その夜、アリスは、母犬を恋しがって、段ボールの中でくうくう鳴いていた。私は思わず母に言った。
「あの子と一緒にベッドで寝ていい?」
母もどうしたもんとか思っていたのか、私の申し出にうなずいてくれた。それで私は恐る恐るアリスを抱き抱えて、自分の部屋のベッドへと連れて行った。アリスは、くうくう鳴くのを止めると、私の顔をなめだした。ぺろぺろなめられながらも、布団の中へ入り込むと、アリスもそのうちなめるのを止めて、私のぬくもりに安心したのか、丸くなって眠り始めた。
アリスの温かさを感じながら、私は不思議の国のアリスの中で描かれていた挿し絵のことを考えていた。今まで挿し絵として見ていたドードー鳥やオウムやねずみが、アリスのように温かさを伴って私の胸に迫ってきた。平面だった絵が、ぴくりと動き出したような気がしたのだ。それはまさに本物の生き物だった。不思議の国のアリスの挿し絵を描いた人は、絵に命を吹き込んだのだと思うと、全身に稲光のような衝撃が走った。私はアリスを起こさないように、そっとベッドの中から出ると、不思議の国のアリスの本を手に取って、挿し絵を眺めた。今までただなんとなく好きだった挿し絵が違う意味を持った瞬間だった。明日になったら、私もこの挿し絵を描いた人みたいに、この子犬を描いてみよう。私もこんな風に描けるだろうか。期待と不安に胸をわくわくさせながら、その夜アリスと一緒に初めて私は寝たのだった。
あの時、アリスをなでた時の手の温かさが、今も手の中に残っているような気がして、思わず握りしめた。でも今の現実はなんだろう。アリスという命は亡くなり、私は学科に追われて、自分の満足いく絵を描こうともしないで。
アリスを初めて描いたあの日、うまく描けなくて泣き出した自分がいた。それでも何度も何度も描き直して、挿し絵のようにどうしたら描けるのか、悩みに悩んでいた。描こうとしていた意欲は、今よりもずっと高かった。ほんの子供だった自分に負けているってどういうこと。
「ねえ、アリス」
私は写真立てのアリスに語りかけた。今、アリスがこの場にいたら、私はどんな絵を描くだろうか。どんなアリスを描くだろう。どんな命を描くだろう。忘れていた何かが、気泡のように浮かび上がってくるような気がした。確かに今は就活だ、学科だって忙しいけれど、きっと忘れているだけなのだ。あの頃の自分とアリスが私の肩を叩いてくる。どうしたの? ねえ、どうしたの? そんな声がどこからか聞こえてきそうだった。
「あの子と一緒にベッドで寝ていい?」
母もどうしたもんとか思っていたのか、私の申し出にうなずいてくれた。それで私は恐る恐るアリスを抱き抱えて、自分の部屋のベッドへと連れて行った。アリスは、くうくう鳴くのを止めると、私の顔をなめだした。ぺろぺろなめられながらも、布団の中へ入り込むと、アリスもそのうちなめるのを止めて、私のぬくもりに安心したのか、丸くなって眠り始めた。
アリスの温かさを感じながら、私は不思議の国のアリスの中で描かれていた挿し絵のことを考えていた。今まで挿し絵として見ていたドードー鳥やオウムやねずみが、アリスのように温かさを伴って私の胸に迫ってきた。平面だった絵が、ぴくりと動き出したような気がしたのだ。それはまさに本物の生き物だった。不思議の国のアリスの挿し絵を描いた人は、絵に命を吹き込んだのだと思うと、全身に稲光のような衝撃が走った。私はアリスを起こさないように、そっとベッドの中から出ると、不思議の国のアリスの本を手に取って、挿し絵を眺めた。今までただなんとなく好きだった挿し絵が違う意味を持った瞬間だった。明日になったら、私もこの挿し絵を描いた人みたいに、この子犬を描いてみよう。私もこんな風に描けるだろうか。期待と不安に胸をわくわくさせながら、その夜アリスと一緒に初めて私は寝たのだった。
あの時、アリスをなでた時の手の温かさが、今も手の中に残っているような気がして、思わず握りしめた。でも今の現実はなんだろう。アリスという命は亡くなり、私は学科に追われて、自分の満足いく絵を描こうともしないで。
アリスを初めて描いたあの日、うまく描けなくて泣き出した自分がいた。それでも何度も何度も描き直して、挿し絵のようにどうしたら描けるのか、悩みに悩んでいた。描こうとしていた意欲は、今よりもずっと高かった。ほんの子供だった自分に負けているってどういうこと。
「ねえ、アリス」
私は写真立てのアリスに語りかけた。今、アリスがこの場にいたら、私はどんな絵を描くだろうか。どんなアリスを描くだろう。どんな命を描くだろう。忘れていた何かが、気泡のように浮かび上がってくるような気がした。確かに今は就活だ、学科だって忙しいけれど、きっと忘れているだけなのだ。あの頃の自分とアリスが私の肩を叩いてくる。どうしたの? ねえ、どうしたの? そんな声がどこからか聞こえてきそうだった。