ポンコツ救世主はドSな騎士に溺愛される

 フレンドの鼻息で起こされた。
 えっ?寝てた私?
「ごめんごめん。気持ち良くて一緒に寝ちゃった」フレンドにそう言うと頬をふくらませて不満そう。早く遊びたいのね。ごめんね。

 さて、何をすればいいのかな。お絵かきはできないし、一緒にハリーポッターのDVDでも見れたらいいんだけど。考えてたらフレンドは私に背中を向けて、一気にまた部屋の端へと行ってしまった。えっ?私またやらかした?気になる事言っちゃった?このお役目解かれたらもう終わるよ、私追放されちゃう。仲良くなれたと思ってたけど違ったかな?心臓ドキドキさせながらフレンドを見守ってたら、向こう側にある大きな扉が開き青い空が広がった。
 
 フレンドはそこに勢いよく飛び出す。
「わぁ」
 近くの窓から外を見ると、雲ひとつない空に緑の龍が大きく優雅に舞っていた。
 空を飛びたかったのか。楽しそうに大きく空を泳ぐ姿は爽快で見ている方も気持ち良くなる。

「上手くやってるようだね」
 アレックスが魔法でまた瞬間移動して私の背中に立ち、そっと肩を抱く。
「はい。空を龍が舞う姿を初めて見ました」
「感想は?」
「とっても美しいです」
 ありがたい光景。うちのおばあちゃんにも見せたい。きっと手を合わせてお経とか上げそう。長生きできそう。
「あの子はたまに外に出る。出たら1時間は帰らないだろう。戻ってからまた30分ほどお昼寝だ。それから夕食を食べる。寝る前に絵本を読んでもらえるかな?」
「わかりました」
 どんなのが好きなのかな。白雪姫系かな?アラジン系かな?そういえば……性別を聞いてなかった。
「リアムが昼を誘いに来なかったかい?」
「リアムですか?」
 ふと、床にある水色のブランケットが目に付いた。ここにあったっけ?フリース生地のようなブランケットを手にしてたたむと、それをかけてくれた優しいヘーゼルの瞳を思い出す。
 これは、リアムがかけてくれたのかな?
「来たかもしれませんが、私はフレンドと一緒に寝てたのではっきりしません」
 あのドSな騎士団長が優しい顔でブランケットをかけてくれたなんて……何かの間違いかもしれないから。
「そうか……フレンドはまだ帰らないから、一緒に遅い昼はどうかな?」
「はい。ありがと……う……ご……」
 最後まで言わないうちに、アレックスに腰を抱かれて私の身体はまた揺れる。
 お願いだから階段使いましょうよ。
 ふわりと到着したのはアレックスの部屋だろうか。お城はいっぱい部屋があるからわからない。瞬間移動は楽だけど慣れてないので歩きを希望します。お城に住んでる人たちは魔法を使う力が強いから、歩かなくてもいいのか。でも、リアムはお城に着いた時、一緒に歩いてアレックスの元に連れて来てくれた。私が慣れてないから合わせてくれたのかしら……って、リアムの事が頭から離れない私、どうしちゃったんだろう。しっかりしなきゃと、周りを見渡す。
 
 この部屋も最初に案内された部屋に似てるけど、天井は濃い青で星が沢山輝いていた。落ち着いたおしゃれな雰囲気だ。中央にある黄金の柱が印象的で、その後ろに小さなテーブルと椅子があり、正式なアフタヌーンティーで使われてそうな、三段重ねのトレイとティーポットが置いてあり、ピンクと黄色のスプレーバラが映えている。

「どうぞ」エスコートされてテーブルに着く。
 トレイの一番下はフルーツサンド、中央はプチシューとマカロン、一番上はタルト菓子。別のお皿に果物の盛り合わせとポタージュスープもあった。嬉しい幸せ。
 夢中になって食べる様子を見てアレックスは微笑む。王様って感じ。
 余裕があってイケメンで完璧。見惚れていると「フレンドとは上手くやれそうかい?」って聞かれたので「大丈夫です」と返事する。
「まだ子供の甘えん坊なので、リナも大変だと思うけど頑張って欲しい」
「はい。フレンドは男の子ですか?女の子ですか?」
「リナと一緒で可愛い女の子だよ」
「そうなんだ」
 聞いておいてよかった。また間違って泣かせるとこだった。
「不便はないかい?」
「はい。シルフィンもジャックも優しくて、お世話になってます」
「リアムは?」
「……リアムはいじわるです」
「リナとリアムはお似合いだけどね」
 アレックスは紅茶を注ぎながら私の顔を覗き込む。
 キラキラ王様。王様こそどうなんだろう。お妃さまはいないのかな。
「今日、崩れた神殿に行きました」
「あそこの場所は景色が良い」
「素晴らしい景色でした」
「そうだろう」
 もっと深い話をしたいのだけど、アレックスは何も言わない。部外者に言う必要ないか。大人しく紅茶のおかわりをいただいていると「昔々の話をしていいかな」アレックスは私から目線を外し、窓から見える海を見つめていた。

 しばらくの沈黙が続き、私は焦らずアレックスの言葉を待つ。
 もし彼が話したくなかったら、もう二度と聞かないでおこう。そのくらいの気持ちでいると、アレックスは言葉を繋いだ。
「20年ほど昔の話。私とリアムが9歳の時、大きな戦いがあったのだよ」
 
 アレックスの物語が始まる。

「ごくごく普通の話だ。戦いはいつの時代でもある。魔物との戦いもあれば人間同士のつまらない戦いもある。その時の王は私の父で、優しくて誰からも尊敬される魔法使いだった」
「今のアレックスですね」
「ありがとう。少しでも父に近づきたくて頑張ってる」
 過去を語るエメラルドの瞳は寂しく見えた。

「母親は身体の弱い静かな人だったが、愛情が深く優しい人だった。侍女をしていたリアムの母親と、とても仲が良くて姉妹のようだった。リアムの父親は勇敢な騎士団長で父の右腕だった。互いの両親が一緒に過ごす時間が長く、私とリアムも兄弟のように常に一緒だった。そしてあの夜も私はリアムと一緒に過ごしていると……隣国の兵士たちが一気に城に攻めて来て……私達を襲った」
「そんな子供を?王様の魔法で敵を一瞬で全滅させることはできませんでしたか?」
「敵も強い魔法使いだからね。あと、戦争に子供も大人も関係ないのだよ。城は魔法だらけだ。血が流れ叫び声が上がった。城の内部に裏切り者がいたらしい。私が大ケガを負い、リアムが殺されそうになる寸前、リアムの母親と私の母親が現れて……私達をかばって私達の犠牲になって殺された。目の前で一瞬で人形のように八つ裂きにされてしまった。その後で父親たちが部屋に飛び込み、リアムの父親は勇敢に戦ったけど亡くなり、怒り狂った私の父は自らの命と交換に危険な魔法を使って敵を滅ぼしたけど……自分の命も失った」
「そんな……」
「それが戦いなんだよリナ」
 淡々と語る姿が痛々しい。
 まだ子供なのに、自分の両親が目の前で殺されるなんて……ありえない。

「なぜ泣く?」
「え?」知らないうちに私の頬に涙が流れていた。
「優しい子だね」
 アレックスの指が私の涙を払う。泣きたいのは子供時代のアレックスだよね。リアムも同じなんだ。
 どんなに苦しくて悲しかったろうか。
 アレックスの手が私の左手に重なり、いつも内側に隠してある指輪を探る。
「あ……」
「隠さず堂々と身に着けなさい」クルリと回して、アレックスは頭を下げて指輪に唇を重ねる。
「これは私の母の指輪だ」
「えっ?そうなの?」
 そんな恐れ多い大切な指輪を私がはめていたの?いや恐れ多い、これやっぱり外さなきゃ。焦って強い力でまた外そうとするけれど……やっぱり外せず……ガッカリだ。
「父から母に送られた珊瑚の指輪だよ。もう絶滅した珊瑚の一種で、小さな国ひとつ買える貴重な指輪だろう」
 やめて下さいー!そんな知識いらない!重いー!

「父と母の肖像画だ」
 アレックスは私から手を離して、首筋から銀のチェーンを外した。チェーンの先には手のひらより小さいくらいの細かい銀の細工をされたペンダントヘッドがあり、裏を返すと王様とお妃さまの写実的な画が描かれてあった。
 王様は金髪碧眼のイケメンで、王妃様は……私がエレベーターの中で会った亜麻色の髪の美女だった。
「ごめんなさい。昨日言わなかったけど、私はこの女性に指輪を渡されて、気付けばこの世界でした」
「やはりそうか」
「すぐ言わなくてごめんなさい」まさかあの女性がアレックスのお母さんだったとは。びっくりしかない。

「母はどんな様子だった?」
 それを聞くアレックスの様子は一国の王ではなく、母を想う素朴なひとりの青年の顔をしていた。
「とても美しい人でした。透明感と気品を兼ね備えた美しい女性で、ゴージャスな亜麻色の髪を生まれて初めて見て見惚れてました」
「うん」アレックスの微笑む顔が美女と重なる。アレックスはお母さん似なのかしら。
「狭いエレベーターの中で私の手を握り、何か私には聞き取れない異国の言葉を言ってエレベーターを降りました。ほんの一瞬の出来事でした。そして握られた手を見るとこの指輪があって、何をやっても外せません」
「他の者には内密にしておこう。その綺麗な指を切り、指輪を奪う者が現れたら困るから」
 それは絶対イヤだーー!

「母の言葉を思い出して欲しい」
「思い出したいのですが、聞いたことがない言葉で……」
 何やら難しいイントネーションだったな。
 頭を悩ませていると、アレックスが立ち上がり私の腰を抱く、そして真剣な顔で「リナの記憶に少しだけ入り込んでいいかい?」そうお願いされた。こんなイケメンに至近距離でお願いされて拒めるワケがない。お世話になってる身だし。
 私がうなずくと「ありがとう」と、いきなり唇を重ねてきた。
 キス?キスですか?アレックスの唇は軽く重なってから味わうように深く舌を絡ませ、私の膝が崩れる。
 膝が崩れるようなキスって……こんなキスなんだ。アレックスの唇から解放されても、私は力が出ず、身動きできずに彼の身体に包まれたままだった。

「苦しかったかい?」
「いえ……あの……」苦しいというより凄かったですという、素直な感想を言うのは恥ずかしい。顔を赤くしてアレックスの腕の中にいると
「母の言葉がわかったよ」
「えっ?」
「リナの記憶を少しだけ覗けた。ありがとう」
 アレックスは穏やかな顔をして、うっすらと目に涙を浮かべていた。膝が崩れるような衝撃なキスだったけど、お母さんからの言葉を、私が次元を超えてアレックスに伝える事ができたのなら、こんなに嬉しい事はない。

 お母さんからの言葉を教えてもらおうと思っていたら、先にアレックスが私を胸に抱き「さっきの話にはまだ続きがあって。時は何年も流れ、私は死の淵から生還し、周りの人間に支えられてまた国を再建した。平和に暮らしていたけれど、去年悪い大魔王に目をつけられて……命を狙われている」
「そんな」
「私とフレンドはあと三ヶ月の命なんだよ。秋の祭りになると、強い魔王が現れて私とフレンドは命を落とす」
 フレンドも?あのまだ子供のドラゴンも?驚きの続き話に、私の頭は回らず言葉も出ない。気のせいかアレックスの腕の力が強くなり、私にすがるように抱きしめる。

「気まぐれに国を滅ぼす大魔王がいてね。大災害の一種と思って欲しい。よその国が滅ぼされている話は聞いていたが、まさか我が国が狙われるとは思わなかった。去年現れて宣言された『一年後の秋の祭りに国を滅ぼす。それが嫌なら王の命とドラゴンの命を渡せ』とね」
「アレックスが退治して下さい。そんな悪い魔王なんて」
「一瞬で国を滅ぼす力を持っているんだよ。去年も大変だった。今日行った神殿も被害にあった一部だ」
「そんなの嫌だ」子供のような言葉しかでないのが歯がゆい。
「リアムや周りの者たちはそれを回避しようと一生懸命だが、私とドラゴンが犠牲になればこの国は助かる。簡単な事だろう」
「それは違います」アレックスの腕の中で必死で訴える私。
 ちがうよ
 それは違う。誰も犠牲になってはいけない。あきらめちゃダメ。
「でもね、とある占い師がこう言った。『海から救世主となる女性が現れる』とね……気晴らしに言った言葉だと思うがリアムはそれを信じ、時間を見つけて毎日海へと出かける」
「だから私と思ったんだ」小さくそんな声が出てしまう。
 期待して期待して現れたのがポンコツの魔法も使えない私だったから、リアムはガッカリして機嫌が悪かったのかもしれない。知らないで私も態度を悪くしてしまった。反省しなきゃ。
「そうだね。でも私はリナを巻き込みたくない。リアムには指輪の話をしないでもらいたい。リナを危険な目に会わせたくないからね」
「アレックス」
 優し過ぎるよアレックス。そして、あきらめが早すぎるよ王様。
 
 アレックスの腕の中で涙を流していると
「王さ……リナ」凛々しい軍服姿のリアムが現れ、アレックスの腕の中にいる私を見て驚いていた。
 あ、勘違いされたかもしれない。
 アレックスはリアムの顔を見て自分の腕に力を入れ、グイッと私を引き寄せて、頬が重なるくらいに密着させる。えっ?ちょっとちょっと!恥ずかしいでしょう。
「何か用か?」
「いえ、急がないのでまた」と言い、私達から目をそらしてすぐその場を去って行った。
 完全に誤解したかも……いや誤解されても別にいいんだけど、なぜか追いかけて『誤解だよ』って言いたくなる。
 どうした私?

「久し振りに楽しいな」
 アレックスがまたツボに入ったのか笑いが止まらなくなり、私はその隙に彼の腕から無事離れた。まったく……何が楽しいのかわからない。アレックスの笑いに私の涙も止まってしまう。
「きっと来月の舞踏会の話だろう」
「舞踏会?」
 これぞ王道ファンタジー。お城で舞踏会なんて童話の世界だ。
「そう、舞踏会」アレックスは私の腕を取って優雅にお辞儀をする。
「やらなくてもいいのだが、私の誕生日の祝いだ。山のふもとの領主たちが美しい娘たちを連れて城にやって来る」
「お妃さま候補とか?」
 聞いていてワクワクするリアルシンデレラだ。きらびやかな世界をこっそり覗きたい。
「妃など必要ない」
「王様にはお妃様がセットですよ」
「妃を選んでも、私は死にゆく身」
「アレックス」
「夫に先立たれた妃が気の毒だ。残された者の気持ちが一番わかるのが私だからね」
 子供を諭すようにアレックスは私に優しく言う。

「フレンドが戻って来るね。リナもそろそろ戻ろうか?私もリアムと話をしよう。騎士団長にとって舞踏会はきらびやかな楽しい夜ではなく、警備が忙しい嫌な一日だから。きっとその打ち合わせだろう」
 心の中がモヤモヤする。アレックスの考えは何か違う。
「アレックス。それを言うなら、アレックスを失って残された人達がどんな気持ちがわかるでしょう?」
 偉大なる王様に失礼な発言をする私だった。王様に意見するなんて、ネズミに変えられても文句言えないレベルかもしれない。真剣に言う私の髪を、アレックスは愛しそうに撫でる。男らしいリアムとは正反対イメージで、癒し系イケメンさん。

「リナを妃に迎えようかな」
「えっ?」どんな展開?私が妃?
「もう一度キスしてもいいかい?」唇を寄せてきたので、指をそろえて顔の前で壁を作った。この24時間でアレックスと何度もキスしている気がする。
「王様?」
「何だい?」
「首にキスマークついてます」
「ん?」苦笑いしてるけど、私と会う前に遊んできたのはバレております。タラシめ。

「フレンドが呼んでるよ」
 アレックスの笑い声を聞きながら、私だけまた瞬間移動が始まった。
 お願いだから
 歩かせてーーーー!!!
 それから
 約二週間が過ぎた。

 朝、目が覚めたら元の世界に戻って……ない。いつも微かな希望を持って目を開くけど、私はまだお姫様ベッドの上に身体を横たえていた。起きて滝のシャワーを浴び、美味しい朝食をアレックスと食べてから、フレンドのお世話をする。フレンドとは仲良しになる。臆病な夢見る乙女キャラなドラゴンだけど、まだ子供で甘える様子が可愛らしい。たまに、アレックスやシルフィン、ジャックが遊びに来てくれて、一緒にランチを食べて楽しく過ごしていた。
 魔法を使えない私の為に、部屋にはどこでもドアと部屋の灯りを調節するリモコンを作ってもらった。ドアの前で行きたい場所を唱えると、食堂でもフレンドの部屋でも外でも簡単に行けるので助かる。
 街にも何度か遊びに行き、夜の居酒屋さんにも連れて行ってもらった。居酒屋さんのワインもかなり美味しい。みんな私の素性を知っていて、最初は救世主様と思って喜んでいたけど、今はただの異世界からの行き倒れと理解して、とっても気の毒そうな目で私を見て、みんな優しくしてくれる。ちょっとみじめで悲しいけど、拒否されないだけありがたく思う。
 食べ物は美味しいけれど、元の世界の方が種類もいっぱいあって、元の世界が恋しくなる。
 ラーメン食べたい。白米が食べたい。カレーが食べたい。試しに、シルフィンにお願いしてみるけれど、魔法使いは自分が食べたことのある物しか出せないらしく、私の説明が悪かったのかカレーに挑戦したけれど、出来上がりがセメントみたいな堅いカレールーで、米は一粒が親指くらいの大きさで、歯触りがコンニャクだった。
 説明が下手だった。
 そういえば、アレックスにお風呂を出してもらおうと説明したら、たき火の上に大きな土鍋が現れて、グツグツと沸騰する湯を見ていたら完璧に地獄図だった。
 滝のシャワーでガマンしよう。