ポンコツ救世主はドSな騎士に溺愛される

「しかし王様。リナは魔法も使えず何もできない異世界の女です」
 必死な顔でリアムが反論するけれど、アレックスはそれを無視して私の前に膝をつき、ゆっくりと身をかがめて敬意を表す。
「ア、アレックスやめて!」私は反射的に床に座り込み、無理やりアレックスより姿勢を小さくした。王様より上に立つなんてとんでもない話でしょう。
「リナはこの国の救世主だ」
「顔を上げて下さい」剣を壁に立てかけてアレックスを引っ張り、とりあえず近くのソファに4人で座って作戦会議。シルフィンに冷たいハーブティーをリクエストすると、魔法で出してくれたので思わず一気飲み。おかわりお願いします。喉カラカラです。

「私は……戦おうと思う」
 アレックスの重い一言が部屋に響いて、リアムの表情が怖いくらい引き締まる。
「戦うだけ無駄で、私とフレンドの命と引き換えにこの国が守れるのなら、この命を差し出そうと思っていたが、最後まで戦おうと思う。どうだろう?」
「王様」シルフィンが涙ぐむので、私もつられて涙を流す。
 待っていたんだよ。シルフィンはリアムは国民は、みんな、アレックスのその一言を待っていたんだよ。
「母の言葉をリナから教えてもらった」アレックスは私に共犯者的な笑顔をそっと見せてから、ふたりに語る。
「リナの意識の中に入ると母の声が聞こえた『この国を救いなさい。自分の為に国民の為に勇気を出して戦いなさい』そして……『ずっと見守っている。愛してる』と」
 王妃様が言ったエレベーターの中の言葉は、そんな内容だったとは。王妃様も戦って生き延びて欲しいと強く思っているのだろう。
「そんな言葉を聞いても、申し訳ないが無視していた。あんな強い敵には勝てない。犠牲は少ない方がいいと……でも、リナが剣を抜いた今、状況は変わった」決意を持った王の言葉は力強く清々しい。
「その魔法の剣がリナにしか使えないのなら、リナが救世主で間違いない。リナの覚悟が欲しい。命を失う戦いに覚悟はあるか?」

 アレックスにそう言われ、私は言葉が出なかった。
 つい最近まで、ごくごく普通の一般事務員だったのに、命を懸ける戦いに参加するなんて。喉に何かペタリと乾いた物が貼り付いてるような、声が出ないし息苦しい。

「お前たちの意見は?」アレックスがそう聞くとリアムは「王様の意のままに。この命に代えても自分は王を守り最後まで戦います」と言い、シルフィンは涙を拭きながら「私の心はいつも王様と一緒です」と震える声でそう言った。アレックスは微笑み「シルフィン!領主たちを呼び返せ、ホールに集めろ。リアム、リナを部屋に戻し、その後で会議に参加するように」
 威厳のある声で命令してから、アレックスは私の手を取り左手の薬指にキスをした。
「素晴らしいピアノ演奏をありがとう。リナのおかげで勇気を持てた」
「アレックス」
「私の大切な救世主。必ず私達は勝利して、幸せな花嫁にしよう」
 アレックスとシルフィンの姿はアッと言う間に目の前から消えてしまった。早っ!風のようだ。残ったのはリアムと私だけだった。ふたりだけ。
「部屋まで送ろう。剣を持て」
「はい」言われるまま剣を持ちリアムの前に立つ。
「明日から剣の練習をする。いいな」
「はい」
 嫌って言えないでしょう。この剣はきっと私にしか使えない。

 なんかため息しか出ない。みんなヤル気満々で、やっとアレックスが立ち上がったのに、救世主が何もできない私なんてガッカリだよね。

「リナ」
「ごめんね」
 私が謝るとリアムは「何だ?」と上から聞く。私は重い気持ちでリアムの礼服のボタンを見ながら話をする。恥ずかしくて顔なんて見れない。その恥ずかしいは照れるじゃなくて……自分に呆れての自虐的なものだった。
「こんな私でごめんなさい」
「こんなとは?」
「さっきリアムも言ってたじゃない。リナは魔法も使えないポンコツだって」
「ポンコツとは?」
 あ、ごめん。ポンコツは通じなかったか。笑っちゃう。

「私は何もできない。瞬間移動もできないしペンさえも動かせない。剣だって使えない。練習してもきっと上達しないで下手で終わりそう。恥ずかしいくらい何もできない。たまたま剣を抜いたけど、私が抜いてごめんなさい。もっと魔法が上手で完璧な人が抜く予定だったのに」
「リナ」
「戦いなんてした事ないし、見た事だってない。絶対足手まといになっちゃって迷惑かけて、そして戦うなんて怖くてできない」つい本音が出てしまう。アレックスに聞かれたら悲しい顔をさせそうだ。足が震えて身体もガクガクしてきた。
「私には無理だよ。絶対無理だよ。リアムだってそう言ってたでしょう」
「リナ」
「私なんて……」
「リナ!」
リアムが私より大きな声を出し、崩れる私を抱きしめた。

 ぎゅっときつく強く優しく、守るように私を包み込むから震えが止まる。

「巻き込んですまない」私より苦しそうな声で謝るリアム。
「必ず。必ず俺がリナを守る」もう一度ギュッと抱きしめてから、そっと身体を離して私の頬を触りジッと目を見つめる。嘘偽りのない澄んだ瞳。
「リナを巻き込みたくなかった。それは本当だ。俺も王様も本当は巻き込みたくないのだが、リナの力が欲しい」
 凛とした声は真実しか言わない。
「俺が守る必ず守る。信じてほしい」
「リアム」
「必ず守る」
 そう宣言してからリアムの顔が近づき、唇を重ねて情熱的なキスをする。
 彼の舌が私の舌に絡み求める。熱い吐息が息苦しく甘く、幸せで泣きたくなるけれど、急にリアムは身体を離して「王の婚約者に……すまない」と言った。
 王の婚約者。
「今日はゆっくり休みなさい」そんな優しい声が静かにフェードアウトして、私は足元が揺らぎ意識も揺らぎ、身体を立て直すと、もう自分の部屋に戻っていた。手には剣をしっかり持っている。磨かれた刃に自分の顔を映す。救世主で王の婚約者の私だ。自分の唇を指先で触って、リアムの唇を思い出す。

 王の婚約者。
 今夜は色々ありすぎた。

 秋の祭りまであと約1ヶ月半。
 すぐ国中におふれを出し、アレックスが魔王と戦う意志を発表すると、全国民の士気が上がる。我らが王様が立ち上がった。魔王と戦う覚悟を決めた。
 みんな恐怖はあった。去年、魔王が現れて街を破壊した場面を実際見ていて覚えているから、怖くて当たり前である。

 だけど戦わずして自分たちの大切な王様を失うのは、もっと愚かで恐ろしい話だと誰もが思っていた。それほどアレックスは誰からも愛されている。作戦会議とか視察とかアレックスも忙しい。そして私も剣の稽古が始まり、お城の作戦会議にも加わり何やら慌ただしくて……今はフレンドに泣かれている。

「ヒマな時間は必ずここで過ごすから」
 ごめんねーって、心を込めて言うのだけれど、首を横にブンブン振って、涙を流してドラゴンはイヤイヤしてる。
「フレンドの命もかかってるんだからね!」あまりにも泣くから、強気で言ってみると逆効果だったようで、泣きながらシュルシュル走って部屋の隅に行ってしまった。
 もう……どーすりゃいいんだ。フレンドのお世話係としてお城に置いてもらってたけど、私も色々と忙しくなって、お世話係を解任されてしまったのだ。

 それを話すと、フレンドの機嫌を損ねてスネて泣かれているのが今の状況だ。
 せっかく仲良くなったのにね、ごめんね。
「ご機嫌なおしてー」下からお願いするように声を出す私。この戦いに勝利したら、とことんボール遊びでも絵本読みでも、リクエストを何でも一緒に遊んであげるから。いや私、ずっとこの世界で過ごすつもりか?我に返って考えてるとジャックが急に現れて「リナ様。剣の稽古のお時間ですよ」と、呼びに来てくれた。私はジャックに困った顔をして、部屋の隅でメソメソしているドラゴンを指をさす。

「あー困ったなぁ」ジャニーズ系男子は、困った時もサラッと笑顔で爽やかである。
「フレンド。一緒に空の散歩に行こうか?あまりワガママ言うと、リナ様に嫌われるぞ」ジャックの言葉に肩をビクッと震わせて、フレンドは私を見つめる。
 すがってるすがってる。まだ子供なんだよね。

 フレンドだけじゃなくて、この戦いには誰もが不安を抱えている。不安を吹き飛ばすには強くならなきゃいけない
。剣も気持ちも心身ともに強くならねば。
「フレンド!剣の稽古に行ってくるね。また後から来るから一緒におやつ食べよう。ジャック、私の部屋まで送ってちょうだい」送ってと言うより、飛ばしてかな。涙目のフレンドに後ろ髪を引かれながら、私は自分の部屋に戻り、着替えて剣を持つ。

 ドレスで剣の練習はできないから、騎士団もどきの軽い練習着を作ってもらった。『ジェニファー・ローレンスがハンガーゲームで着ていたような、黒い伸縮性のあるシュッとした超カッコいいラバー系の戦闘服がいい』と、何でも形から入る私はワクワク気分でリアムにそうリクエストしたけれど『何を言ってるんだこいつは』的な冷たい目をして完璧スルーされ、ごくごく普通の白いブラウスに、長い紺のジャケット紺のパンツに黒のブーツを与えられた。

 羽の付いた大きな帽子をかぶったら、コスプレ大会で入賞できるかも。
「さて、行くか!」自分に気合を入れて軽やかに中庭に行くと、いつもの難しい顔でリアムが「遅い!」と鋭く言う。


 剣の先生は今日も怖い顔をして、容赦なく私を指導する。
「身体の軸が曲がってる!動きが遅い」
 大きなオリーブの木がそよそよ動き、お昼寝に丁度いい風がなびいているのに、私はリアムに怒られながら剣のお稽古だ。

「腰が入ってない。基本の形を思いだぜ!」
 身体を動かすのは大好きで運動神経はいいと思ってたのに、剣なんて触る機会はないから身体も戸惑ってばかりだ。基本ももちろんなってなく、初歩の初歩から教えてもらっている。剣を上達する魔法をアレックスにお願いしたら、金貨の山に突き刺さっていたこの魔法の剣には効かないらしく、私は魔法なしの自力で修行をするはめになる。悲しいお知らせ。自力じゃ無理。思いっきり後ろに転ぶと、リアムは大きなため息をついて手を差し出した。

「ため息するなら、見えないようにしてくれる?」
 差し出された手を無視して立ち上がり文句を言うと
「そこまで気を使ってたまるか」って言われてしまった。
 くっ……くやしいーーー!!!
 現代人は打たれ弱いんだから、もしリアムが上司なら、心が折れる部下がいっぱいいそう。逆にこのドSがいいって頑張るかな。アレックスが優しすぎるから、バランスが取れて丁度いいのか。

 それにしても、剣の稽古って難しい。呼吸を整えてから、背筋を伸ばしてリアムに向かう。魔法も使えないポンコツ女子だけど、今はヤルしかない。私の覚悟が通じたのか、リアムも満足気な笑みを浮かべた。こんな時に不謹慎だけど、リアムと通じ合ってる気持ちになって嬉しくなる。早くラスボスやっつけて、心から嬉しくなりたい。でもやっつけたら、私はアレックスと結婚してこの国の王妃様になってしまう。そのラストはハッピーエンドなんだろうか余計な事が浮かんでしまい、またリアムの剣に追い込まれて転んでしまった。

「集中しろ!」
「すいません」
 落ち込んで膝を抱えて座り込むと、目の前に白ワインが差し出された。
「休憩だ」
「ありがとう」リアムも隣に座り、彼が魔法で出してくれたワインを味わう。

 あぁ美味しい。空を見上げると、どこまでも青く高い。そしてドラゴンと鷹が楽しそうに泳いでいた。フレンドとジャックだな。
 優しくそよぐ風木漏れ日から射す光が、リアムの長い髪を輝かせる。
 こんなに平和なのにね。
「アレックスは順調?」
「今月末には完成する」
 アレックスは一昨日から大きな大きなドームを作っている。そこに強く魔法で結界を貼り、魔王が来る日に国民を集めて守るつもりだ。魔力をたくさん使うから、身体に負担もかかってるはず。シルフィンが付いて回復の呪文をかけてるようだけど、大丈夫だろうか。
「リナは剣が上達する事だけ考えろ。お前の剣しか魔王を倒せない」
「リアムに言われると重いわー」
「剣は軽いのだろう?」
「そうじゃなくて……いや、いいです」現代語は通じないか。
 苦笑いしてワインを口にする。本当にこの国のワインは美味しくて感心してしまう。あっちの高いワインと比べても、こっちの方が絶対美味しい。

 あっちのワインであっちの国。もうすっかり、こっちの人になってる私。
 あぁなんか今日はダメだー。ガックリ気落ちする。マグカップを持ちながら体育座りで顔を下げ、小さく丸くなってしまう。
「リナ?」
「ごめん。3分だけ落ち込ませて。ポンコツ救世主でゴメン」
「そのポンコツの意味がわからないのだが」
「えーっと、ダメダメってヤツ」
「リナはダメじゃないぞ」
「ありがとう」うつむいたまま礼を言う。
「リアム」
「何だ?」
「私がこっちの世界に飛ばされてしまったけど、あっちの世界ではどうなってるのかな?私が消えた形になってると思う?仕事も途中でみんなに迷惑かけてるかもしれないね。家族や友達が心配して探してないかな」
「王と、その件について話をした夜があった」
「そうなの?」
「王が言うには『リナの世界はそのままだろう』と、言っていた」
「というと?」
「根拠はないようだが、あちらではもう1人のリナがいて、普通にそのまま過ごしている気が私もする。だからもう1人のリナがこちらに現れたと思っていいと思う」
「あー何となく、そう言われたら、そんな気がしてきた」
 棒読み口調で答えてしまう。私もそう思う。向こうではそのまま、もうひとりの私が普通に現代を過ごしているのだろう。だから家族も両親も泣いてないだろう。よかったような虚しいような気分。

 私だけがこっちに飛んで来てしまい、もう向こうには帰れないまま王様の嫁になってしまうか、死んでしまうんだろう。急に悲しくなってきた。勝つか負けるかわからないし、自分にかかってると思ったら、全て捨てて前の世界が恋しくなる。そんな気持ちがポンコツなのだろう。
髪の毛をくしゃっと大きな手で撫でられた。優しい手触りが涙腺に触れる。
「また明日にしよう」
「うん。明日頑張る」みんな頑張ってるのにゴメン。絶対勝つ!という強い気持ちが大切なのに、まだ迷ってる自分がいるんだね。ポンコツのダメダメなヤツ!
 私も明日頑張るから、今日はちょっとだけ落ち込ませて下さい。

 夜になり、フカフカベッドに入っても寝付けない。いつも疲れて熟睡できるんだけど、今夜はなぜか眠れない。天井から下がるシフォンの布が揺れていた。見えないクーラーが回ってるのかな。お部屋の温度はいつも最適。優雅な天蓋付お姫様ベッドも、今夜は病院のベッド気分で憂鬱になってしまう。
 気の持ちようだな。ベッドから降りてカーテンのように布を引き、視界を良好にして枕元のリモコンを手にして、ロウソクの灯りをさっきより明るく調節する。

 窓から大きな丸い月が見えていた。
 夜の散歩なのか、ドラゴンたちが月の灯りを頼りに空を舞う。どこのドラゴンかな?綺麗な動きをしているから大人ドラゴンだな。隣の国から遊びに来たのかな。いつの日かフレンドも彼氏を見つけて、ツーショットで月夜の散歩とかするのだろうか。素敵な女の子になってほしい。あれ?女の子って変?いや……いいのか?女ドラゴンって言い方は勇ましいし……よくわからない。考えるのが面倒でそのままゴロリと横になる。

 何も考えたくない。静かな夜は嫌い。テレビがこんなにも恋しくて泣きたくなってしまう。きっとそれは月が綺麗すぎるからだろう。 強くなりたいのに強くなれない。剣も心もこのままではダメだ。負けてしまう。実力もないのに焦ってばかりだ。そんな事を考えながらテーブルの上にあるガラスのランプを見ていたら、灯りが消えた。故障した?

 すると
 部屋の中も徐々にゆっくり暗くなり部屋も揺れる。どうしたの?何かあった?
 ソファから起き上がろうとしたけれど、身体が動かない
 うわぁどうしよう!金縛りだ。
 部屋の隅から黒いミストのような物が流れ、うっすらとした人影になり私に迫ってきた。
 声が出ない。ガタガタと震えて恐怖に包まれる。人影は遠慮なく私の上に覆いかぶさり、冷たい感触を首に感じたと思ったらグイグイと強く絞めてくる。

 見えない顔が笑ってる。とにかく痛くて苦しくて息ができなくて、怖くて頭がしびれてきて、意識が遠ざかり目がかすんだ時
 扉を蹴破る大きな音が聞こえて、シルフィンのナイフが黒い影を捕える。私は解放されて咳き込みながら、叫び声を上げる黒い影のラストを見ていた。シルフィンは呪文を唱え、同時に現れたリアムがとどめの剣を振り上げて黒い影を刺すと、私を殺そうとしていた影は一瞬で消えてしまった。

「リナ様!」
「リナ!」
 ふたりの顔を見たとたん、ボロボロと安心して涙を流す私。
「悪霊です。大丈夫ですよ、もう退治しました。もう消えました。ケガはないですか?」
 ありがとうって言いたいけれど、締められた喉が痛くて返事ができない。涙だけがとめどなく溢れるだけ。
「リナ様」
 心配して泣きそうな顔になってるシルフィンをなだめたいけど、泣くしかできないなんて情けない。
「リナ様。どこか痛い場所はありませんか?」
「シルフィン戻れ」リアムの大きな手がシルフィンの肩をそっと触り、目線を扉に向けた。シルフィンはしばらく考えてから「お願いいたします」と言い、静かに部屋から出て行った。

 部屋に残されたのは私とリアムだけ。
「ケガはないか?」リアムの言葉に私はうなずく。
「今日は月が綺麗だな」
 優しい声を出し、リアムは窓の外を見つめる。
 眠れない寂しい夜が、優しい夜に変化する。
「怖かったろう?」
「うん」
「もう大丈夫だ」リアムは笑顔を見せて、私をソファからお姫様だっこしてベッドに寝かせ、自分も私の隣に横になり私の身体を抱きしめた。