ、婚約破棄の理由を教えていただけませんか?」
ショックで混乱しそうな頭をどうにか動かして質問した。
フーリッシュ様は表情一つ変えず淡々と話をしている。
あまりにも一方的過ぎて、どういうことなのかよくわからなった。
私とフーリッシュ様は生まれたときから婚約が決まっている。
俗に言う政略結婚だった。
「なに、簡単なことさ。僕は君のような“検品令嬢”と結婚するなんて心底嫌だからね。キュリティみたいな地味で目立たない女性と結婚すると、僕の人生までつまらないものになってしまいそうじゃないか」
「そ、そんな……」
“検品令嬢”とは私の呼び名だった。
毎日荷物の検査をしていることから名付けられた。
「どうしたんだい、キュリティ。顔が真っ青だ。もしかして、風邪でもひいてしまったのかな? 頼むから僕たちにはうつさないでくれよ」
「あ……」
気を抜いたら倒れそうだ。
しかし、まだ聞かなくてはいけないことがあった。
彼の隣には豪華に着飾った女性が寄り添っている。
男爵令嬢とは思えないほど豪華な服装だった。
そして、本人も服に負けないくらい派手だ。
「な、なんで、シホルガがいるの?」
私の義妹、シホルガ・チェック。
キリッとしたつり目で私を睨んでいた。
彼女は魔法で髪をどぎついピンク色に染めている。
昔からとにかく目立つことが好きだった。
そして、家のお金をつぎ込んで作った豪華なドレス。
私が稼いだお給金もむしり取られては、彼女のオシャレ代に消えていった。
「なんで? と仰られましても、アタクシがお義姉様の代わりを務めることになったから、としか申し上げられませんわ」
「そ、それはどういうことなの……? あなたが私の代わり?」
「前々からシホルガは君の仕事をしたかったみたいでね。僕が口利きして、キュリティのポジションを譲ってもらったのさ。愛する者のためには、これくらいするのが普通だろう?」
「……え」
二人はさも当然のように話してくる。
あまりにも自然なので、私の方が間違っているのでは? と思ってしまった。
毎日、王宮にはたくさんの荷物が届く。
外国からの手紙だったり、食料品の箱だったり、調度品だったり色々だ。
日々、その大量の荷物に呪いや悪い魔法がかけられていないか調べるのが私の仕事だった。
私は<見破りの目>というスキルを持っており、魔法を見破ることができたのだ。
「お義姉様は羨ましいですわ。荷物検査なんていう簡単なお仕事でお給金をいただけるのですからね」
「で、でも、やっているのは荷物の検査だけど、実際はそんなに簡単なことではないわ。今朝だって、怪しいまじないがかかっている荷物があったわけだし」
ヒュージニア帝国は大きな国だ。
そのため、国内外から荷物に紛れて王宮を攻撃しようとする人がいる。
王宮内に入る前にそういった荷物を見つけることで、王宮ひいては国内の安全が保たれていると私は考えていた。
「お言葉ですが、お義姉様。魔法を解除するのは専門の魔法使いでしょう? お義姉様だって、魔法は大して使えないではありませんか」
「それはそうだけど、王宮に入る前に見つけることが重要なのよ」
もちろん、ここには解呪師やまじないを専門にしている魔法使いたちもいる。
だけど、呪いだったり悪い魔法を解除するのは手間と時間がかかった。
王宮には急ぎの手紙や荷物、日持ちしない食べ物やポーションだって届く。
だからこそ、早めに見分けることが大切なのだ。
それに、万が一でも王宮内で呪いや悪い魔法が暴れたら被害は想像もつかない。
「まぁ、とやかく言うのはやめてくれよ。シホルガだって困っているだろうに」
「お義姉様は本当に口先だけは達者でございますわね」
何を言っても嫌味で返される。
悲しいことに、これもまた私の日常だった。
「お前たちも文句ないよな! キュリティは今日で辞めて、代わりにシホルガが仕事をする!」
「ついでに挨拶させていただきますね! アタクシがシホルガでございます! どうぞよろしく!」
フーリッシュ様たちは笑顔で保安検査場を見回した。
周りの人たちは気まずそうに下を向いている。
いつからか、職場で私は無視されるようになっていた。
それもきっと、二人が根回ししていたんだろう。
フーリッシュ様がそっと話しかけてくる。
「僕は伯爵家の人間だからね。ちょっと声をかければ検査係なんてすぐに交代させられるのさ。どうだすごいだろう。まぁ、“検品令嬢”の君にはわからないか、ハハハハハ」
「フーリッシュ様、素敵! 私のためにそこまで努力してくださったのですね! これでアタクシも憧れの王宮勤めができますわ!」
シホルガはきゃぴっ! とフーリッシュ様にくっついた。
昔からフーリッシュ様は私を見下してはやたらと高笑いする。
思い返せば、今まで無理して付き合っていたような気がした。
「さあ、ここには君の居場所なんてないんだよ。わかったら早く出て行ってもらおうか。シホルガの準備があるからね」
「いつまでもそこに居られては、アタクシの仕事ができませんわ。往生際が悪いですわよ、お義姉様」
「わ、わかりました……出て行きます」
追い出されるようにして仕事場を出る。
心が追いつかなくて、しばらく呆然としてしまった。
深呼吸を何度かしてようやく落ち着いてきた。
仕事場を振り返ると、今さっきの出来事が思い出されてくる。
――こんなにあっけなく終わっちゃったのか。仕事も婚約も……。
泣きそうだったけどグッと堪えた。
最後に……王宮を一目見ておきたいな。
トボトボと裏手にある広場へと向かう。
それでも、歩いていると涙が零れそうになった。
「どうしてこんなことに……」
王宮で働くのは楽しかったし、何より自分の仕事が気に入っていた。
たかが荷物の検査だけど、帝国の安全に貢献していると思うと誇らしかった。
それも今日でおしまいか……。
「うぅむ……これでもダメか。どうしたものかな……」
広場に近づくと、男の人の声が聞こえてきた。
誰かいるのかな。
木陰からそっと様子を伺う。
声の主を確認すると、思わず悲鳴が出そうになってしまった。
――な、なんであのお方がこんなところにいるの……!?
切れ長で鋭い目つき、短いブロンドの髪、そして、左目に刻まれた大きな傷。
遠目で見ているだけなのに、恐怖で体が震えるようだった。
広場には……極悪非道と噂される皇帝、ディアボロ様がいた。