むしろ恥ずかしいならやるな、と指摘しようとした矢先、沙羅がこちらに向かって手を伸ばしてきた。勢い良く向かってくる様子から、本気で抱き締めてくるつもりなのだと察した瞬間、理樹は反射的に全力回避の勢いで彼女から離れていた。

 余裕のない顔で沙羅と距離をあけた理樹を見て、拓斗を含むクラスメイトたちが目を丸くした。一瞬で逃げられてしまった沙羅が、宙を掴んだ手に遅れて気付いて「あれ?」と小さな声を上げる。

 数秒ほど、教室に戸惑うような沈黙が漂った。

「え、なに。お前、本気で桜羽さんが嫌なのか……?」

 近くの席にいた木島が、ぽかんと口を空けたままそう呟いた。

 なぜならその反応はまるで、女性に触れられない男のものかと思うほどに必死な印象もあったからだ。屋上で沙羅を片腕に抱えていたのを目撃していたから、拓斗も意外だと言わんばかりの表情を浮かべていた。

 沙羅が、掴み損ねた手を宙に伸ばした姿勢のまま、ゆっくりとこちらを見た。理樹はその様子を目に留めて、ぐらりと脳が揺れるのを感じて一瞬呼吸を止めた。

 ドレスを着た前世の彼女が、目の前の光景に重なった。

 胸にぐっと込み上げた過去の情景を、彼は全力で押し戻した。

 だから嫌だったのだ。理樹はそう思いながら、全力で回避した自分の行動を振り返った。教室に広がる沈黙に気付いて、しまったな、と苦い表情を浮かべた時――


「…………考えたら、年齢イコール彼女無しだもんな。抱擁はレベルが高いのか」


 静まり返った教室で、拓斗が自分なりの回答を導き出し、相変わらず自分ペースでそう呟いて辺りに満ちた沈黙を破った。