館の東の庭では昔から一種類の花を栽培していた。
その花は『母なる花』と言われていて、形は丁度肉親からの愛情の花の形に似ており、伝説では人間の郷に生まれた花乙女を救うためにアスナイヌトがこの花を食べさせたという花だった。

「……まさか、あの伝説は本物……?」

独り言を言いながら、ケイトは腕一杯に紫の花を摘んで医務室に戻った。

「ケイト、上出来よ。その花をこの子の周りに敷き詰めましょう。花が体に触るように……、そう……」

ケイトとセルン夫人は二人でリンファスの周りに紫色の花を置いていった。
リンファスを囲むように紫の花を置いていくと、リンファスに触れた花からどんどんしおれて枯れていく。
花の変化の様子にケイトは驚いた。

「花が……」

「これは、この子が花から栄養をもらって癒してもらっている証拠なのよ。
この紫色の花は花乙女の栄養……母なる愛情の花よ。
この花は、自分が持つ栄養を花乙女に与え切ってしまうと、役割を終えて枯れていくの。
枯れた花は新しい花と入れ替えてね。この子は栄養不足過ぎたわ。暫くこの作業が必要ね」

ケイトはセルン夫人と二人で可能な限りリンファスの眠るベッドに紫色の花を敷き詰め続けた。どんどん枯れては落ちる花を退けながら新しい花を宛がう。

暫くそうしていると、リンファスの頬に赤みが戻って来た。セルン夫人はそれを見届けて、もう暫くこのまま様子を見ましょう、と言った。

「……そうかい、あのアスナイヌトさまの伝説は本当だったんだね……」

「そう……。でも大昔と違って今は花乙女の伝説が行き渡っているから、知っている人も限られるわね。私は花乙女の医師だった祖母から聞いたのよ」

「そうかい……、勉強になったよ」

「いいえ、こんなことが必要じゃなくなる世の中にならなければならないのよ……」

本当にそうだ。ケイトにとってはこの館に居るどの少女も等しく幸せになって欲しいと思う保護対象だった。
リンファスにも他の少女と同じくらいの幸せが訪れると良い。ケイトはアスナイヌトに願った。






ロレシオがイヴラの館に戻ると、丁度窓からケイトが庭で花を摘んでいる様子が見えた。
ケイトが慌ててその花を抱えて館に戻っていくと、開け放たれた医務室の窓の中でセルン夫人とケイトがリンファスの周りに花を敷き詰めているのが見えた。

ロレシオの母親の話が本当なら、あの花は花乙女の癒しの……母なる愛情の花だ。
あの花を次々と枯らしていく様子を見ていると、リンファスが一体どれ程愛情に恵まれていなかったかが分かる。

それを思うと、先ほど会ったサラティアナは沢山の花を咲かせていた。それほどの愛に囲まれながらもなにが不満なのか、ロレシオに茶話会に参加しない理由を問うてきた。
あんなに愛情を一身に受けているサラティアナにロレシオの気持ちが分かる筈がない。

そう思って、おそらくリンファスの気持ちも、サラティアナには分からないんだろうな、と思った。