「宮本さんって姿勢いいですよね」
キャビネットから分厚いファイルを取り出し、カウンターでそれを立ちながら読んでいるとそう言われた。
「そうかな?」
「はい。背筋が伸びてて綺麗です」
「後ろから見て?」
「はい……え、いや!前から見ても素敵ですよ」
とってつけたような後輩の言葉に笑って『ありがとう』と言う私。ごめんなさい、からかって困らせてしまった。姿勢がいいのは妄想世界のドSな剣の先生のおかげかな?苦笑いでまたファイルに目を通してると、カウンター越しに課長が声をかけてきた。
「社史の件なんだけど、副社長の写真がまだ撮影されてないけど予定はどうなってたっけ?広報に聞いた方がいいのかな?」
副社長?
私が不思議そうな顔をすると「ごめんごめん、広報だね」って、ひとりうなずきながら目の前から去ってしまった。
副社長?うちの会社って副社長いた?頭を悩ませていると、同期の子が課長の代わりにやって来た。
「副社長。やっぱりうちの会社に来るのかな?」
ワクワク顔で私に聞くので、私はまたワケわからなくなる。
なんだか……異世界に飛ばされ妄想走ってから、記憶力があいまいになってきたかも。大丈夫か私?何を飲めばいいんだっけ?イチョウ葉エキス?グルコサミン?それは関節か。
「うちの会社って副社長いた?」素直に聞くと同期は呆れて私に教えてくれた。
「会長のお膝元である京都支店にいたでしょう。会長のお気に入りでさ、賢くてイケメンで金持ち御曹司。それが来月からこっちの本社に来るって大騒ぎしてたの忘れた?」
会長の孫で社長の息子か?
そんなの……いたっけ?
もっと突っ込んで聞こうと思ったら「すいませーん。バイク便ですハンコかサインお願いしまーっす」爽やかな声と共に長身の男性の姿が視界の隅に入り、一番近い私は「はい」と返事して彼の元へと行くと……
ジャックが立っていた。
「ジャック」
蚊が鳴くような声を出し、口をあんぐりさせてバイク便のお兄さんの顔を見上げる。
人懐っこい笑顔、ふんわりとした黒髪、黒いスタジャンを着たバイク便のお兄さんは、間違いなくジャックだった。
「お元気でしたか?リナ様」ジャックはサラッと言い、私に品物と伝票を差し出した。
「ジャ……ジャックだよね。どっ……どうして?」
「えーっと配達に来ました。サインお願いします」
「えっ?いや……あれ?その」
完璧パニックになりながらサインをすると「まいどっ!」って明るく言って立ち去ろうとする。
いやいやいや
ちょっと待って!
「待って、話があるの。リアムは?他のみんなは?」
「リナ様。もう少しだけ待っててもらえますか?」
ジャックは申し訳なさそうに私にそう言った。
「僕を信じて、待ってて下さい」
それだけ私に言い、あっという間に目の前から走り去る。
素早いさすが鳥人間……じゃなくて……
えーーーーーっ!なんだこれ!!!
追いかけようとしたら、後ろからさっきの同期が「今日はジャックだったんだ。いいなぁ」って私に言う。
ジャックって!どうして知ってるの?驚きの表情で振り返ると「顔怖い」って素直に言われてしまった。
ごめん
落ちつこう私。
「今のがジャック?」しらじらしく聞くしかない。
「そうそう。ジャックはめったに来ないから驚いた。いつもはサム、ボブとか……ルイスも多いかな」
みんな騎士団の連中だし……何をやってるんだ。
「がっ……外人さん?」
「まさか。スタジャンの背中に書いてる名前。とにかく仕事が速くて安心して使えるって、人気急上昇のバイク便で、全てイケメン軍団だから有名だよ。こないだ深夜のテレビに出てたんだって、取材されてたって久保ちゃんが言ってた。見たかったなー」
そうなの?じゃ、今見たジャックは幻じゃなくて、リアルで存在するのね。
バイク便で働いてるなんて、似合いすぎでしょう。
「どしたの急に?」
「あ、ううん。大丈夫」
そう返事をしたけど、正直言って全然大丈夫じゃない。胸の鼓動が爆発しそう。頭がクラクラして倒れそうだ。
いったいどうなってるの?さりげなくもらった伝票を見ると【バイク便 ゴールドバード】と書いてあった。ゴールドバードって騎士団連中の行きつけの居酒屋の名前でしょう。こっちの世界で何をしてるんだエリート軍団!私はスマホを手にして総務を飛び出し女子トイレにダッシュした。個室にこもって鍵をかけ、震える手で【バイク便 ゴールドバード】を検索するとホームページ発見。
ホームページあるんかいっ!
突っ込んで叫びたい気持ちを抑えて、指を滑らすとおしゃれなサイトに繋がった。
ジャックを中心にさっき見たスタジャン姿で揃え、エリート騎士団達がバイクの前にずらりと並んでいた。
みんな現代風で、ジャニ系からエグザイル系までイケメン揃い。どのチョイスで決めたメンバーなんだろう。安心で素早くて値段の相談ありとか、オンライン集荷やら配達状況とか、色々親切丁寧に書いてあるけど、こんなバーンとイケメン揃えたら、女子としてはどうしてもそっちに目がいってしまう。
唖然として細かなサイトを見ていたら、下の方に何やら仕事以外のリンクもあった。
【イチオシ 地下アイドル!応援お願いいたします】
可愛いペガサスマークと共に水色の文字で書いてある。
嫌な予感がする。
なんでバイク便のサイトでアイドル?
それも…地下アイドル?
ドキドキMAXで開いてみると
黒髪ツィンテールの美少女がマイク片手に笑顔をふりまく画像が出て来た。
☆地下アイドル シルフィン☆
めまいが……してきた。
何をやってるシルフィン!
いや、わかるよシルフィンは可愛い!最初から可愛いと思っていた。細くて色白で小顔で目が丸くて大きくて、唇もプルンとしていてそこらのアイドルより可愛いって思ってたのに
なんで地下アイドル?これってアレックスの力でこっちに来たんでしょ?それなら地下より地上波でしょう!坂道グループとかに、ドーンとねじ込みなさいよ……じゃなくて。
そうじゃなくて……そうじゃないんだよ。あぁ混乱が止まらない。自分で何をどうしていいのかわからない。とりあえず私はバイク便のサイトのお問い合わせメールに、トイレの個室からメッセージを打ち込む。
『ジャック!あなたは「信じて待て」とか言ってたけど、この状態で待つのは無理!一刻も早く説明して下さい!そしてリアムはどこ?アレックスは?国はあれからどうなったの?返事下さい リナ』
一気に打ち込んでトイレを出たら身体がふらついた。この10分の間で魂抜かれた気分。
壁をつたいながら歩いていたら、広報部の同期に声をかけられた。
「どうしたの里奈?お腹痛いの?」
「お腹から頭から足から腰から全部痛い」
説明できないくらいの疲労感。
そんな言葉を冗談と受け止めて「かわいそうに。じゃぁ元気が出る事をひとつ教えてあげる。内緒だよ」って私の肩を抱いてこっそり話をしてくれた。
「金曜日、副社長が来る」彼女はそう言って「イケメン御曹司だよ。高貴なご身分で庶民の私達には関係ないけど、目の保養になって女子社員の気分も上がるよー」と、私の背中を叩いてきた。
アレックスの笑顔が頭に広がる。ここで大御所登場か!
同期はペラペラと副社長の経歴を教えてくれた。それはそれは素晴らしい経歴で、顔よく賢くイケメンで会長のお気に入り。やっと会長が手放して京都支社からこちらの本社に移動。仕事もバリバリなのでこれから未来は明るい我が社……だ、そうだ。
「今回は社史の件で来るんだ。あ、総務の課長にも知らせなきゃ、先に行くね」
「う……うん」軽やかに同期は行ってしまった。
副社長ポストなんてなかった。私が異世界に飛ばされる前はなかった。社長は息子さんがいたとは思ったけど、まだ大学生なので、そんな経歴はないはずで……。
流れが変わってる。
そして絶対、そのキラキラ経歴副社長はアレックスだ!
ジャック、シルフィン、アレックス
リアムは?
リアムはどこにいるの?
金曜日まで長かった。
待つという行為がこんなに苦しいものなんて。どちらかといえばせっかちな私なので、世界中の時計が壊れたんじゃないかと思うほど長かった。今週の宮本里奈は間違いなく顔が怖かっただろう。申し訳ない。
ジャックには何度もメールしたけれど返事なし。
地下アイドルシルフィンを検索すれば、想像通りといえばいいのか、よくわからないけどマニアには大人気で、歌も踊りも上手くてファンにも神対応。地下アイドルとしては売れっ子で、そのうち地上に出る日も近いと言う話。ライブをよくやる地下劇場にも行ったけど、土曜の夜まで閉館で土曜のシルフィンのライブもチケット完売らしい。めちゃ売れてんじゃん!
とにかく今日は金曜日。
絶対絶対ぜーーったい!副社長待遇で登場するアレックスを捕まえて、全て語らせる。
そしてリアムに会わせてもらう。
愛する人に会わせてもらう。中指の銀の指輪にキスをして、しっかり心に誓う私。頑張ろう!魔王に勝った救世主だよ私は自信を持とう!覚悟しなさいアレックス!!!
総務の自分の席で燃え上がっていたら、広報の同期から頼んでいた社内メールが届いた。【副社長は4時近くに来社予定】
「よしっ!」デスクで声を上げて、周りに引かれる。本当にお騒がせしてごめんなさい。でも4時が勝負なのです、情緒不安定な私を許して下さい。
ランチも食べず
4時まで余計な事を考えたくなくて、仕事に集中。一気にやりすぎて、月末の仕事にまで手を出してしまった。まぁ……いい事だ。
そして壁の時計は3時50分。総務でも部長、課長クラスがソワソワと動き出し重役フロアに移動していた。副社長であるアレックスのお出迎えなのだろう。一般社員ですが私も行かせて下さい。もちろんコソコソとね。
「ちょっと資料室に行ってきます」
隣の席の先輩にそう言って席を外して、私も4時近くに重役フロアに紛れ込む。廊下に人がざわめいている、あちこちの部の課長クラス以上が集まり、副社長をお出迎えするのだろう。
きっともう、このフロアのどこかにアレックスはいる。そして会議室に移動してみんなと顔合わせをするはず。社長も一緒だと思うからここで無茶な行動はできない。本当はアレックスの首を押さえて蹴りを入れたい気分だけれど、即クビになってしまう。今は目を合わせてアレックスの顔をじっくり見て、アレックスの焦り驚く顔をしっかりこの目でみてやろう。
そして重役たちが解散して、ひとりになったところを捕まえる!
絶対捕まえて説明させてやる!タラシの王様覚悟しなさい!背の高い観葉植物の後ろで怒りのオーラを出してたら、うちの課長に見つかってしまった。
「宮本さん?」
しまった!怒りのオーラが目立ちすぎたかもしれない。
「どうしたの?」お偉いさんたちの中で自分の部下を見つけ、驚きながら手招きをする課長。
「すいません。あの……至急に経理課長に確認があって……」
小声で言うと「ここまで?仕事熱心だね。経理の小沢課長は……いないかな?」
一生懸命周りを見てくれるけど、ごめんなさい課長。小沢課長は外回り中です。居ません。
「申し訳ありません。戻りますので」逃げて別の場所を探そうとしていると「いいよ。今、副社長が来るから一緒に出迎えよう」と、優しい言葉をかけてくれた。
あなたの部下でよかったよ。ありがとう課長。私はそのまま頭を下げて、課長の後ろに移動すると何やら奥の方で動きがあった。
来た!絶対来た!
副社長のアレックスの登場だ!
さて、どんな顔でお出迎えしましょうか。こんないい場所でお出迎えなんてラッキーです。社長と一緒にこちらに歩いてくる気配がする、機嫌良く声も明るく楽しそうな雰囲気。私は少し背を伸ばし、ご機嫌な社長の後ろに立つ男性の顔を捜す。
久し振りだね王様。この状態をどう説明します?私はあなたの登場を待ってましたよ。全て話して下さい。
リアムはどこにいるの?
私がジッと見つめた男性は、私の目線を感じたのか部長と挨拶していた身体をこちらに向ける。
背が高くて黒く短めの髪。
肩幅もありブランドスーツがよく似合う
端整な顔をした男性は
アレックスじゃなくて
リアムだった。
「りっ……リアム」
私は声を出せただろうか。しっかり声を出したつもりだけれど、もしかしたら口パクで音にならなかったかもしれない。頭の中が真っ白になって身体が動かない。想定外の出来事すぎて、どうしていいのかわからない。
リアムは課長の奥に潜んでいた私を見つけて表情を変えた。
「リナ」
リアム?やっぱりリアムなの?ふたりの目線は絡み合い、私は涙で彼の姿がゆがんでしまう。リアムは上司たちの間をかきわけて、まっすぐ私の前に立つ。先導していた社長はきっと驚いているだろう。
「リナ」
私の名前を呼ぶ低く響きのある声は、間違いなく私の愛する人だった。
「捜す前に現れた」
「真っ先に探してよバカ!」
最高の笑顔を見せる彼の胸に何も迷わず飛び込んだ。上質なスーツはいつもの騎士団の服とは違って柔らかい。
「もう二度と離れない」
泣きながらそう私が言うと
「俺が絶対離さない」耳元で彼がそう言い強い力で私を抱きしめた。この懐かしい感触はリアムだ。あらためてそう思い、また私は彼のスーツに涙を流していた。幸せでこのまま時間が止まってもいいと思ってたけど、別の意味で止まって欲しい事に気付く。副社長のお披露目の大切な場所で、その胸に抱かれた一般社員、それは私です。これは……ちょっと……事件です。
「知り合いかな?」社長が抱き合う私達に声をかけると、リアムも我に返って私の身体を離した。うわぁ周りの視線をガンガン感じてしまう。恥ずかしい。
「僕の愛する人です」リアムは照れる仕草もなく堂々と社長に私を紹介する。
えっ!ちょっと待って!!急にそんな事を言われたら社長が驚くでしょう!リアムの顔を二度見する私だったけど、一番驚いた顔をしたのはうちの課長で、報告された当人は「あぁ、お前がずっと捜していた例の彼女か」と普通に納得して笑顔を見せていた。
「皆さんすいません。急用ができたので、ここでご挨拶させていただきます」
リアムはよく響く声で大きな声を出す。
「京都支社からやってきました。高橋勇翔《たかはしゆうき》です。副社長というポストで社長の下、精一杯頑張りますのでご指導のほどよろしくお願いいたします」
あの上から目線のドSリアムが、柔らかい挨拶をして頭を下げているのが不思議だった。それから、これからの展望とか今の会社の状態とか、わかりやすく的確なスピーチをしてから「では、来週の会議で……」と、私の手を握って逃げるように廊下を歩いて重役室のひとつに滑り込んだ。
「本当にリアムなの?」
「今は高橋勇翔」
彼はそう言って胸元から黒いレザーの名刺入れを出し、一枚私に差し出す。シンプルだけど厚みのある名刺には、肩書は副社長で名前は高橋勇翔と書いてあった。
勇翔(ゆうき)勇ましく空高く飛ぶ、リアムにピッタリの名前だね。
抱きしめようとするリアムから一歩下がり、私は彼の姿を見つめた。
端整な顔はそのままだけれど、ヘーゼルの瞳は漆黒に変わり、背中まであった長い髪は短めのツーブロックになって清潔感に溢れてる。ウエストを絞ったチャコールグレーのスーツはたぶんイタリア製で淡いブルーのシャツと合わせた赤系のネクタイが似合っている。手首から覗くシルバーの腕時計も高そうでまさしく仕事のできる御曹司って感じ。
「肩幅あるからスーツ似合うね」
なぜか急に恥ずかしくなりうつむくと、アゴをグイッと上げられた。
「やっと見つけた」リアムの切ない声と共に唇が重なる。懐かしいくらい甘いキス。
「聞きたい事が沢山あるんだろう?」
「一晩中ある」
「抱く時間も必要だ」
「いや……それは……」真面目に語るリアムはやっぱりリアム。恥ずかしくて顔が赤くなってしまう私。
「本当はアレックスから話をさせたいのだが」
私を離したくないのか、キスをしながらリアムはそう言った。
アレックス!その名前を聞いてスイッチが入る私。キラキラ御曹司副社長は絶対アレックスだと思っていたのにリアムだったとすると、アレックスはどこにいるの?
「アレックスはどこにいるの?あれから国はどうなったの?魔王はもう来なかった?フレンドは?国のみんなは?いつここに来たの?騎士団がバイク便って?シルフィンが地下アイド……」
唇をふさがれてしまった。
「落ち着こう。何か飲む?」
くしゃっと私の頭を撫でてから部屋のカウンターに移動しようとするので、私は彼のスーツの裾をギュッと握る。
「リナ?」
「もう離れたくない」
必死な声を出す私。もう二度と離れたくないもの。
「リナが拒否しても、俺はリナの傍にいる。リナの為なら何でもできる」
「リアム」
身体がふわっと浮き上がり。幅の広いソファーに身体が沈む。
「そんな顔するな」
瞳の色は変わっても、人を惹き付ける魅力的なまなざしは変わらない。
「こっちはずっと抱きたくてたまらないのだから」
横たわった体勢で首筋にキスをする。いやこれは……ダメでしょう。
「こっ……ここじゃダメ」
「誘ったリナが悪い」
「誘ってない」
「『抱いて欲しい』って俺を見てた」
「ちょっと落ち着いて」
ブラウスのボタンが外されて、スカートの下から彼の手が入る。
ダメダメダメ!会社ではダメ!
本当はこのまま流されたいけど、それはダメ!私の理性よ全面的に出ておいで!!しっかりこちらの世界に馴染んていると思ったら、こーゆー秩序が欠けてるとこがまだ異世界の名残だろう。
テーブルの上にある書類を見つけ、突っ張るぐらいに手を伸ばしてつかんでから、リアムの頭をパンと叩く。
「痛っ」っと言ってから、いつもの不機嫌そうな顔。リアムのいつもの顔を思い出して笑ってしまう私。
「そっちこそ落ち着いて」
ふたりで顔を見合わせると、リアムも笑う。時間が後戻りする。月を眺めながらペガサスの背でワインを飲んだ日が蘇る。もう二度と会えない、自分の妄想だったかもしれないと思った愛する人が、目の前に居る。
「悪かった」
紳士らしく私の手を取り、ソファに座らせてからリアムは腕時計を見る。
「もう退社時間だ。5時になったらとりあえずここから出て俺の部屋に移動しよう」
「部屋があるの?」
「城より狭いが」
「魔法で移動する?」
「魔法の車で移動する」彼は立ち上がり自分のデスクから車のキーを私に見せてくれた。きっと高級車だろうな。車の運転もできるのね。
「もう魔法は使えない。普通のリナと同じ種類の人間だ」
自虐的に笑うリアムを見て、私はハッとしてしまう。
「私のせい?」
マントをひるがえしペガサスに乗り、エリート騎士団のトップとして輝いていた騎士団長。誰もが憧れ尊敬していた彼が魔法を使えないなんて。
「気にするな、俺が希望した。リナの為なら何でもできる」不安そうな私の頬にキスをして「ゆっくり話をしよう」と言ってくれた。長い夜になりそうです。
デスクに戻ると課長が危険物を見つめる目で私を見ていた。ごめんなさい。すいません。あなたの部下は副社長とデキてます。色々と追及される前に逃げてもいいですか?いや秒で逃げます。残っている仕事はないのでデスクを片付け、退社時間ピッタリに席を立ちリアムの元へ行こうとすると、逆に彼がやってきた。
「迎えに来た」
総務にやって来た御曹司。噂のイケメン御曹司は目立つ目立つ。驚く社員を背中にしながら、私はリアムの腕を引っ張って会社から逃げた。リアル逃げるが勝ちってことです。
「目立つんだって!」
「何が悪い?」いつでもどこでも堂々とする姿。さすが騎士団長様。
重役専用駐車場スーペースにあったのは、白のセダンの高級車だった。助手席のドアを開けてもらい乗り込もうと思った時「もう帰るのかい?」と、優しい声がかけられた。振り返ると社長と常務がそこに立っている。
「しゃ……社長」
一般事務員からすれば雲の上の存在。背筋を伸ばしてしまう。そして自分の失礼行動を思い出す。リアムの副社長デビューを廊下でそそくさと終わらせてしまったのは私の責任です。
「勇翔が一目ぼれした運命の女性に会えて光栄だ。ぜひ勇翔の恋人として我が家に遊びに来て欲しい。妻も待ってる」
ロマンスグレーの男性は、社長の立場ではなくリアムの父親として私に温かい笑顔を見せてくれた。こう見ると、社長は背も高くて目が涼しげでリアムに似ている。
「その前に会長に合わせる約束をしてるので、京都へ行かないと」
「その帰りでもいいから連れて来なさい。お母さんが勇翔の想い続けてる女性を見たくてウズウズしている」
「里奈をいじめないでしょうね」
「おいおい、お母さんは娘が欲しくてお前の結婚をずっと待っていたんだよ。いじめるどころか取られるぞ。里奈さん待ってるよ」社長は優しい声を出して私にそう言い、常務と一緒に会社に戻って行ってしまった。
呆然と後姿を追ってしまう。すんごく自然な親子の会話。違和感なくリアムは社長の息子設定になっている。
「こんな場所だけど紹介できてよかった」
リアムは私を助手席に乗せ、慣れた感じで車のエンジンをかけてハンドルを握る。
リアムが車を運転してる……不思議な気分。
「社長は私の事を知ってるの?」
「見合いの話が沢山あった。でも『自分には運命の女性がいるから彼女とじゃないと結婚しない。それを許さなければ跡を継がない』って宣言した」
それは宣言じゃなくて脅しです。