ポンコツ救世主はドSな騎士に溺愛される


 ハロウィンの夜。

 午後6時。シルフィンのミニライブを最初に見た公園の片隅で、私達は小さな輪を作っていた。
 ここを集合場所にしているグループも多いのか、公園にお化けが溢れてる。
 私とリアムは会社帰りの普通の服装をしているけれど、普通の服装の方が目立つくらいコスプレが多かった。だからシルバーを基調とした王族の正装をしたアレックスも、黒の騎士団の制服を着たジャックも、ゴズロリ風の黒の衣装のシルフィンも、向こうの世界で普通に着ている服装をしていたけれど目立ってはいない。ただフレンドだけがカボチャ色のマントをはおりオレンジのドレスを着てハロウィンっぽいコスプレをしていた。

 長いまつげはドラゴンの時と同じだね。
 フレンドは遊び疲れてジャックの腕の中で眠っている。私はフレンドの頬にキスをした。可愛いフレンド。そのまま強く優しい子に育ってね。
「騒がれるよりいいだろう」
 アレックスが言い、リアムに向かって手を伸ばす。
「元気で」
「お前も」
 固い握手をするふたり。言葉はそれしか交わさない。もう言葉はいらない二人だった。
「リアム様リナ様、お元気で」
 爽やかジャックが声をかけてくれた。
「騎士団を頼むぞ」リアムに言われて背筋を伸ばした。きっといつの日か騎士団長になるだろう。勇気と優しさがあって、みんなに慕われる人だもの。頑張れジャック、シルフィンとの仲も頑張れ!
「ハグしていいですか?」
 おそるおそるジャックが私に言うと、リアムは「ダメだ」と即答する。こんな時までからかうなんてかわいそうに。私はジャック抱かれているフレンドごと、自分から両手をいっぱい広げてハグをする。
「お幸せにリナ様」
「あなたもねジャック」やっぱりお別れは悲しい。
「リアム様を頼みます」
 私にだけ聞こえる声でジャックが囁くので、私は「うん。約束する」と返事した。尊敬する人と離れ離れにさせてごめんなさい。ジャックの分まで彼を支えます。ジャックと離れると、次は細く柔らかい身体がふわりと私を抱きしめた。

「リナ様」
「シルフィン」
 あぁもうダメだ。シルフィンと別れると思ったら寂しくてたまらない。
「リアム様と幸せになって下さい。リナ様の事は忘れません」
「ありがとう。シルフィンも元気でね」
 ギュッとハグして私と離れてから、シルフィンはリアムの前に立ち深々と丁寧にお辞儀をした。リアムは「お前はすぐ無理をしてアレックスの盾になるから、自分を大切にしなさい」と静かに言って肩に手をかけた。シルフィンもリアムを尊敬していて大好きだった。シルフィンの分もリアムを大切にするからね。

 そして

「ありがとうリナ」
 アレックスが私の腕を取り自分の胸に引き入れた。
 広い胸元で膝が崩れるような甘いキスをされた事を想い出す。
「リアムは真面目で意地っ張りでつまらない男だけれど」
 リアムにわざと聞こえるように言いながら、アレックスは力を緩めず私を抱きしめる。品のある顔はどこか寂しげで、ジッと見てると切なくなる。
「リナを世界で一番幸せにする男だ」
「アレックス」
「リナを……妃にしたかった」
 私にだけ聞こえる声でそう囁き、そっと頬にキスして私を離す。
「私は忘れたくない。大切な人達を忘れたくないの、お願いだから私とリアムの記憶を消さないで」
 必死で訴える私に答えず、彼らは並んで笑顔を見せた。寂しさで崩れる身体をリアムが支えていた。
「さよなら……リナ」
 アレックスが一言残すと

 あっという間に

 みんなの姿が徐々に薄くなって

 私が声を出す暇もなく


 目の前から


 みんな消えてしまった。










「……奈。里奈?」

「えっ?」

「どうした?大丈夫か?」

 会社から近い場所にある大きな公園。今日はハロウィンの夜で、毎年この公園にもコスプレ姿の人達が集まるから、ハロウィン気分を味わう為に会社から歩いてここの公園を横切り、予約していたレストランに行こうとしていた私達。
 明るい街灯の下には見事なコスプレをした人達がいっぱいいて、これから街に繰り出そうとしていた。可愛い子供達のお化けグループもいて、楽しくてさっきまで勇翔と楽しく会話しながら歩いてたのに……どうして私は今、涙を流して後ろばかりを気にしているのだろう。何度も振り返り確認する私を見て、不思議そうに彼が心配していた。
「誰か知り合いでも?」
「ううん。違うの」
 さりげなく涙を手で拭いてから、また周りを見渡す私。私は何を捜しているのだろう。なぜ泣いているのだろう。自分でもわからない。
「里奈?気分でも悪い?」
 心配性の恋人が私に問いかける。
「ごめんなさい。何でもないの」
 本当に何でもない。だって自分で原因がわからないのだから。わからないけど、何かとても大切な物を失った気がする。 寂しくて苦しくて、心の半分を持って行かれた気分。喪失感が半端ない。
「風邪ひいたかな?何だか急に身体がだるくて泣きたくて切なくて……苦しくなった」正直に言うと、勇翔は私の額に手を重ねた。
「熱はなさそうだが、食事はやめて家に帰ろう」
「大丈夫。そんなんじゃないんだけど、本当に自分でもわかんなくてごめんなさい」
 私は勇翔のキャメルのコートに抱きついた。
「里奈が外で抱きつくなんて珍しい」そう言いながら彼の手が私の腰にまわる。
「ごめんね。会社の人に見つかるね」
「見つかってもいいさ。俺が里奈に就任早々ひと目惚れして、そのまま強引に付き合って今は婚約中だから堂々としよう」
「ありがとう」
 会社の御曹司で副社長の勇翔。背が高くて男らしくて仕事もできるイケメンさん。私と恋に落ちるなんて想像もつかなかった。整いすぎた顔のせいか、肩書が大きいからなのか、怖いイメージもあったけど、勇翔は優しくて思いやりに溢れた人で、私にはもったいないくらいの素敵な男性だった。
「母がまた里奈に会いたがってる」
「嬉しいなぁ。勇翔のお母様って優しくて可愛いから好きよ。もちろん社長も好きだけど」
「俺と弟しかいないから、父も母も里奈が可愛いのだろう。でも家に連れて行くと里奈を奪われるから嫌だな。知らん顔しようかな」
「社長に怒られるよ」
「いいさ」素早く私の唇にキスをする勇翔。
 大好きな勇翔。来年の春には彼の妻になる私だった。幸せになろうね。

「彼を幸せにするからね」
 あったかい彼の腕の中で、自然にそんな言葉が出た。私は誰に向かって言ったのかしら。

 空には月が輝いている。

 公園の樹がサワサワと揺らいでいた。




 三回目の結婚記念日

 今年も夫の友達である
 阿連 玖須(あれん くす)さんからワインが届いた。




 送り状には私達の住所と阿連さんのフルネームだけ。住所も電話番号も載ってない。
 送られてきたのは赤と白の二本入りワイン。ラベルに書かれている文字はどちらかといえば象形文字で、おしゃれだけれど全く読めない。何語なんだろう。イラストは雲を突き破る高い塔を備えた豪華なお城。空には緑のドラゴンが飛んでいた。
 阿連さんは夫の大学時代からの友達で、世界中を飛び回る実業家らしい。この阿連さんが送ってくれるワインがすごく美味しくて、ネットで調べて買わせてもらおうと思うけどネットになぜか引っ掛からない。この時代にこんな美味しいワインがネットに引っ掛からないなんて、すごく不思議だった。夫の勇翔に聞くと『限定生産とか?色々聞くと面倒になって送ってこなくなるタイプの変わり者だから、別にいいだろう』って流されてしまった。

 阿連玖須さん……変わった名前だけじゃなくて、本人も変わっているのか。
 食卓テーブルでワインを眺めていたら、玄関から慌ただしく夫が帰ってきた。
「ごめん遅くなった」
 仕事を切り上げて急いで帰ってきてくれたのね。息が切れてるよ。そのまま私の背中にまわって頬にキスをする。唇が冷たくて気持ちいい。
「友人(ゆうと)は?泣かなかった?」
「大好きなおばあちゃんのお迎えだもん。喜んで出かけたよ。あ、そういえばお義父さんも一緒だった」
「午後から社長は会社早退してた」
 私達は顔を合わせて微笑み、今度は唇に彼がキスをする。
 三回目の結婚記念日。今日は1歳の息子を彼のご両親に預けて、ふたりっきりのディナーです。
 
 夫はテーブルに目線を移し、ワインを見て嬉しそうな顔をした。
「今年も送ってきたんだ」
「うん。お礼状を書きたいけど、住所がいつもの通り載ってなくて」
「電話するからいいよ」
「私もお礼を言いたいから、電話する時に替わってくれる?」
「うん……あ、もしかしたら……」
 ネクタイを緩めてスーツの内ポケットから彼はスマホを取り出した。そして「ビンゴ」と私に言ってから電話に出る。阿連さんだ。すごいタイミング。

「アレックス?あぁ……届いたよ」
 あれん くす。勇翔はフルネームで彼の名を呼び電話に出てる。フルネームが彼のあだ名みたいなものなのかな?電話越しに音をたどると横文字ような名前に聞こえる。
「ん?ああ、こっちは奥さんも元気で子供も元気。そっちは変わりないか?えっ?結婚?驚いたよ。式には出たかったけど残念だ。それはおめでとう」
 阿連さん結婚するの?耳を大きくして会話を聞いてしまう。
「へぇ……すごいね。とうとうファミレスまで……劇場が増えるのはいい事だけど、地下劇場にこだわらなくてもいいんじゃないか?えっ?それも?」
 すごく楽しそうに会話をしている。大切な友達なんだね。早く私も電話に出たくてウズウズしてしまう。
「うん。そう、これから二人きりでディナー……お前も元気で、みんなによろしく」
 勇翔はそう言い、なんとあっさりと電話を切ってしまった。
「どうして切るの?替わってって言ってたのに!私もワインのお礼を言いたかった」
 目の前でウロウロしていたから、絶対わかってくれてると思っていたのに。
「あっ……ごめん。すっかり忘れて切ってしまった」
「なんかさ、去年もそのパターンだったよね」
 思い出した。去年も電話がかかってきて、私がお礼を言いたいって言ってたのに、勇翔は自分の会話が終わったらすぐ切ってしまったのだった。
「私に話をさせたくないの?阿連さんって元カノとか?」
 ぷーっと頬をふくらませると、勇翔は笑って私の身体を抱きしめる。
「それは絶対ない、彼は女好きな友達だから。それに俺は里奈しか見えてない」
「勇翔」
「結婚記念日おめでとう。これからもよろしく」
「こちらこそ……よろしく」
 うまく丸め込まれてしまった。澄んだ目と綺麗な顔は出会った時から変わらない。その端整な顔立ちに、今でも見惚れる時がある私。
「家に戻って、友人を寝かせてからワインで乾杯しようか」
「うん。今日はどっちを開けようかな」
「嬉しそうだね」
「だって、このワインは本当に美味しくて……」
 なめらかに口を滑らせながら、なぜか次の言葉が浮かんできた。
「国で一番……いえ、この世で一番美味しいワインを造ってます……って、私が造っているわけじゃないんだけれど……」
 なんだろう?すごく可愛くて小柄な女の子がそう言ってた気がした……。
「どうした?」頬に手を当て悩む私に勇翔は聞く。
「いや……何か、可愛い女の子がワインを宣伝している図と声が急に見えてしまって……妙にリアルだったから」
「CMで見た気がする」
「あ、そっか。それだ」
 きっとそれだね。納得しました。ありがとう。
「出かけようか?ふたりきりの時間がもったいない」
「了解です旦那様」
「その前に……もう一度」
 キスが永遠に続きそう。
 愛する旦那様と過ごす幸せすぎる結婚記念日です。
 スマホを軽快にタッチして、王様は親友との会話を終わらせ天井に向かって大きなため息をした。
 彼女についた嘘は正解か不正解か、今でもよくわからないけど、彼女と親友が幸せなのは間違いないからこれでよしとしよう。
 年に一度の電話の後は、自分で自分を言いくるめて終わる。きっと来年もそうだろう。豪華な天井の天使の絵を見ていたら大きな扉からノックの音がして、花嫁自ら王を呼びに来た。
「王様。そろそろ挙式が始まります」
「うん……綺麗だよシルフィン」
 王はソファに沈んでいた気持ちと身体を起こし、花嫁に向かって歩き出す。
「いつの間にこんなに綺麗な女性になったのかな?私が出会った時はまだ少女だったのに」
「王様」
「白いドレスがよく似合うよ」
「襟元に口紅がついております」
 花嫁に冷静に指摘されて、王は冷や汗をかきながら、さっきまで一緒に過ごしていた侍女の唇の色と確認した。シルフィンは指を鳴らして王の襟元の汚れを落とし、深々と頭を下げて挨拶をする。

「今日までお世話になりました。今日から城を離れてジャックと一緒に暮らします。呪術師の祖母が亡くなり、ひとりでどうしていいのかわからない私を救ってくれてありがとうございます。慈悲深い王様は私の……私の……」
 花嫁は声を震わせて王に感謝と想いを告げるけど、どうしても最後の一言が言えなかった。本当はずっと潜めていた自分の心を伝えたいのだけれど、身分を考えるとそれは言えないし、言ってもどうにもならない。王の心はまだ異世界の女性にあるのだからと……。

「王様は私の命の恩人です。感謝しております」
 シンプルな白いドレスを着た花嫁は凛としていた。彼女はいつも隙がなく凛としていた。彼女はいつものツインテールは封印して、黒い髪をアップにしている。パールのピアスが映えて美しい。
「シルフィンは私にとって大切な妹だから、幸せになって欲しい。ジャックとケンカした時はいつでも別れて帰っておいで」
 縁起でもない事をしれっと言う王だった。シルフィンは微笑み、王が手に持っていたスマホを見て目を輝かす。
「リアム様にお電話ですか?リナ様はお元気ですか?」
 花嫁は懐かしそうに王に聞き、王は優しくうなずいた。
「元気だよ。リアムも元気で仲良くやってる」
「よかった」
「リナと同じ日に挙式をしたくて、今日になったんだろう?」
「はい」
 王は知っていた。シルフィンは異世界から来た救世主が大好きで、こちらに帰って来た時は別れが辛くて泣き虫ドラゴンと一緒に目を赤くしていた事を。
「リナ様の記憶は、やっぱり消えているのですか?」
 寂しそうに問われて、王は苦笑いをした。
「リナはリアムと一緒に記憶を消されると思っていたけど、私はリナの記憶だけ消した。もう戻す必要はない」
 だましたようで引っ掛かるけど、どちらにしてももう彼女の記憶は消している。問題はない。
「リアム様とリナ様が、こちらに来ることはないのでしょうか?」
 ありえないけど聞いてしまうのは、小さな希望が欲しいから。でも王は希望の灯を消すように首を横に振る。寂しそうな花嫁の横顔が気の毒に思うけど仕方ない話もある。
「年に一度、ワインを送って電話をしている。彼らの幸せを見守ろう」
 王は花嫁の肩を抱き部屋を出る。今日は王としてではなく、花嫁の付添人としてエスコートの仕事がある。
 挙式が終わると宴会が始まり、また延々と飲み会が始まるだろう。
 花嫁の手を取り
 式場である大広間に行く間に王は考える。
 あれから三年以上は過ぎた。自分ルールであちらの世界には行ってない。気ままな王としてはかなり我慢していた。

 でも
 そろそろその我慢も限界で、異世界のカレーが食べたくなってきた。こちらにその味を広めてもやっぱり本場の味を完璧に再現するとなると、なかなか難しい。

 そろそろ
 いいんじゃないかな?フレンドに見つからないように、騎士団達に見つかっても面倒だ。ひとりでこっそり出かけて、懐かしい親友に会って沢山話をして一緒に飲みたい。

 愛する人には……それは止めようか、彼女には会わないで影から一瞬見るだけならいいかな。そのうち『阿連 玖須です』と挨拶できる日も来るだろう。初めましてと挨拶すればいい。王はそう考えると急に元気になり、心も弾んでしまう。
 すると隣で花嫁が一言。共犯者の笑みを浮かべて王に言う。
 「私もこっそり連れて行って下さい、支配人」と……。全て彼女にはお見通しである。


 大広間の扉の前で花嫁と王は腕を組み、ニヤリと笑った。








  【完】

作品を評価しよう!

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:25

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

次から次へと

総文字数/6,843

ヒューマンドラマ19ページ

本棚に入れる
表紙を見る
今日この頃

総文字数/22,309

ヒューマンドラマ38ページ

本棚に入れる
表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア