目が覚めた。
知らない風景だ。
別に酔った勢いで誰かと朝を迎えた覚えはない。
まあ、そうね。
死んだばかりだもの。
私の名前は相川 涼香。
元32歳。
気が付くと白い靄のようなものに包まれた場所にいた。
私の目の前には市役所の様なカウンターに緑色の長い髪を、ポニーテールに束ねたメガネ女子がいたわ。
その人は女神ゼクシーと名乗り、私は死んだと言われた。
死因等はもう済んだことであり、未練が残っても困るので教えないそうだ。
それに未練を残さない様に、家族の記憶も曖昧になって行くそうだから。
今さら知っても済んだことは仕方ないと言われた。
まあ、そうだけど。
そして説明を受けた。
このまま輪廻転生の波に吞まれ、記憶を消され魂を浄化した後に人か虫かは分からないけど生まれ変わること。
人か虫ですか?と聞くとダニかもしれないわ。運次第だものだって。
なんだそれ?
もう1つは彼女の管理している世界『エニワン』に転移して、記憶はそのままで人としてもう一度人生をやり直す事もできるようだ。
勿論、私は転移に飛びついた。
ダニとか言われたら普通、引くでしょう?
どんな世界なのか聞くと、剣と魔法の世界だという。
判りません…。
行ったことが無いから。
でも虫とかではなく、人としての知識はそのままで生きられるのはいい。
年齢も変えられると言う。
それなら年齢は生まれ変われるなら、輝いていた17歳を希望した。
願いはあるのか、と聞かれたので、その世界のことが分からない。
文明が遅れていると感染症が怖いから、健康で丈夫な体をお願いした。
それと異世界言語と読み書きを付けてくるそうだ。
言葉や読み書きが出来ないと困るから助かるわ。
それと行ってみないと何が必要になるか分からない。
不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と私は言った。
通販サイト?
無理でしょうか?
そ、そんなことないわよ、わ、私を誰だと思っているの。女神ゼクシーだぞ。
そう言うと彼女は断崖絶壁な、絶望と言う名の胸を叩いて見せた。
所持金が無いから換金用の魔石と、収納にストレージと言うのももらえるそうだ。
そこに購入したものを置いておくことが出来るらしい。
あなたには特に世界を変えるような大きなことは期待していないわ。文明が低迷してもう千年近く進んでいないの。だからあなたが転移し生活することで、周りに何かの刺激を与えてくれればいいからね。
転移したらまず、自分のステータス確認してね。
その言葉を最後に、私は眠りに落ちていった。
う~ん。
私は目を開けた。
どうやら無事に転移できたようだわ。
ここはどこだろう?
と、言っても元々、ここが分からないけどね。
あはは!
どうやら道端に座り込んでいるようだった。
立ち上がりズボンの裾の土を手で払う。
よく見るとゲームの世界の商人のような恰好をしているようだ。
歩きやすい様にズボンなわけね。
まずは現状を確認。
ステータスを確認するように言われたっけ。
でも現実世界はゲーム機と違い、どこかにボタンがあるわけでもない。
ステータス!!と強く念じると、情報が頭の中に入ってきた。
名前:相川 涼香
所持金:0円
魔石:小5個、中3個、大30個(換金すると303,500円相当)
換金用の魔石か。
小が100円、中が1,000円、大10,000円てことね。
【スキル】異世界言語のお陰なのか、単位が円表示なのは助かるわ。
でも女神様には『しばらく暮らせるだけのお金』と言ったはずなのに…。
これでは2ヵ月も暮らせないわ。
しかも他には何も入っていないんだもの。
のどが渇いたな。
あぁ、そうか通販サイトの能力で買えばいいんだ。
どうすれば購入できるのだろうか?
せめて『ヘルプ』機能があれば。
そう思った時だった。
ストレージの中に何かが入ったのがわかった。
『手紙』なんだこれは?
私は何もない空間に手を入れることをイメージした。
するとストレージの中から『手紙』を取り出すことが出来た。
広げてみると女神ゼクシーからの手紙だった。
『は~い、貴方の女神ゼクシーよ。転移して右も左も判らないと思うから『ヘルプ』機能を付けたわ。何かあれば『マイク』マークをクリックして質問してね』
ま、ご丁寧に。
『それから今いる場所は街から少し離れたところです。さすがに街中に転移は無理だから。この道を真っ直ぐに行けば、街に行けます。それからあなたが望んだ『ネットスーパー』は視界内で、タブレットを見る感覚で操作できるわ。やってみてね』
え?なんですか?!
頼んでいたのは通販サイトですねど。
どれどれ、おぉ、できた!!
視界の真ん中にタブレットくらいの大きさの画面が出て来た。
つい左手でタブレットを持っている形になってしまう。
『それからあなたは途中から転移しているから、この世界で育った人より軟弱だから。ここは剣と魔法の世界、強くないと生きていけないわ。まあ、その分、体は丈夫にしてあるけど過信しないでね』
体は丈夫?
あぁ、あれ。
健康で丈夫な体だよね。
『それと魔物は魔石を持っているから、倒すと売ることが出来るわ。売って生計を立ててね。ストレージに収納すれば、買取もしてくれるわ。そうしないと貨幣で買ってばかりいたら、その世界の貨幣が減ってしまうから』
確かに、言われて見ればそうだ。
しかし魔物と戦う術がないけどね。
『では良い旅を…』
こうして私の旅が始まった。
まずは『ネットスーパー』を確認ね。
私はタブレットを持っている格好をした。
すると左手にタブレットの画面くらいの画像が映る。
まずはguruguru Playを立ち上げて…。
あぁ、あったこれだ。
といってもアプリアイコンは1つしかない。
アイコンをタップする。
しばらくして画面が立ち上がる。
すると『利用規約』がでてきた。
『利用規約に同意しない / 利用規約に同意する』
私は内容を見ることもなく『利用規約に同意する』をタップした。
まあ、目的があって起動しているのに同意しない訳がない。
それに大概サイト登録は、こちらに不利益になるようなことは無いから。
サイトの中を見てみる。
そういえばお腹が空いた。
なにか食べるものは無いかな。
おぉ、パンがあった。
6つ切り食パン、薄皮の5個入りパンとイチゴパンか。
そして更にサイトの中を見てみる。
すると食べ物が多く今の私には必要のないものばかりだった。
なに?このサイトは?
ろくなものがない…。
アイコンの名前をよく見ると、貴方の町の生活に添うお店。
暮らしのスーパー『SAY YOU』と書いてあった。
しかも貴方の『町』の『町』が指す通り、規模が小さいのか品揃えが少なかった。
私は不安になり、サイトの利用規約を読み返してみた。
なに、なに…。
『利用規約:この世界にあると有害なものは、違う素材に置き換えられています。この世界に材料があり今の技術では無理でも、将来的には加工できそうな物のみ販売しております』
ではこの世界に材料が無く、あっても将来的に加工できない物は売っていないと言うこと?逆を言えばサイト内のある物なら、今はなくとも作ることが出来ると言うことね。
ふ~ん、なるほど。
これからのこの世界の進化が分かる、ということか。
だから、この品揃えなの…。
パン、野菜、肉、魚、調味料、ティシュ、お菓子、飲料、酒、美容、雑貨、ベビー、ペットなどだった。
なによこれ?
全然役に立ちそうもないわ。
私が頼んだのは通販サイトよ、通販サイト!!
こんな田舎のスーパーではないのよ!!
私が地団駄を踏んで怒っていると手紙に追記が現れてた。
『まあ、そんなに怒らないでよ。頑張って調べたんだから~。お詫びに利用すればした分だけ、お店にあなた好みの品ぞろえを増やすことが出来るわ。では頑張ってね』
と、言うことはあの女神は通販サイトを知らなかったのね。
だから通販サイトと私が、希望を出したときに挙動不審だったのね。
見栄を張るなんて…。
まあ、仕方がないか。
こうして2度目の人生を与えてもらえただけでも感謝かな。
試しに購入してみようか?
お腹が空いたので私はサイト内の6枚切り食パンを購入した。
カゴに追加しレジに進む。
するとストレージ内に『6枚切り食パン』と表記される。
ストレージから出すと確かに食パンだった。
茶色の紙袋に入って出て来た。
以前住んでいた世界では、大概の製品を包んでいるのは合成樹脂つまり石油製品だ。
『この世界にあると有害なものは、違う素材に置き換えられています』とはプラスチックゴミのことかしら?
まあプラスチックだと燃やしても、有害な煙しか出ないからその方が良いかもね。
そして他の物も購入して試してみた。
ジャムなどは従来通り透明な瓶に入り金属の蓋で締まっている。
ガラスはあると言うことね。
液体はペットボトルの代わりに竹筒に入って出てきた。
時代劇か?!
プラスチックより、最初から燃える竹筒なら処分もしやすいよね。
そして2回目から飲み物を購入する時には、ストレージに水筒を入れておけば飲み物だけチャージされその分、安くなることがわかった。
同じものを購入するなら、その方が経済的だよね。
竹筒だけ増えても意味が分からないから。
私はイチゴジャムを付けた食パンをかじりながら、紐を購入しウーロン茶の入った竹筒を下げて歩く。
何かの時の為に武器を捜したけど、使えそうなものは鋼の包丁くらいだった。
取りあえず、購入しておこうかな?
「 歩こう歩こう♫、私は現金大好き♪~」
字余り!
あれから私は随分歩いた気がする。
転移した時は確か太陽は低いところにあったけど、今は真上に昇っている。
何時間歩いているんだろう?
さすがにもう足が痛い…。
腕時計をネットスーパーで買おうと思ったけど、買った時にその時間が合っているか分からないからやめておいた。
『この道を真っ直ぐに行けば街に行けます』、そう言ったよね女神様…。
まさか逆方向だったとかはないのね。
道端に立っていたから右側に真っ直ぐなのか、左側に真っ直ぐなのかなんて普通考えないよ~。
引き返そうか?
でもどのくらいで着きます、とも言われてないから合っているのかもしれないし。
それに道である以上はその先には、どちらに進んでも村か街には着くはずよ。
そうよ。私って頭がいい!!
このまま行こう。
太陽は沈み始め辺りは暗くなっていく。
「歩こう歩こう⤵、歩くの大好き…、どんどん行こう↘」
はあ、はあ、はあ、
もう歩けません。
こんなところで野宿ですか?
野宿に必要な毛布とかキャンプ用品をネットスーパーで揃えたら、街に着く前に資金が無くなりそうだわ。
それに女神様は魔物が居る様なことも言っていたけど。
身を守るのはネットスーパーで購入した鋼の包丁1本なのね。
『今宵の虎徹は血に飢えておる!!』ぐはははは!!
ガサ、ガサ、ガサ、ガサ、ガサ、
ガサ、ガサ、ガサ、ガサ、ガサ、
えっ?!
ガサ、ガサ、ガサ、ガサ、ガサ、
ガサ、ガサ、ガサ、ガサ、ガサ、
そんな一人劇場をしていると突然、道の前に白毛に黒の大型犬が3匹現れた。
シベリアン・ハスキー??
後を振り向くと、そこにも2匹居た。
挟まれた?
夕暮れ時の散歩かな?
でも飼い主さん、放し飼いは駄目だと思うけど。
前方に居る3匹の内、1匹が特に体が大きく毛並みも白ではなく銀色に見えた。
すると突然、後の1匹が私の腕に噛みついて来た!!
キャ~~!!
「ガンッ!!」
モグ、モグ、モグ、
その隙に今度は、前方の1匹が私の頭に噛みついてくる。
「ガシッ!!」
モグ、モグ、モグ、
あれ?
痛くないわ。
な~んだ。
5匹共、体は大きいけどきっとまだ子供なのね。
甘噛みするなんて。
すると残りの3匹も、私の手足に噛みついてくる。
さすがにこれでは堪らないわ。
こら!
離れなさい!!
そう思い私は離れないワンコ達に、チョップを軽くお見舞いしていく。
バスッ!!バスッ!!ボコッ!!バスッ!!ボコッ!!
キャン!!キャン!!キャン!!キャン!!キャン~!!
ワンコ達は涙目になりながら、私から離れていく。
軽くですよ。
軽く叩いただけでしょう?
もう、大げさなんだから。
元々、犬や猫好きの私はワンコ達をワサワサ撫でていく。
ワサワサ、ワサワサ、ワサワサ、ワサワサ
キャウ~~ン!! キャウ~~ン!!
ワサワサ、ワサワサ、ワサワサ、ワサワサ
キャウ~~ン!!キャウ~~ン!!
ワサワサ、ワサワサ、ワサワサ、ワサワサ
キャウ~~ン!!キャウ~~ン!!
ワサワサ、ワサワサ、ワサワサ、ワサワサ
ワサワサ、ワサワサ、ワサワサ、ワサワサ
ワンコ達は観念したようにお腹を出して、私に撫でられるままになっている。
そして私はしばらくモフモフを堪能した後、ワンコ達から離れた。
するとワンコ達5匹が集まり、なにやら顔を突き合わせている。
ワンコ部下A『兄貴、この女は駄目ですぜ』
ワンコ部下B『そうですよ。全然、歯が立ちませんよ』
ワンコ部下C『もう敗北ですぜ』
ワンコ部下D『こんなことは初めてでさ』
銀色のワンコ『そうだな。完全に俺達の完敗だ。俺達は力が全てだ。負けた以上は、この女がこの群れの新しいボスだ!!』
ワンコ部下A・B・C・D『『『あ、兄貴~!!』』』
ワン、ワン、ワン、ワン、ガルル、ワン、ワン、ワン、
ワン、ワン、ガルル、ワン、ワン、ワン、ワン、ワン、
ワン、ワン、ワン、ワン、ワン、ガルル、ワン、ワン、
私の耳にはワンコ達が、そんなことを言っているような気がした。
まあ、あくまで私のアフレコ、空耳だけど…。
涼香は知らなかった。
【スキル】異世界言語の能力により、ある程度の知能がある生き物とならコミュニケーションが取れると言うことを。
シベリアン・ハスキーの様な大型犬が5匹。
私の目の前で何やらワン、ワン鳴いている。
私も困ってしまってワン、ワン、ワワ~ン、て犬のおまわりさんか?!
お後がよろしいようで…。
あら?
そう言えばこの子達、首輪をしていないわ。
可哀そうに。
こんなに体の大きいワンコ達5匹を飼い主さんが、養うことが出来なくて捨てられたのかしら?
『その一目ぼれ迷惑です!!』
飼う前に考えよう!!
なんてね。
ゲッフン、ゲッフン。
一人芝居もそろそろ疲れて来たわ。
あれ?ワンコ達はお腹が空いているのかしら?
仕方がないわね。
そう思いながら私はアイコンをタップし、『ネットスーパー』を立ち上げる。
確かペット用品も売っていたわね。
え~と、ドッグフードと…。
そう思いながらサイトの中を捜す。
あった!!
『愛犬元気ん』
ん?
元気ん?
どこまでネタ縛りなのかしら?
そう思いながらも私は2.2kgの餌と、犬用の餌を入れる食器を5個購入した。
カラ、カラ、カラ、
「さあ、食べてね。私からのプレゼントよ」
購入したドライフードをお皿に入れ、ワンコ達の前に置く。
ワンコ部下A『お~、何か美味しそうな匂いがする』
ワンコ部下B『本当だ、これは肉の匂いか?』
ワンコ部下C『食べても良いて、ことかな?』
ワンコ部下D『きっと、そうだろう』
銀色のワンコ『据え膳食わぬは男の恥と言うからな。仕方ない。ここは頂こう』
例えが違いますよ~!!
私はワンコ達の会話を、アフレコをしながら突っ込む。
まあ実際はワンコ達がワン、ワン、ガルルと鳴いているだけなんだけど。
そして意を決したように、銀色のボスワンコが食べ始める。
するとボスワンコが、むさぼるように食べ始める。
『お~、旨い。うまいぞ~』
ワンコ部下A『本当ですか兄貴?!』
ボスワンコ『あぁ、嘘を言ってどうする。お前達も食べてみろ』
ワンコ部下B『へい、おっ!!これは、なんという旨さなんだ』
ワンコ部下C『こ、これは…。ビーフとチキンのバランスが絶妙だ』
ワンコ部下D『緑黄色野菜や小魚も入ってるぞ!!おいしさと栄養バランスを考えた食事だ!!』
ワン、ワン、ワン、ワン、ガルル、ワン、ワン、ワン、
ワン、ワン、ガルル、ワン、ワン、ワン、ワン、ワン、
ワン、ワン、ワン、ワン、ワン、ガルル、ワン、ワン、
私にはそう言っているかのように聞こえた。
さて、一人劇場はそろそろ止めて、これからどうするのか考えないと。
陽は沈み始め辺りは暗くなっている。
「じゃあ、私は行くから。みんな元気でね」
そう私は言いながら手を振り、その場を立ち去ろうと歩き出す。
するとワンコ達も私の後を着いてくる。
しまった。
餌をあげたから懐かれてしまった。
飼えないなら、情けをかけてはいけなかったのね。
「ごめんね。着いて来ても貴方達を飼う事はできないわ。私もこの世界に来てまだ、定職にも付いて居ないしね」
ボスワンコ『ワン、ワン、ワン、ワワ~ン』
ワンコ部下A『ワン、ワン、ガルル、ワン』
「お前達~!!」
ボスワンコ、ワンコ部下A~D『ワン、ワォ~ン!!』
「わかったわ。お前たちに出会えたのも何かの縁だわ。これからよろしくね」
そう言いながら私は、ワンコ達を抱きしめた。
ガブッ、ゴリゴリ、ガブッ、
まあ、本当に赤ちゃんなのね。
でもさすがに5匹同時に手足を甘噛みされるとね。
あっ!頭を噛むのはやめて。
髪の毛が唾液でベタベタになるから。
さあ、行くわよ。
そう涼香は言いながら、新しい仲間5匹と歩き出すのであった。
私はワンコ5匹を引き連れて暗い街道を歩いている。
街に着くのは明日かな?
いきなり転移して、初日から野宿とは…。
そんなことを思いながら私は歩く。
すると道の先に灯が見えて来た。
これは?
もしかしたら人が居るのかしら?
そう思いながら私の足取りは早くなる。
すると道の横幅が広くなるところで、誰かが焚火をしているようだ。
ガサ、ガサ、ガサ、
「誰だ?!」
よく見ると馬車が停まっており商人風の男性が1人と、冒険者風の武器を構えた男性が4人居た。
「こ、今晩は。街に向っている途中で暗くなってしまって…」
そう答えると冒険者の男性が聞いてくる。
「なんだ、女の旅人か。それに…?わっ!!なんだこれは?!」
ガルルルル、ガルルルル、ガルルルル、
ガルルルル、ガルルルル、
「こ、怖がらないでください。この子達は私の連れです」
そう言いながら私はワンコ達を見た。
「なんだ調教師か、驚かさないでくれよ」
「あ、いいえ。たまたまそこで出会って、餌をあげたら懐かれてしまって…」
「まあ、それでも5匹も従わせているんだ。大したものだよ」
そうかもしれないわね。
普通ワンコ5匹は扱えないわよね。
すると奥から商人風の男性が前に進み出て来た。
「私は商人のヤルコビッチです」
そう挨拶するヤルコビッチさんは30代前半の男性だった。
「あ、ご挨拶が遅れました。私は相川 涼香です」
「これは失礼いたしました。家名持ちの方とは…。ではスズカ様でよろしいですか?」
あっ、いきなり名前呼びなんだ。
この世界はフレンドリーなのかな?
まあ、それならそれでいいか。
「様は要りません。涼香で結構ですから」
「ではスズカさんですね」
「はい、それでお願いします」
それから話を聞くとヤルコビッチさん達は、ここから東にあるジェイラスの町に小麦や日用品を売りに行った帰りだと言う。
そして明日は王都のファグネリアに戻ると言う。
確かに町には向かっていたけど『町』だったとは…。
護衛の冒険者は『燃える闘魂』と言うパーティ名の4人で、リーダーで剣士のゲオルギーさんとアレクサンデルさん。
弓のジョヴァンニさんと斥候のイングヴェさんだ。
4人共20代後半くらいね。
ちなみに顎はしゃくれていない。
ぶふふ。
「スズカさんはジェイラスの町へ向かわれるのですか?」
そうヤルコビッチさんが聞いてくる。
でも話を聞くとジェイラスの町までは3日掛かると言う。
それなら王都に戻れば半日。
「王都に向おうと思いまして…」
「あれ?スズカさんは王都方面から来られましたよね?」
あっ!まずい。
「実は村から出てきて、道が良く分からないまま歩いてまして」
「そうだったのですか。良かったですね、途中で気付いて」
どうやらこの国はシェイラ国と言う名で、王都はファグネリアと言うらしい。
「王都に行かれてどうされるのですか?調教師なら冒険者でしょうか」
「冒険者ですか。でもそんな経験もなくて…。冒険者とはどのようなことをするのでしょうか?」
すると冒険者のゲオルギーさんが答えてくれる。
「ギルドの依頼でモンスターを狩り素材を採集して売ったり、調査員や行商人を護衛することだな。まあモンスターがいなければ成り立たない職業ともいえるけどな」
「私にはできそうも無いですね」
「それにしてはその子達に懐かれているようだが…」
気づくとワンコ達は、また私の腕や足を甘噛みしている。
ガブッ、ゴリゴリ、ガブッ、
本当に赤ちゃんね。
だから頭を噛むのはやめてよ。
髪の毛が唾液で更にベタベタだわ~。
「まあ、王都に着いてから考えたいと思います」
でも私に何ができるのだろう。
不安になってしまう。
「でもその子達を5匹も扱えるのかい?冒険者ギルドで調教師登録をすれば、王都に入ることはできるが。その子達が人を傷つけることがあれば、飼い主の責任になるからな」
「やはり5匹は多いでしょうか?」
「そうだな。普通、調教師が連れている戦闘系の魔物は1~2匹が普通だからね」
えっ?魔物?!
この子達が魔物だなんて…。
ゲオルギーさんの声が遠くに聞こえた…。
冒険者のゲオルギーさんの話では、このワンコ達は魔物だと言う。
そんな…、こんなに可愛いのに。
「お嬢ちゃんは魔物を見たことが無いのかい?」
え?お嬢ちゃん?!
どこにそんな人が居るんだろう?
キョロ、キョロ、
「おい、聞いているのかい?お嬢ちゃん」
また呼んでいる。
お嬢さん、呼んでますよ~!!
私は再び辺りを見渡す。
そして辺りは木々に覆われ真っ暗で私達以外、誰も居ないことに気づいた。
もしかしたら私達には見えない誰かを、ゲオルギーさんは見えるのかもしれない。
「違うわい!!俺の目の前に居る君のことだよ」
え!こんな30歳過ぎのおばさんをお嬢ちゃんなんて。
まあなんて、この子は…。
クネ、クネ、クネ、クネ、
「お嬢ちゃんではなく、スズカさんですよ。ゲオルギーさん」
そう商人のヤルコビッチさんに、たしなめられている。
「そうかスズカさんか、御免よ。ところでスズカさんはいくつなんだい?」
「三十…」
「え?三十?」
あ、いけない。
今の私は32歳ではなく17歳だった。
「17歳で~す!!」
「へ~、もう成人しているんだ。若く見るね」
成人?
若い?
17歳なら十分、若いと思うけど。
さっきの件で『若い』と『和解』をかけたのかな?
ここは笑うところなのかしら?
それともこの世界は、『お笑い』を目指す世界なのかしら。
そんな事を考えながら私達は焚火の周りに、それぞれ座り込んでいる。
「街で成人は、いくつからなのですか?」
「15歳からだよ。それにどの国でも15歳で成人して、親から離れるはずだけど」
成人が早く扶養家族の期間が短いと言う事は、それだけ生活自体が大変だと言うことね。生活に余裕があれば、親離れなんてしなくていいもの。
「実は私は両親と森の中に住んでおりましたので…」
と、ここで私はそれらしい身の上話を始める。
「母が死に父も亡くなり…。私1人では森に中の生活はできないので、思い切って森を出てきたと言う訳です」
「そうか。だから成人年齢も、知らなかったと言う事かい?」
「そうです、ゲオルギーさん」
「しかし、いくらなんでも魔物くらいわかるだろう」
「あ、いや、でも見たことが無かったもので…」
「でも体長が1.5m以上ある犬はいないだろう?」
うん、いない。
確かにいないけど異世界だからそれが普通かと思って…。
「それに額から角が生えているよね?角が生えている犬なんて見たことがない」
まあ、そうですけど。
それもありかな~と思って。
「特にこの銀色の毛並みの子は、角が2本縦に生えている。これはシルバーウルフの中でも上位の魔物の証だ」
「そうなのですか…」
異世界なら角もありだと思ってたけど違うんだ。
「それがこんなに大人しくしているとは。随分、スズカさんに懐いているようだな。魔物は自分より弱い者には従わないはずだからな」
「きっとスズカさんは特別なんだろう。先ほどから甘噛みばかりしてるからね」
冒険者のアレクサンデルさんがそう言えば、弓のジョヴァンニさんも言い始める。
「でもこれは甘噛みと言うより、普通に俺達なら食い千切られそうな気がするほど迫力があるけどな」
そんな馬鹿なことがある訳ないでしょう。
涼香は知らなかった。
転移前に女神ゼクシーに文明が遅れていると感染症が怖いから、健康で丈夫な体をお願いしていた。
しかしここは剣と魔法の世界。
強くないと生きていけない。
そう思った女神は防御力を増し増しに設定していたのであった。
無意識に鋼鉄のような硬さに出来る手を握って叩けば、大抵の魔物を屈服させることが出来るレベルだった。
『鉄の女』?
すっかり日も暮れて、私達は焚火を囲んでいる。
しかし5匹のワンコ達が魔物だったのは驚いたわ。
でも私が調教師で彼等を従えることが出来れば、街に入る事も可能のようだ。
「街に入るなら1体が限度だな。さすがに5体だと混乱を招きそうだ」
冒険者のゲオルギーさんが私を諭すように言う。
1体?
あぁ、名古屋エリアでよく使われる呼び名で『1日体験入店』と言うことね。
働きたいと思ったお店に本入店する前に、1日お試しで働けるシステムの名称…。
そうね、身寄りもない今の私なら、その仕事で生活費を稼ぐしかないのね。
「あの~日給はおいくらくいなのでしょうか?」
「はあ、日給?いったい何の話しだ?」
「でも1体と…」
「それはそうだろう。こんな大きな魔物が5体も居たら、大変なことになるだろう」
あぁ、1匹ではなくて魔物だから1体なのね。
危ない、危ない。
仕事を斡旋してくれる話ではなかったのね。
「そんなにこの子達は、凄い魔物なのでしょうか?」
「シルバーウルフ1体の討伐で、冒険者が何人も必要になる。まして上位種がいるなら5体で騎士団が一個中隊(約200人)は必要になるはずだ」
「はあ?」
一個中隊と言われても実感が湧かないわ。
「とても強いと言うことでしょうか?」
「あぁ、その気になれば小さな町なら十分、制圧できる強さだ」
「制圧っ?!」
「そうさ。通常、魔物はスタンピードでもない限りは街を襲う事はない。だが先導する調教師が居れば、それも起こりえるのさ」
「では従えている魔物が強く、まして頭数が居ると調教師が危険視されるということでしょうか?」
「その通りだ。よほど名の通った調教師なら別だが、スズカさんはまだ冒険者登録すらしていないのだろう?」
「えぇ、そうです」
「それなら実績が無いから、魔物の制御が出来なくなることも考えられる」
そうか。5匹を連れて街に入り突然、彼らが暴れ始めるかもしれない。
大丈夫と言う根拠なんてなかったんだわ。
「分かりました。連れて行くのは1匹にします」
「それが良いと思うぜ、スズカさん」
私はゲオルギーさんと話し、連れて行くのは1匹だけにすることを話した。
「ごめんね、お前達。連れて行けるのは1匹だけになっちゃった」
銀色のワンコ『それなら私が行こう』
ワンコ部下A『兄貴、おいらが行きますから』
ワンコ部下B『いいえ、俺が行きます』
銀色のワンコ『駄目だ!!私はこの女に付いて行く。お前達は新しい家族を増やし、群れを大きくしていくのだ』
ワンコ部下A・B・C・D『『『あ、兄貴~!!(泣)』』』
銀色のワンコ『お前達!!』
ワン、ワン、ワン、キャンキャン、ガルル、ワン、ワン、ワン、
ワン、ワン、ガルル、ワン、ワン、キャンキャン、ワン、ワン、
ワン、ワン、キャンキャン、ワン、ワン、ガルル、ワン、ワン、
「お前達~!!」
私は思わず叫ぶ。
「どうしましたか?スズカさん」
商人のヤルコビッチさんに声を掛けられる。
あ、いえ、アフレコ中です。
多分こんなことを言っているかもしれないと思いながら、ワン、ワン、ワンに合わせて声を当てていく。
そんな憐れむような目で見ないでください…。