押し倒したいなんていうのは、初心な少女の気の迷いだ。それに、まさかあの行動力のままアタックしてくることは、まずないだろう。

 保健室に沙羅を残して早々に退出したとき、理樹はそう考えていた。
 
 放課後になってすぐ、沙羅は少しもじもじとした様子でやってきた。彼女が当然のように五組に入ってきたのを目に留めた途端、真顔のまま数秒ほど思考が完全に止まった理樹の隣に、ぴったりと椅子をくっつけて彼女が座った。

 帰りのホームルームが終わった直後のことである。
 教壇には、まだ生徒名簿も閉じていない二十九歳の男性の担任、杉原がいて、唖然とこちらを見ていた。まだ席を離れていなかったクラスメイトたちも「え」という顔をしたまま、表情が戻らないでいる。

 なぜ、こうなっている。

 理樹は、恥じらいながら隣の席をキープする沙羅の横で、彼女と全く正反対の温度差ある仏頂面を正面に向けていた。
 彼女が教室にきた時点で、隣の様子から意識的に目をそらしていた。いつもよりぐっと近くなった距離感には、先程の『押し倒したいです』の一件で、アタックの勢いがまたしても増したという、嫌な推測だけが浮かんでいる。