優しくはない。これはただの俺の都合だろうと思った。時間の効率を考えて、腕の中に抱えて移動したまでだ。何も、優しいことではない。


 与えられるものは全てあげていた。

 初めは婚約者となるために。次は婚約者として義務的に。そして、夫として形上。けれどそれは、しばらくもしないうちに、すぐ――


 高校生となった初日に、明るい沙羅の笑顔を目に留めて、生まれ変わったこの世界では家族に愛されて育っているのだと分かった。生まれ変わって幸いだったとすれば、今の彼女が、家庭や友に恵まれた幸福な少女であると知れたことだろう。

 理樹は再会した際に感じたことを思い返しながら、ただ、なんとなく、少し乱れた沙羅の髪へと手を伸ばした。

 すると、彼女が頬を少し染めて、緊張した様子で小さく目を見開いた。それを見てすぐ、理樹は途中でピタリと手を止めた。
 沙羅はこちらをじっと見つめたまま、大きく息を吸った。そのふっくらとした小さな唇が微かに開かれて、熱を帯びた緊張した吐息がこぼれ落ちる。