ポンコツ救世主はドSな騎士に溺愛される

 これでダメならごめんなさい。

「リアム。ド派手な結婚式にしようね!」
 私は大きな声で叫び、指輪を剣の先に通しそのまま魔王の心臓めがけて指輪ごと突き刺す!

 すると、ガラス瓶を刃物で引っかいたような不快な音が部屋中に大きく響き、剣を持つ手が熱くなる。
 魔王の身体は火山から吹き出した溶岩のように硬く真っ赤になり、珊瑚の指輪は剣先からその心臓にズルズルと飲み込まれてゆく。どうにかしてその指輪を自分の心臓から出したいのだけど、それができず魔王はもがき苦しんでいた。
「リナ!」
 リアムが私の名前を呼んで駆け寄り、剣をつかむ私の手を上から握って、もっと深く魔王の心臓に剣を差しこんだ。刺された心臓は限界がきたようにその場で爆発し、大きな大きな叫び声が上がって私達は耳をふさいでその場に座り込み、全ての不快な音が終わる頃

 魔王の姿は跡形もなく

 消えていた。
「大丈夫かリナ?」
 リアムのマントで包まれたまま、小さくうなずき手を貸してもらって立ち上がる。
 まだ部屋の中は熱いけど、さっきまでの威圧された嫌な雰囲気はない。後ろを見ると大きな砂時計の砂は下に落ち、ジャックはシルフィンを支えて立って、アレックスは声もなく黙って私達を見ていた。

「勝った?……かな?」
 一発大逆転?王妃様の指輪が最大の武器だったのか。窓の外から温かい太陽の光が射してきた。
 外を見るともう暗く重い雲はない。いつの間にか嵐は終わり、どこまでも青い空が高く広がっていた。
 フレンドが踊るように空を飛ぶ。
 自由に大きく
 生きる希望をどこまでも伝えるように飛んでいる。
「街に戻ろう」アレックスが軽く手を上げると、私達の身体はフッと浮き上がってからの瞬間移動。
 魔力も戻った!
 闘いの最初の場所である壊れた神殿の元に立つと、ドームから流れるように人々が溢れ出ていた。国中の人達は笑顔を見せながらドームを出て、私達を見つけて歓声を上げる。
「アレックス」
「うん」
 アレックスは一歩前に立ち、片手を上げると国民の歓声が倍になった。
 神々しい王の姿を見ているとこっちまで泣けてきそう。
 勝ったんだね
 もう闘わなくていい。命を狙われる心配はない。誰も犠牲にならなくていい。堂々と生きるだけ、希望を持って生きるだけでいい。モフモフした物体に身体をドンされた。
「フレンド!」泣き虫ドラゴンが私のハグを待っていた。
 私はフレンドをギューッと抱きしめて、思う存分涙を流す。頑張ったね。えらかったね。強かったね。かっこよかったよ。大好きだよフレンド。
 しばらくその状態でいると「交代」って、フレンドから私を奪い、騎士団長は私を自分の胸に抱く。
「リアム」
「さすが救世主だ」
 溶けるような甘い甘いキスを交わし、その腕に抱かれてやっと気持ちが落ち着いてきた。いや……まだ興奮してる。それはリアムも国中の人々も一緒だろう。でもそれでいいと思う、私達は勝ったのだから、今日はこのまま幸せに浸っても罰は当たらないと思う。
「よく俺だとわかったな」
「愛の力」ふざけて言うと、耳を甘噛みされて頬が熱くなった。
「ありがとう」
 心からのリアムの言葉に胸も熱くなる。
「プロポーズの続きの言葉、待ってるからね」小声で言うと、もう一度甘いキス。
 幸せで足元も震えそう
 って
 
 あれ?

 本当に震えてる?




 どうした私?
 あれ?あれあれ?
 今頃になって闘いの怖さがやってきた?ポンコツ復活?
 足元が震えてると思ったら、私の立ってる場所の地面が割れてきた。
 え?何これ?どーゆーこと?なんで?
「リナ!」リアムの声が遠く聞こえて、私はその場に現れた底の無い落とし穴に落ちてゆく。

 深い深い落とし穴で
 例の瞬間移動が永遠に続いてるようで

 不安より
 ワケわからなくなって
 頭の中で「えっ?」って何度も何度も言ってたら



 急にドスンとお尻に衝撃を受けてしまって。

 
 転んだ私の手を取ったのは





「大丈夫ですか?宮本さん」

 経理のひとつ後輩の佐藤君で

 私は会社のエレベーター前

 財布を持って

 見事に転んでいた。






 会社を出ると風の冷たさに身を震わせ、コートの襟を反射的につかんでしまった。
 外の景色は見慣れたオフィス街。車の音と人の波。背筋を伸ばして、私と似たような人種が足早に歩いてる。
 高いビル。オフィスの窓明り。ネオンと街灯と車のライト。人々が歩きながら覗くスマホの明り。人工的な星ばかり輝く私の世界。残業疲れなのか食事より甘い飲み物が恋しくて、コーヒーチェーン店に入ると学生達も多く混み合っていた。私はラテを手にしてスーツ姿でPCを操るビジネスマンと、文庫本を読む綺麗なお姉さんの間に入ってコートを脱いだ。人がいっぱい歩く様子を見ながらあったかいラテを飲んで、家に帰るまでのリラックスタイム。
 ありがたい事に来年の創立30周年に向けての仕事が忙しく、会社でぼんやりする時間はない。だからここに寄りつい、ここでぼんやりしてしまう。

 最初は家でぼんやりしていた。でも家でぼんやりしていると、本当に何もできなくて、着替えもせず食事もせず風呂も入らずで過ごしてしまったので、自分で反省してぼんやりと考えるのは、この場所だけにしようと自分で決めていた。

 ぼんやり考える事とは
 もちろんリアムの事である。

 

 あの日


『大丈夫ですか?宮本さん』エレベーター前でコケた私に驚いて、佐藤君は手を貸してくれた。
『こっ……ここは?』
『ここは?って……普通に会社の廊下です。そこのエレベーター故障してますから使えませんよ』
『会社?会社って、えっ?今日って何日?もう秋だよね。秋の収穫祭りだよね!』
『そういえば昨日、梅雨明け宣言が出ましたね。秋のパン祭り?シール集めてます?でも、夏はこれからですよ』
 佐藤君は引き気味に言って、逃げるように行ってしまった。

 えっ?
 ちょっと、ちょっと待ってよ
 何これ?戻った?戻ったの私?
 自分の服装をまじまじと見てしまう。味もそっけもない総務の事務服だ。そしてここは見慣れた私の会社で、握っているのは私の長財布でポケットに入っているのは私のスマホ。
 戻ったの?このタイミングで?
 いやこれから幸せになるのに?超ド派手な挙式をする予定なのに?やっつけたら私は用無しってヤツ?
『いやだーーー!!』座り込んで大きな声を上げてたら、知らないうちに医務室に運ばれていた。医務室のベッドで泣いてたら、課長が慌ててやって来た。
『宮本さん。最近は無理して身体と心が疲れてたかもしれない。ゆっくり休みをとっていいからね。宮本さんが頼りになるから皆で頼って、忙しい思いをさせてしまったね。午後からの会議も出なくていいよ。休んでから帰りなさい』と、学校の先生のような事を言ってくれた。
 でもきっと課長の本音は『婚約者に捨てられたショックだろう』でしょうね。
 違うんだよ。婚約者じゃなくて、異世界に捨てられてしまったのよ。私は飛ばされて……うん…飛ばされたん……だよね。
 医務室の天井を見ながら、もう一度冷静になって考える。

 異世界に飛ばされる
 ないよね
 ないわー。いやありえないでしょう。

 大人になれよ。
 現実逃避の夢なのか?
 夢のわりにリアルすぎるぐらいリアルで、ラストの魔王との闘いなんて、二度と思い出したくないくらいハードで痛かった。ワイン美味しかったし空も飛んだし、愛する人に抱かれたし素肌と素肌が重なった感触も覚えてる。
 でも絶対ありえないよね。皆の思ってる事が正しいのかな、振られたショックがあまりにも大きくて、頭の中の現実逃避の妄想が膨らんで、もう一つの世界を自分で作ってただけなのかもしれない。それしかないよね。
 だってありえないもん。
 ありえないんだから
 ポロポロと涙が流れたので、指で払おうとすると右手の中指が重い。見ると、銀の指輪が私の右手の中指にはまっていた。これってリアムの指輪?
 課長が去ったのを確認しながら、ベッドから飛び起きて震える手で指輪を確認すると、私が着けるにはちょっと幅が大きい銀の指輪は白百合の紋章が刻まれていた。やっぱりこれはリアムの指輪。彼のお母さんの形見で、私を抱いた後に自分の指から外して私にはめてくれた。
 重い銀の指輪を握りしめて、私は頭を混乱させていた。


 それから
 こちらの季節も秋になる。今年は1年を15ヶ月で過ごしてる気分。こんな話は誰に話しても信じてもらえないだろう。危ないヤツって思われて終わりだ。自分自身も混乱して考えすぎると頭が溶けてきそうだから、とりあえず落ちつけと自分に暗示をかけてきた。
 一週間ほどかかったけれど、なんとか自分をコントロールして仕事も前のように行い、私は普通です元気ですアピールもしながら、色々と裏で整理しようと考える。

A案 私は本当に異世界に飛ばされていた。
 理由は記憶がしっかりしていて、リアムの銀の指輪も持っている。

B案 全て私の妄想である。
 だって絶対ありえない。銀の指輪は自分で買ったものである。
 振られたショックでそんな妄想を浮かばせていた。
 最初は絶対A案だと思っていたけど、時間の経過と共にB案じゃないかと気持ちは移行する。
 エレベーターもチェックした。
 何度も乗った。迷惑だけど15階で乗って14階で降りた。コスプレドレスの王妃様を探したけれど当然姿は見せず、怪しい動きをして広報部に鋭い眼でにらまれて終わってしまった。

 リアムに会いたい。リアムが恋しい。
 アレックスにもシルフィンにもジャックにもフレンドにも会いたい。あぁフレンド……私が急にいなくなって絶対また泣いている。街のみんなにも会いたい。騎士団のみんなにも会いたい。
 リアムに会いたい。強い力で抱きしめてもらいたい。
 まだプロポーズの半分もらってないよ。長い髪に触れたいはにかんだ笑顔が見たい。
 心から愛した人だった。私は一生懸命もがいてもがいて、見えない蜘蛛の巣に引っ掛かったように精一杯もがいて、向こうの世界に戻ろうとするのだけれど。何をやってもできなかった。
 変な黒魔術のサイトも覗いたし、書店でファンタジー小説も読みまくった。異世界に飛ばされたヒロインは現代には戻らず、向こうの国でそのまま幸せに生活するかのパターンを山ほど読んだ。
 どうしてそのまま私も幸せに暮らせなかったのだろう。読んだヒロイン達は自分の現代でのスキルをあちらの世界で役立てて、商売にしたり尊敬されてたりしていた……やっぱり私はポンコツだから返されたのか?
 ファンタジーを語るサイトを読んでたら、ファンタジーは非情だって書いてあった。人はすぐ死ぬし、王家とか上の位にある人達は非情で、自分たち王家を守ればそれでよし。民も兵も使い捨てという考えも多いと書いてあった。
 それなら納得だ。王妃様がアレックスが心配で私に託し、私が魔王をやっつけたらもう用はなくポイと捨てる。非情だけどありえる。
 もう私はあちらの世界に居なくてもよろしい。
 私は現実に戻ってそれでおしまい。めでたし。めでたし。中指の指輪をすがるように触りながら、つい泣いてしまう。
 
 これがA案のラストシーン。
 ようするにA案もB案もラストは同じで、もう二度と戻れない。

 リアムに会えないのだろう。


 友達を誘ってワインバーにも行った。どうしてもあの国のワインの味をもう一度味わいたくて、色々なワインを味見したけど、あれほど豊潤で口に含んだ瞬間『美味しい』と言えるワインには出会わなかった。1本10万のワインを開けようとして必死で友達に止められたっけ。
 
 色々試してダメになるほど落ち込んだけど、今は想い出に変換して、ぼんやりとラテを飲みながら私の行った世界の事をこの時間だけぼんやり考える。
 シルフィンにもラテを飲ませてあげたいな。ジャックにスクランブル交差点を見せたいな。ドローンと対決したらどっちが勝つかな。クスッと笑うと隣のお姉さんが背を向けた。不気味でごめんなさい。

 もう戻れないし、二度と会えないと思ったら、こうやってぼんやりと楽しい時間を思い出そう。涙が枯れるほど泣いたし、大人なんだから現実を見なきゃいけない。温かい不思議な魔法の国で色んな冒険をしたよ。全て妄想かもしれないけれど、素敵な想い出をありがとう。
 そろそろ妄想の世界とさよならしなきゃいけないけれど、まだ時間が足りないみたいで、枯れた涙がまた溢れてしまう。
 どうして戻って来たんだろう。
 いや、妄想なんだよ全て……でもその妄想にさよならできない自分が情けない。やっぱりポンコツ救世主だね。

 早く楽しい想い出に変換したいのに、こんなに好きになるんじゃなかった。

 妄想でもいいから
 どんな形でもいいから

 リアムに会いたい。

「宮本さんって姿勢いいですよね」
 キャビネットから分厚いファイルを取り出し、カウンターでそれを立ちながら読んでいるとそう言われた。
「そうかな?」
「はい。背筋が伸びてて綺麗です」
「後ろから見て?」
「はい……え、いや!前から見ても素敵ですよ」
 とってつけたような後輩の言葉に笑って『ありがとう』と言う私。ごめんなさい、からかって困らせてしまった。姿勢がいいのは妄想世界のドSな剣の先生のおかげかな?苦笑いでまたファイルに目を通してると、カウンター越しに課長が声をかけてきた。
「社史の件なんだけど、副社長の写真がまだ撮影されてないけど予定はどうなってたっけ?広報に聞いた方がいいのかな?」
 副社長?
 私が不思議そうな顔をすると「ごめんごめん、広報だね」って、ひとりうなずきながら目の前から去ってしまった。

 副社長?うちの会社って副社長いた?頭を悩ませていると、同期の子が課長の代わりにやって来た。
「副社長。やっぱりうちの会社に来るのかな?」
 ワクワク顔で私に聞くので、私はまたワケわからなくなる。
 なんだか……異世界に飛ばされ妄想走ってから、記憶力があいまいになってきたかも。大丈夫か私?何を飲めばいいんだっけ?イチョウ葉エキス?グルコサミン?それは関節か。
「うちの会社って副社長いた?」素直に聞くと同期は呆れて私に教えてくれた。
「会長のお膝元である京都支店にいたでしょう。会長のお気に入りでさ、賢くてイケメンで金持ち御曹司。それが来月からこっちの本社に来るって大騒ぎしてたの忘れた?」
 会長の孫で社長の息子か?
 そんなの……いたっけ?

 もっと突っ込んで聞こうと思ったら「すいませーん。バイク便ですハンコかサインお願いしまーっす」爽やかな声と共に長身の男性の姿が視界の隅に入り、一番近い私は「はい」と返事して彼の元へと行くと……




  ジャックが立っていた。


「ジャック」
 蚊が鳴くような声を出し、口をあんぐりさせてバイク便のお兄さんの顔を見上げる。
 人懐っこい笑顔、ふんわりとした黒髪、黒いスタジャンを着たバイク便のお兄さんは、間違いなくジャックだった。
「お元気でしたか?リナ様」ジャックはサラッと言い、私に品物と伝票を差し出した。
「ジャ……ジャックだよね。どっ……どうして?」
「えーっと配達に来ました。サインお願いします」
「えっ?いや……あれ?その」
 完璧パニックになりながらサインをすると「まいどっ!」って明るく言って立ち去ろうとする。

 いやいやいや
 ちょっと待って!

「待って、話があるの。リアムは?他のみんなは?」
「リナ様。もう少しだけ待っててもらえますか?」
 ジャックは申し訳なさそうに私にそう言った。

「僕を信じて、待ってて下さい」
 それだけ私に言い、あっという間に目の前から走り去る。
 素早いさすが鳥人間……じゃなくて……

 えーーーーーっ!なんだこれ!!!