ポンコツ救世主はドSな騎士に溺愛される

 仕事に関する自信はある。職場では上司に信頼され、同僚に頼られ、後輩はキラキラした目で私を見ていた。
「データー入力は誰よりも速く正確です。資料作りも……」って言いながら言葉を止めた。
 
ダメじゃんパソコンないよね。電気もネットもないんだもん。勢いだけで言った言葉も異世界の男達には通じない。
 うーん……と、考えていると「他国の言葉はどうだろう?」と、王様に言われてハッと気付く。
 TOEICの点数は850ありますっ!友達が韓国アイドルアーティストが大好きで、私も韓国まで一緒にツアーに何度か行ったので、勉強して韓国語もけっこう話せます!
 王様ナイスアシストとふたりでほのぼの目で合図をしていると、目の前に古い本が沢山現れた。

「読んでみろ」
 リアムが開いた本の文字を見ると、英語でも北欧系でもなく、もちろん漢字でもなかった。何これ?文字?何文字?象形文字?記号?パソコンの文字入力でも絶対使わないような怪しいクネクネした字とか、記号にしか見えない細かい物がズラーッと本に並んでいる。

「ゲルン語は読めるか?」
「はい?」
「サクルム語は?」
「え?」
「ホームサジャ語は?」
「はいっ?」
「もういい!!」
 まったくわかりませんの顔をすると目の前の本が綺麗に消えて、リアムは顔を赤くしてムッとした表情をし、王様は横を向いて肩を揺らして笑っていた。
 どうやら語学の種類が私の想像を超えているようだ。これは失敗という話だね。

「数字には強いかな?」
 王様はとりなすように私に言い、テーブルの上に大きな表と紙とペンを魔法で出した。
「強いです!」
 根拠はないけどさっきの失敗をクリアする勢いでそう言った。こればマズい状況だ。国外追放だけは絶対嫌なので、どうにかしてクリアしなければいけない。
 深呼吸する私の隣で、リアムは表に書いている円を見せる。



 それは大きなホールケーキを8等分した図に、細かく数字が書いてあり、円の外側にも記号と数字が並んでいた。なんだこれ?
「春の星獣祭の星周りだ。この流れから読むと次の新月の時に牛飼い座はどの場所にくる?そして下弦の月はいつになる?」
「はい?」言ってる意味が本気でわかりません。
「星も読めないのか?」
 もう呆気にとられたように棒読みで言われてしまった。
「星は……ちょーっと……読めません」
「料理はできるか?」
「一応女子ですからできます」やります!なんでもやります!厨房の下働きに使って下さい!目を輝かせてリアムを見ると
「牛の解体はできるか?」と聞かれてしまった。
 うっ……牛?
「羊は?七面鳥は?カモは?ウサギはさばけるのか?」
 ズンズンとリアムに詰め寄られ、私は狭い部屋の石壁に追いやられた。
「……できません」半泣きでそう言うと、リアムが怒鳴る前に王様が爆笑する。

 だって
 牛なんて普通さばけます?
 スネと肩ロースとタンの場所しかわかんない。
「何もできないのか?」
リアムに言われて言葉に詰まる。
 くっ、悔しい。でも本当だ、私は何もできない。魔法も使えない私は世界ではポンコツだ。
 でも普通は、異世界に飛ばされたらあっちの能力を生かして『すごーい』とかって、尊敬されてチヤホヤされるはずなんだけど……そんなに甘くないのか、いや飛ばされた世界が悪いんだよ。これは普通じゃないもん。まぁ異世界の普通ってわかんないけどさ。ここじゃTOEICも関係ないんだよ。

 要するに、落ち込みが止まらない。
 壁ドンされて自分が情けなくて泣きそうになってたら、リアムの顔がうろたえた。
「泣かせるつもりじゃなかった」あら?意外と素直?噛んでた唇を緩めてリアムを正面で見ると、申し訳なさそうな顔になっている。なんか想定外。
「七面鳥も羊も、料理長が魔法で解体してるだろう。女の子を攻めてはいけないよ」
 王様に言われてリアムは壁から手を離して私から離れ「朝の点呼がありますので」と静かにそう言い、部屋を出て行ってしまった。

「紅茶が冷めてしまったね」残された部屋に二人きりになると、さりげなく王様がそう言ってくれた。
「王様」
「アレックスでいいよ」
「アレックス」
「なんでしょうか?」
 テーブルの上にあった堅苦しい星座表が消えて、今度は花柄のティーセットが現れた。
「何もできなくて……ごめんなさい」言葉にすると悔しさ倍増。肩を落として溜め息をする私にアレックスは近寄り、そっと頬を撫でる。
「リナが気にする事はない。リアムは真面目なんだ。そして秋まで機嫌が悪い」
「秋まで?」
「いや……うん……そのうちゆっくり教えてあげよう」
「私は無力です」
「無力な人間などいないよ。誰もが大切な人間だから」
「リアムに怒られてばかりです。私が気に入らないのでしょうね」自虐的に笑ったら、アレックスは別の意味で笑ってた。
「逆だ。リアムはリナが好きなんだ」
「えーっ!ないないそれは絶対ないです」ありえないくらい恐ろしい冗談だ。あれだけ怖い顔で何度も見られて、怒られて呆れられて、邪魔者だと思ってるだろう。いい加減にしろって顔に書いてるもの。

「よくあるだろう。好きな子をいじめるって」
「それは子供です」
「リアムは純粋だから」意味わかんない。絶対違うそれ。
「今日だって、目も合わせてくれないし、ろくに返事もしてくれなかったんですよ」
 ジャックは爽やかに話をしてくれたのに、上司のリアムのあの態度はひどかった。そんなに嫌われてるなら仕方ないって思った寂しい朝食だった。すると、コツンと私の額にアレックスのデコピンが当たった。
「リナが綺麗で恥ずかしかったんだよ」
「え?」
「昨日の下着姿も色気があったけど、今日のそのドレスも可愛らしい。とても綺麗だ」
 下着姿じゃなくて事務服なんですよ。それよりもしそれが本当なら、完璧に小学生思考ですけど騎士団長様。難しい顔をしているとアレックスの手が私の腰に回り、身体を引き寄せられた。
「正装はさぞかし美しいだろう。舞踏会の相手をしてくれるかい?」
 エメラルドの瞳が目の前に迫り、色気のある唇がまた私の唇に……重なってたまるか!昨日もキスされたんだから学んでます。
「その手にはのりません」はっきり言ってアレックスの胸から飛び出し、私は部屋を出た。あぶないあぶない。本当にタラシだわ。油断ならない。
 行くあてもなく広い廊下を抜け、自分で掃除しているモップとぶつかりそうになりながら階段を降りる。掃除も魔法で勝手に道具が動くんだ。モップが動いて廊下を磨き、天井で雑巾がシャンデリアを磨いていた。

 掃除もできない。無能です私。
 迷いながら光の見える方に歩いて行くと、部屋から見た景色が広がっていた。朝の太陽とバラの香りを浴びて、手のひらを空に向け大きく背を伸ばす。あーっダメダメ。落ち込むと迷路にハマって動けなくなる。ダメダメ絶対ダメ。この異世界でひとりきり状態でそれはダメ。しっかりしなきゃ。

「頑張れ自分!」どっかの栄養剤のCMみたいな喝を入れ、大輪のバラに近寄り癒しパワーをもらう。
 作りものでもコロンでもない、自然に咲いてるいい香りは贅沢の極みだ。ピンクのバラから元気をもらおう。せめて魔法でも使えたらいいのに。
「えいっ!」気合を入れて白いペガサスの彫刻に集中すると
 なんと!ペガサスは彫刻からそのまま実物になり、空にまっすぐ飛んでいってしまった。
 あり?
 異世界飛ばされたら魔法使いになってた設定って……あり?自分に驚いてボーっとしてると「申し訳ありません。私がやりました」シルフィンがツインテールを揺らして、バラの後ろから登場した 。

 やっぱりねー。そんな簡単な問題じゃないよねー。納得しながら少しガッカリ。
「申し訳ありませんリナ様。余計な事をしました」恐縮しまくるシルフィンを見て私の方が恐縮する。
「違う違う。ごめんね大丈夫だよ」シルフィンに罪はない。うん自分の問題だ。空元気な私を察したのか、シルフィンはわざと元気な声を出す。
「王様のお話は終わりましたか。朝の散歩はどうでしょう?街をご案内いたします」
「お願いします」
 私も気分を変えたかったので、シルフィンの言葉が嬉しくて元気に返事をした。
 朝から街は賑わっていた。
「迷子にならないで下さいね」年下のシルフィンに言われて「はい」と返事をしてキョロキョロしてしまう。
 青空の下、大きな石造りの道路の両脇に沢山のテントが張られ人が行き交う。
「邪魔だよ」大きな麻の袋を担いだ男性とぶつかりそうになってシルフィンに守られる。
「ありがとう。すごいね」
「朝が一番にぎやかなんです。街の人間はほどんど昼までに商売を終わらせて夕方まで静まり、夜になるとお酒を飲みに出るので、またにぎやかになります」
 なるほど、どこの世界も同じだ。

「しーるふぃーん」
「シルフィンだ!」
 あっという間に小さい子供達に囲まれてしまった。小学校低学年くらいかな、カバンを持っている。
「今日は移動魔法のテストなんだ。失敗しない魔法をかけて」
「僕も僕も!」
「それはズルだよー」
 口々に言う子供達が可愛らしい。囲まれたシルフィンは大げさに困った顔をして「うーん。魔法は無理だけど、上手にできるおまじないを教え下あげる」子供達の目線に合わせてそう言うと、子供達はゴクリと生唾を飲んでシルフィンの次の言葉を待っている。
「教室に行ったらみんなに教えてあげてね、目をつぶって大きく息を鼻から吸って口から吐くの。そして『大丈夫』って三回言うの。それがおまじない」
 シルフィンの説明は深呼吸だった。子供達は「ありがとうシルフィン」と真顔で聞いて走り去る。

「それがおまじない?」私が聞くと「はい。よく効きますよ」と、可愛い顔で私に言った。
 たしかに魔法でズルしてないし、いいおまじないだ。
 パン屋さん。果物屋さん。粉屋さん。珍しい野菜も売ってる。お団子みたいなお菓子屋さんもある。朝食の店なのか、若い男達がズラリとイスに座って食べている姿もあった。
「ワイン職人が多いです。これから仕事に行くひとり暮らしの男性たちです」
 あったかい湯気といい香りが歩いていても届く距離。素朴なミネストローネの香りがする。さっきお腹いっぱい食べたのに、またお腹が空いて来た。
 歩いているとシルフィンはよく声をかけられる。
 若い女の子に「シルフィンの恋占い当たったよ」って大きく手を振られたと思ったら、布売りのおばさんに「また台所に小さな悪霊が出たから退治してくれる?」とか「うちは教えてもらったコキュの実を干してたら出なくなったよ」とか……街の人気者。
「凄いね」無能の私と真逆だった。こんな小柄でアイドル顔なのに使える女だ。
「そんな事はないですよ。街の人の役に立ちたくて、占いとか小さな悪霊退治をしたり、王様に勧められたんです。全ては王様のおかげです」
 褒められても謙虚に否定して頬を染めるだけ。でも仕事はできる。部下に欲しいと本気で思う。
「私なんてぜんぜん……」
「ドロボー!!!パン泥棒よ!つかまえて!」

叫ぶような声が後ろから聞こえて、人の波にぶつかりながら風のように走る男が後ろから猛ダッシュで私達を追い越して行く。するとシルフィンが垂直に高く高くその場でジャンプして、ふんわりゴズロリドレスのポケットから細いワイヤーのような物を取り出して投げると、男の動きがピタリと止まる。
 捕えた……凄い反射能力
 そして
 顔が……怖い。暗殺者の顔だ。なめたらアカンわシルフィンちゃん。
パン屋のおばさんからお礼にもらった焼きたてパンを食べながら、再びシルフィンと歩き出す。
「子供達は学校に行くの?」
「そうです。15になるまで学校へ行き、それ以降の5年間は専門職に就く者や、学問を続けたい者たちが上の学校へ進み、他の子達は親の職業を継ぐのが多いです」
「魔法も教えるの?」
「はい。基本の魔法を身に付けます」
「お勉強って国語とか算数?」
「こくごは国の言葉ですよね。あと古代の言葉も教えられます。国の歴史と星見表の使い方と数式などですね」
 あちらの世界と、基本的には変わらないのかな。
「男の子は剣術も習います。剣を上達させて、将来の夢は騎士団に入る事です」
 そう言われてパンを喉に詰まらせた。
「騎士団?騎士団ってリアムがいるとこ?」
「はい。騎士団長のリアム様は誰からも尊敬されてます。勇気があって強くて剣の腕はこの国で一番です」嬉しそうにシルフィンはそう言った。
 そうなの?あのドSで短気な男がねぇ。でも、優しい所もあったかも。泣かす気はなかった……みたいな事を言ってくれたし、素直な人なのかな?剣の練習で見せていた笑顔も可愛かった。あれ?違う違う。あんな男はタイプじゃない!話を変えてあのドS男を頭から追い払おう。

「でもね。みんな魔法を使えるなら働かなくてもいいんじゃない?」ついそんな疑問を口にする。
 だって、何でも出せるし不自由ないでしょう。不思議そうに聞く私にシルフィンは首を横に振った。
「全て完璧に使えるのは王様だけなのです。王様に不可能はありませんが、私達はそこまでできません」
「そうなの?だってシルフィンは何でもできるよ」
「私は、人より少し使えるので城に置いてもらってます。その地位によって魔法の種類も変わるのです。王様を守る仕事に関わる人たちは、魔法の腕も高くなければいけません。でも普通の人達は、最低の危機管理能力と自分の仕事に使う事だけ魔法で使えます」
「たとえば?」
「そうですね。たとえば子供達はほとんど使えません。学校で物を移動する魔法と、悪霊に捕えられた時の危機回避魔法を学びます。急に現れてもバリアが使えたり、自分の意識を隠して物と一体化させたり、高度ですが自分が瞬間移動できるようにです」
「なるほど」
 悪いものに襲われないようにが基本だ。
「王様が国に結界を張っているので、そんな変な悪霊はいないはずですが、森に狩りに出るとか、旅に出るとか悪霊と出会う機会が無いとは限りません。大人になると、火を上手に使えます。台所やロウソクの灯りなどです。あとその職種によって人それぞれです。パン屋のおかみさんは魔法でパン生地をコネて、かまどの微調整ができます。粉屋のご主人は重い石臼を魔法で動かせます。庭師は大きな枝切りハサミを魔法で動かせます」
 一般人は職種による最低魔法と、臨機応変能力だ。
「裁縫士は布を裁断して針を動かす魔法が使えます。宿屋のおかみは食事と掃除の魔法を使えます」
 臨機応変能力。うちの課で使えたらいいのに。
「でも……魔法を使うと、それなりの物しか生み出せません。自分の手で針を動かし、自分の手で丁寧に野菜を切って味付けをすると、格別に出来上がりが違います」
 だよねー。手間をかけると違うのは、どこの世界も同じか。
「だから人々は働きます。王様はそれが一番良いと思ってます」
「魔法で何でもできると、人間ダメになるよね」
 私は魔法が使えないけど、宝くじで1億当てたら会社を辞めてダラダラ過ごして、間違いなくダメ人間になるだろう。

 話ながら歩いていると人通りも減ってきて、景色は静かな住宅街となる。どこの家も石造りで落ち着いた雰囲気だ。
 通り過ぎる家の扉が開いて、ひとりの老女が出て来た。目線が合ったので「こんにちは」と挨拶をすると、汚れた物でも見るような目線で私達を見る。あ……異世界のヘンなヤツが気に入らないのかも。すいません。コソコソと通り過ぎようとしたら
「街から出て行け!悪魔め!」
 足元にある石を握ってシルフィンに投げつけた。
「ちょ……ちょっと、止めて下さい」
驚いてたらシルフィンは悲しい顔で「いいんです」って反撃もせず、ペコリと老女に頭を下げて「行きましょうリナ様」と走り出した。
 私はシルフィンの後を走って追いかける。追いかけて追いかけて、たどりついたのは崩れかけた小さな神殿だった。
 大きな雷が落ちたように崩れている神殿で、綺麗な柱が中途半端に切られた大木のようにそこにあった。長さも揃ってなくて危険地帯。崩れてない時はさぞかし立派だったのだろう。破壊された彫刻も散らばってる。あの王様が崩れかけた建物をこのままにしてるなんて不思議な気持ちになった。
「ここからの景色が素晴らしいのです」
 シルフィンは笑顔になって、神殿の端まで私を行って崩れた柱に座る。だから私も真似してその場所へ行くと「うわぁ」
と、思わず声が出た。
 山を背にして、見事な葡萄畑が段々と広がっている。
 小さな人工的な雲が葡萄畑に雨を降らせている。あれも職人さんの魔法なのかな。
「お城のワインもここで生まれます」
「うん」膝をかかえたシルフィンと葡萄畑を見つめる。ふたりとも何も言わず、黙って見つめていた後、口を開いたのはシルフィンだった。
「私は森の奥で黒魔術を使う、呪術師の祖母に育てられました」
「うん」
 葡萄の葉が水を受けて、朝の光でキラキラ輝く。
「街の厄介者です。嫌われ者です。悪霊と通じて獣虫を操り、人の命も奪えます」
「うん」
「祖母は偉大なる呪術師でした。皆に嫌われている祖母でしたが、私には優しくて、愛情込めて育ててくれました。私は祖母から術を学びました。森の奥でふたりきりで幸せに暮らしてましたが、手に負えない獣虫に私が襲われそうになり、私をかばって祖母は亡くなりました」
 シルフィンは私に悲惨な過去を語りながら、まっすぐブレず葡萄畑を見つめていた。
「街の人達は怖ろしい厄介者がいなくなって喜びました。祖母の死により、森は焼かれました。家も焼かれました。私も疲れたので、命を絶って祖母の元へ行こうとしていたら、王様が現れて私を助けてくれました」
「アレックスが?」
「はい」そこでシルフィンは、やっとニッコリ私を笑って見てくれた。とても可愛らしい笑顔だった。
「いやらしい身分の私を抱きしめて『もう大丈夫だよ』と言って城に連れて行って、私を助けてくれました。王様には感謝しかありません。命の恩人です。王様の計らいで、街の人の役に立って溶け込もうとしてるけど、たまに……さっきのおばあさんみたいに許してくれない人もいます」
「そっか」
 そんな壮絶な過去があったなんて、私の苦労なんて苦労じゃないね。