もう一度その胸に抱かれたかった。これが私の運命なのかと、深く深呼吸して覚悟を決めた瞬間、ぐわーんと身体が放り飛ばされた気分になった。友達に嫌々誘われたウォータースライダーで順番待ちをしていたら、いきなり気持ちの準備のないまま背中を押された感じに似ている。ガン泣きであまり覚えてないけれど。
 私の身体を押さえつけていたアレックスの姿は見えなくなり、私は乗り物酔いになる暇もないくらい身体を揺らしていた。どうやらフレンドが号泣しながら、私を背にのせ空で暴れているらしい。
「いやちょっと!フレンド落ち着きなさいっ!」
 フレンド!ハウスっ!一歩間違えて落ちたら、これも間違いなく命はない。フレンドのたてがみを必死でつかみ、心臓バクバクさせながら私は空を飛んでいた。フレンドの興奮はおさまらない。
 そりゃそうだろう。大好きな王様が自分の背中で短剣を振り回すなんて、ショックで暴れたくなる気持ちもわかるけど、私が背中に乗ってます!乗車中です!どこー?降りますボタンどこー?
「落ちついてフレンド!」私の声は聞こえないようで、グルグルと興奮したドラゴンは神殿の上に移動して、高速メリーゴーランド状態。三半規管弱いから吐きそう。
 フレンドの涙が大粒の雨のようだ。また大きく身体を揺らしたので、その弾みで私は頑張ってつかんでいた手を離してしまった。
 
 落ちる!
 そんな恐怖を感じ、ギュッと目をきつく閉じていると「リナ様!」聞きなれた可愛い声がして、私は大きな大きなツバメの背に落ち、シルフィンが小さな身体で私を抱きかかえていた。
「シルフィン?」
「御無事ですか?お怪我はないですか?」
「うん大丈夫。フレンドが興奮してる」
「大丈夫です。今、ジャックが行きました」
 シルフィンの目線を追うと一羽の鷹がレーザービームさながらのスピードでフレンドの頭上に追いつき、何やら説得をしている雰囲気だ。
「アレックス……アレックスは?リアムはどこ?」
 
 ふたりとも私の前から消えてしまった。シルフィンに詰め寄ると、彼女は青ざめた顔をして神殿を指さした。
壊れた神殿はフレンドの涙で濡れていた。さっきまで威厳を持ち、一国の王として仕事をしていたアレックス。今は私の愛する人と剣を交えている。
「リアム!」空から私が声を上げても集中していて届かない。「リアム!」声が壊れそうなくらい叫ぶ私をシルフィンの小さな手が支える。
「どうしようシルフィン。2人ともこの国にとって大切な人で、今はこんな闘ってる時じゃないのに……全部私のせいだ」
 リアム、あぁリアムお願いだからやめて。この国で一番勇気があって強い騎士団長だけど、王も負けないくらい剣の腕は強い。上から見てもどっちも同じくらい強くて、ちょっとの油断を見せたらすぐ勝敗がつくだろう。それだけ僅差で迫力も緊張もある闘いだ。
「リナ様は……」
 シルフィンの声も耳に入らず、私はどうしていいのか泣きそうになっていると、彼女は冷静な声で私に聞く。
「リナ様は王ではなく、リアム様を愛してるのですか?」
 王を愛する彼女に問われて一瞬時間が停まり、頭が真っ白になった。