頭を悩ませていると、アレックスが立ち上がり私の腰を抱く、そして真剣な顔で「リナの記憶に少しだけ入り込んでいいかい?」そうお願いされた。こんなイケメンに至近距離でお願いされて拒めるワケがない。お世話になってる身だし。
私がうなずくと「ありがとう」と、いきなり唇を重ねてきた。
キス?キスですか?アレックスの唇は軽く重なってから味わうように深く舌を絡ませ、私の膝が崩れる。
膝が崩れるようなキスって……こんなキスなんだ。アレックスの唇から解放されても、私は力が出ず、身動きできずに彼の身体に包まれたままだった。
「苦しかったかい?」
「いえ……あの……」苦しいというより凄かったですという、素直な感想を言うのは恥ずかしい。顔を赤くしてアレックスの腕の中にいると
「母の言葉がわかったよ」
「えっ?」
「リナの記憶を少しだけ覗けた。ありがとう」
アレックスは穏やかな顔をして、うっすらと目に涙を浮かべていた。膝が崩れるような衝撃なキスだったけど、お母さんからの言葉を、私が次元を超えてアレックスに伝える事ができたのなら、こんなに嬉しい事はない。
お母さんからの言葉を教えてもらおうと思っていたら、先にアレックスが私を胸に抱き「さっきの話にはまだ続きがあって。時は何年も流れ、私は死の淵から生還し、周りの人間に支えられてまた国を再建した。平和に暮らしていたけれど、去年悪い大魔王に目をつけられて……命を狙われている」
「そんな」
「私とフレンドはあと三ヶ月の命なんだよ。秋の祭りになると、強い魔王が現れて私とフレンドは命を落とす」
フレンドも?あのまだ子供のドラゴンも?驚きの続き話に、私の頭は回らず言葉も出ない。気のせいかアレックスの腕の力が強くなり、私にすがるように抱きしめる。
「気まぐれに国を滅ぼす大魔王がいてね。大災害の一種と思って欲しい。よその国が滅ぼされている話は聞いていたが、まさか我が国が狙われるとは思わなかった。去年現れて宣言された『一年後の秋の祭りに国を滅ぼす。それが嫌なら王の命とドラゴンの命を渡せ』とね」
「アレックスが退治して下さい。そんな悪い魔王なんて」
「一瞬で国を滅ぼす力を持っているんだよ。去年も大変だった。今日行った神殿も被害にあった一部だ」
「そんなの嫌だ」子供のような言葉しかでないのが歯がゆい。
「リアムや周りの者たちはそれを回避しようと一生懸命だが、私とドラゴンが犠牲になればこの国は助かる。簡単な事だろう」
「それは違います」アレックスの腕の中で必死で訴える私。
ちがうよ
それは違う。誰も犠牲になってはいけない。あきらめちゃダメ。
「でもね、とある占い師がこう言った。『海から救世主となる女性が現れる』とね……気晴らしに言った言葉だと思うがリアムはそれを信じ、時間を見つけて毎日海へと出かける」
「だから私と思ったんだ」小さくそんな声が出てしまう。
期待して期待して現れたのがポンコツの魔法も使えない私だったから、リアムはガッカリして機嫌が悪かったのかもしれない。知らないで私も態度を悪くしてしまった。反省しなきゃ。
「そうだね。でも私はリナを巻き込みたくない。リアムには指輪の話をしないでもらいたい。リナを危険な目に会わせたくないからね」
「アレックス」
優し過ぎるよアレックス。そして、あきらめが早すぎるよ王様。
アレックスの腕の中で涙を流していると
「王さ……リナ」凛々しい軍服姿のリアムが現れ、アレックスの腕の中にいる私を見て驚いていた。
あ、勘違いされたかもしれない。
アレックスはリアムの顔を見て自分の腕に力を入れ、グイッと私を引き寄せて、頬が重なるくらいに密着させる。えっ?ちょっとちょっと!恥ずかしいでしょう。
「何か用か?」
「いえ、急がないのでまた」と言い、私達から目をそらしてすぐその場を去って行った。
完全に誤解したかも……いや誤解されても別にいいんだけど、なぜか追いかけて『誤解だよ』って言いたくなる。
どうした私?
「久し振りに楽しいな」
アレックスがまたツボに入ったのか笑いが止まらなくなり、私はその隙に彼の腕から無事離れた。まったく……何が楽しいのかわからない。アレックスの笑いに私の涙も止まってしまう。
「きっと来月の舞踏会の話だろう」
「舞踏会?」
これぞ王道ファンタジー。お城で舞踏会なんて童話の世界だ。
「そう、舞踏会」アレックスは私の腕を取って優雅にお辞儀をする。
「やらなくてもいいのだが、私の誕生日の祝いだ。山のふもとの領主たちが美しい娘たちを連れて城にやって来る」
「お妃さま候補とか?」
聞いていてワクワクするリアルシンデレラだ。きらびやかな世界をこっそり覗きたい。
「妃など必要ない」
「王様にはお妃様がセットですよ」
「妃を選んでも、私は死にゆく身」
「アレックス」
「夫に先立たれた妃が気の毒だ。残された者の気持ちが一番わかるのが私だからね」
子供を諭すようにアレックスは私に優しく言う。
「フレンドが戻って来るね。リナもそろそろ戻ろうか?私もリアムと話をしよう。騎士団長にとって舞踏会はきらびやかな楽しい夜ではなく、警備が忙しい嫌な一日だから。きっとその打ち合わせだろう」
心の中がモヤモヤする。アレックスの考えは何か違う。
「アレックス。それを言うなら、アレックスを失って残された人達がどんな気持ちがわかるでしょう?」
偉大なる王様に失礼な発言をする私だった。王様に意見するなんて、ネズミに変えられても文句言えないレベルかもしれない。真剣に言う私の髪を、アレックスは愛しそうに撫でる。男らしいリアムとは正反対イメージで、癒し系イケメンさん。
「リナを妃に迎えようかな」
「えっ?」どんな展開?私が妃?
「もう一度キスしてもいいかい?」唇を寄せてきたので、指をそろえて顔の前で壁を作った。この24時間でアレックスと何度もキスしている気がする。
「王様?」
「何だい?」
「首にキスマークついてます」
「ん?」苦笑いしてるけど、私と会う前に遊んできたのはバレております。タラシめ。
「フレンドが呼んでるよ」
アレックスの笑い声を聞きながら、私だけまた瞬間移動が始まった。
お願いだから
歩かせてーーーー!!!
それから
約二週間が過ぎた。
朝、目が覚めたら元の世界に戻って……ない。いつも微かな希望を持って目を開くけど、私はまだお姫様ベッドの上に身体を横たえていた。起きて滝のシャワーを浴び、美味しい朝食をアレックスと食べてから、フレンドのお世話をする。フレンドとは仲良しになる。臆病な夢見る乙女キャラなドラゴンだけど、まだ子供で甘える様子が可愛らしい。たまに、アレックスやシルフィン、ジャックが遊びに来てくれて、一緒にランチを食べて楽しく過ごしていた。
魔法を使えない私の為に、部屋にはどこでもドアと部屋の灯りを調節するリモコンを作ってもらった。ドアの前で行きたい場所を唱えると、食堂でもフレンドの部屋でも外でも簡単に行けるので助かる。
街にも何度か遊びに行き、夜の居酒屋さんにも連れて行ってもらった。居酒屋さんのワインもかなり美味しい。みんな私の素性を知っていて、最初は救世主様と思って喜んでいたけど、今はただの異世界からの行き倒れと理解して、とっても気の毒そうな目で私を見て、みんな優しくしてくれる。ちょっとみじめで悲しいけど、拒否されないだけありがたく思う。
食べ物は美味しいけれど、元の世界の方が種類もいっぱいあって、元の世界が恋しくなる。
ラーメン食べたい。白米が食べたい。カレーが食べたい。試しに、シルフィンにお願いしてみるけれど、魔法使いは自分が食べたことのある物しか出せないらしく、私の説明が悪かったのかカレーに挑戦したけれど、出来上がりがセメントみたいな堅いカレールーで、米は一粒が親指くらいの大きさで、歯触りがコンニャクだった。
説明が下手だった。
そういえば、アレックスにお風呂を出してもらおうと説明したら、たき火の上に大きな土鍋が現れて、グツグツと沸騰する湯を見ていたら完璧に地獄図だった。
滝のシャワーでガマンしよう。
でも成功例もあった。
急にフライドポテトが食べたくなって、お城の厨房のシェフの元にシルフィンと一緒に出かけた。
この世界では揚げたじゃがいもはある。でもそれは丸ごと揚げているので、美味しいけれど食べにくくファーストフードのポテトが恋しくなってしまった。だからシェフの元に行き、包丁を借りてじゃがいもを細くスティック状にして揚げ、軽く塩をふってシルフィンとシェフに食べさせると美味しいと大評判となる。そしてシェフの妹が街の市場で売り出し、街にも広がりブームとなる。フライドポテトを国に広めた女……うーん微妙。
もっと役に立つ物を広めたいものだけど、魔法の世界でなんでも解決してるから難しい。思い出すのは食べ物ばかりだった。次はアイスを広めようかな。焼き菓子は豊富にある。シュークリームやマカロンはタルトはあるけれどアイスがない。アイスってなんだっけ……卵と砂糖と牛乳?生クリーム?全部混ぜればいいんだっけ?後は何かあるかな……って、いつまでここに居るんだろう私。情けないわ。
そしてこの世界に慣れるようにと、アレックスは私に魔法の勉強をするように命じた。
私の先生はアレックスの指名でリアムになる。せめてシルフィンにして欲しかった。あのドSリアムに習うなんて嫌だ。街の子供と一緒に、学校へ行く方がまだましかもしれない。
リアムだって自分の仕事が忙しいから断ったらしいけど、王の命令は絶対である。
フレンドが空を飛んでる時間、リアムは部屋にやって来て私に魔法を教える。はっきり言うけど、総務で一般事務してた人間に魔法は使えませんから。
「動かせ」
小さなテーブルの上にある鉛筆を、私は集中して見つめていた。
動け動け!勢いよく転がれっ!
一応やるだけやってみる。環境が変われば私も魔法が使えて、ラーメンぐらい出せるかもしれない。屋台を出して稼いで大金持ちになって、お城から独立してセレブになってやる。でも鉛筆は1mmも動かないという事実。悲しいけど独立は遠い。
グッタリとテーブルに突っ伏すと、消しゴムが飛んで来た。
「集中が足りない」
「休憩しようよ」
先生が厳しいから疲れてしまう。私はそのままの体勢で、空を泳ぐフレンドを窓越しに見る。楽しそうでいいなぁ。リアムは自分が投げた消しゴムをジッと見ている。
珍しいんでしょう。消したくなったら魔法で消せるから、消しゴムなんていらないものね。でも私にとっては必要なのよ。
「増えたな」
「うん。もっと増やしたい」
小さな本棚には私の手作りの絵本が並んでいた。A4サイズのノートと色鉛筆と消しゴムを用意してもらって、私は思い出しながら元の世界の童話をノートに描いていた。ここにも絵本はあるのだけれど、歴史の本を読んでるような硬い文章と内容なので、いまいち読んでいても楽しくない。だから古典からディズニーまでアレンジを加えて簡単な絵本を作ってフレンドに読ませていた。
フレンドのお気に入りはシンデレラだ。古今東西、どの世界にも大人気な、夢見る乙女のサクセスストーリー。リアムにその内容を教えると鼻で笑っていた。バカにした?全女性を敵に回すぞ!
「この王子はうちの王に似てる」
「モデルが欲しくて、肖像権の侵害かしら?」
アレックスは絵本の王子にピッタリで、リアムは怖い悪役にピッタリだった。
「靴のサイズが同じ女など、探さなくても居るだろう」
「魔法の靴だからピッタリじゃないとダメなの。運命の相手ですから」
「運命の相手ね……」
また笑うので私は転がってる消しゴムをリアムに投げつけた。
「女子の夢を壊さないでくれる?フレンドのお気に入りで何度も読んでるの」
ドラゴンだって女の子、ラストはハッピーエンドが好きなのだ。
「王も舞踏会で妃を捜して欲しいのだが……」タメ息混じりでリアムが言う。
私は前に聞いたアレックスの言葉を想い出す
『夫に先立たれた妃が気の毒だ。残された者の気持ちが一番わかるのが私だからね』
悲し過ぎる言葉だった。
「リナ?」
「あ……ごめんなさい」
ついアレックスの苦悩を考えていたら、気持ちがどこかに飛んでしまったようだ。リアムだって忙しいのに来てくれてるのに、ごめんなさい。
「今日は止めよう」
「いや、まだ頑張れるよ私!」集中集中!この世界に慣れて、みんなの力になれるものならなりたい。自ら鉛筆をまた定位置に戻して集中していると、リアムの手が伸びて私の髪をくしゃっと撫でる。そのままの状態でリアムを見ると、優しい目をして微笑んでいたので思わずドキリとしてしまう。
「また明日にしよう。明日は厳しくする」ふわりとマントをひるがえし、静かに部屋を出て行ってしまった。
優しく穏やかな顔だった。同じ優しい微笑みでも、アレックスとはまた違う。アレックスは慈悲の心で癒しの微笑みだけど、リアムは波の立たない海のように、静かに深く穏やかだ。
いつも怒っているくせに、たまにそんな顔を見せるから……本当にズルい。
アレックスの誕生日が3日後に迫った。
つまりそれは、お城での舞踏会まであと3日という話である。
『来年はないから、今年は派手にしよう』そんな不吉な言葉をアレックスが明るく言うので、私達のテンションは下がりまくる。本物の舞踏会は見たいけど、いっそ自粛でもいいのでは?
そんな王様の言葉に『わかりました』とリアムは答える。お互いに本音を言わない、ケンカ前のカップルみたい。
お城も準備で忙しい。
城内は国民に解放され、遠くの国からお客様もやってくる。3つの山のふもとの領主様達もお妃候補を連れて、王様に気に入られようとやってくる。シェフは魔法でどんな料理を作ろうか考え、リアムとジャックとシルフィンは警備の打ち合わせで忙しい。プレゼントも山のように届いている。
今日も私は魔法で勝手に動いている掃除用具に邪魔にされて、フレンドの部屋に追いやられた。小姑のような掃除道具に負けてる私です。でも、彼らの方が働いてるから仕方ない。
今日もフレンドの部屋で過ごし、彼女がお昼寝の最中に魔法の自主練習をしようとしていると
「邪魔かな?」ってアレックスが現れた。
急に来たアレックスの気配にフレンドは目を覚まして大喜び。
「リナと仲良くなってよかった」その背を撫でられ、フレンドはうっとりと満足顔。
フレンドはアレックスが大好きで、いつの日か嫁になれると信じている。何でもアリのこの世界だから、否定はしないけど……難しい問題だ。おとぎ話を読みすぎたかもしれない。私の責任なら申し訳なさすぎる。
今度はもう少しリアルなのを思い出して本にしよう。リアルなのってなんだろう。下町ロケット系の?いや通じないから、ハリーポッター系か。
「魔法の練習はどうかな?」
「えーっと……頑張ってます」
努力はしている。うん。私の返事にアレックスは苦笑いする。結果は期待してないって顔に書いてますよ。
「アレックスはここに来て大丈夫?忙しくないの?」
「私より周りの方が忙しくて、主役は公務もないから暇だ。そうだ、リナはフレンドに乗ったかな?」
フレンドに乗る?考えもしなかった。
「フレンド。私とリナを空に連れて行ってくれるかい?」
アレックスがそう言うと、フレンドは鼻息を荒くして嬉しそうにうなずいた。
空が近い。
急上昇からの急下降で、私はフレンドの角にしっかりしがみつく。
「リナを乗せて喜んでいる」悠然と風を受け語るアレックスの腕の中で、私は必死だから笑顔も引きつる。
飛行機以外で飛ぶのは初めてなので、お手柔らかにお願いします。
「フレンド。リナが怖がるからゆっくり動きなさい」アレックスが言うけど、フレンドはそれを無視して得意になってまた急上昇。人の話を聞きなさいっ!酔う……ドラゴン酔いする。
半泣きでシートベルトなしの恐怖と闘ってたら、アレックスが地上を指さす。
「見てごらん」
アレックスの声に誘導され下界を見ると、その美しい景色に心が躍る。
綺麗に整理された石畳の道路におもちゃ箱のような家が並んでいた。レゴブロックの世界だ。遠くの山の緑が綺麗に輝いている。斜面に並んだぶとう畑が美しい。海岸線がよく見える。海風が気持ちいい。
太陽が西に近づいている。フレンドの背から黄昏の街を覗いているみたい。
全てを忘れて、風を感じた。
背中で騒がなくなった私をつまらなく思ったのか、フレンドはマイペースにゆっくり空を泳ぎ出す。ちょっと慣れた私は龍の背を楽しみ始め、アレックスは金髪の髪をなびかせ優雅に微笑む。最高の時間だ。
「海が波で輝いてますね」なんて綺麗なんだろう。
「水平線の奥にクジラが見えるかい?」
「えっ?本当に?」
浮かれる私の声に応えて、アレックスはフレンドに耳打ちし私達は水平線に向かった。
海岸のその先はどこまでも海。果てしなく海。
私達の真下で噴水のような水しぶきが上がり、怖がり泣き虫ドラゴンは情けない声を出す。アレックスは優しくフレンドを撫で、私は大きなクジラに目を見張る。ここでホエールウォッチングができるなんて、それも空の上からとは、なんて贅沢なんだろう。
迫力のあるクジラの動きを見ていたら、もう1匹現れたのか水面が黒くなる。2匹並んで泳ぐ図が見れるのかなってワクワクしてたら
それはクジラじゃなくて
大きな大きな……タコだった。タコ?
「クラーケンが現れた」アレックスがサラッと言う。
クラーケンって、ディズニーの海賊映画で見たかもしれないけど、本当にいるとは怖っ!