アリスが初めて家に来た時、私は居間でおとなしく不思議の国のアリスの本を開いて、挿し絵を眺めていた。ちょうど見ていた挿し絵のページはドードー鳥やオウムやねずみが出てくる場面だった。
その当時私はまだ小学一年生だったので、漢字など全然読めなくて、物語の内容についてはまったく知らなかった。それでも不思議の国のアリスの挿し絵は、まるですぐそばで息をしているような描写で動物達が描かれていた。あまり生き物に触れたことのなかった私は、本の中に描き込まれたこれらの絵が生き物なのだと思い込んでいた。
そんな時、家のインターホンが鳴り、父親が帰って来た。母は夕食の準備で忙しかったので、私が代わりに玄関に出て鍵を開けてやると、父は段ボールを抱えていた。私がその箱はなんなのかと訊く前に、段ボールの蓋が勢いよくぽーんと開き、中から茶色の子犬の頭がぴょこんと飛び出した。そうして段ボールを抱えている父親の顔を元気よくぺろぺろとなめだした。
「わわっ。そんなになめるなよ」
父は柔和な笑みを浮かべながら、段ボールの中から子犬を出して抱え込んだ。そうして抱えたまま、腰をかがめると、
「ほら、なでてみな」
今まで犬に触ったことがない私はおっかなびっくり、子犬をなでてみた。なんだろうこの柔らかさとあったかさは! それから、それから……。
見ると子犬が不思議そうな顔をして私を見つめている。初めて見る私の姿にどうやら戸惑っているようだった。
「ほら、抱いてみたら」
と、父に言われたが私は首を振った。小さくてほっそりとしたその体を抱き抱えたら、壊れてしまうような気がして怖かったのだ。そんなことをしているうちに台所に立っていた母が玄関にやってきた。
「お父さん、その子犬どうしたの」
「うん、知り合いのところで産まれた子犬なんだけど、今日で引き取り手がないと、殺処分されちゃうところだったんだよ。だから引き取ってきたんだ」
「またお父さんは相談もなしに」
「おまえも犬は好きだろ」
「そりゃそうだけど、世話するの私なんだから」
殺処分という言葉は子供心に、よくないものだというのは、なんとなく知っていた私は、即座に母に言った。
「私が世話するから、飼ってあげて!」
母は私をまじまじと見つめた。いつもはあまり自分の意見を言わない子供が、率先して言ったものだから、驚いたようだった。母は黙って私の頭をなでた。
「ほんとに世話するの? この子はぬいぐるみでもなんでもないのよ。かわいいだけじゃ駄目なのよ。命がある動物なの。そう、私達と同じ生き物なのよ」
母の言うことはもっともだと思った。なにしろ、さっき触った時、ぬいぐるみとは違う、温かさがあったのだから。私が初めて生き物だと認識したのは、まさにアリスだったのだ。
「私、約束する。ちゃんとごはんもあげて、散歩も行く。それから、えっとそれから……」
「分かったわ。それなら、桃子ちゃんがちゃんと面倒見るのね。それなら、お母さんもお父さんと同じで飼っていいと思うわ」
母にそう言われ、ものすごくほっとした記憶がある。
その当時私はまだ小学一年生だったので、漢字など全然読めなくて、物語の内容についてはまったく知らなかった。それでも不思議の国のアリスの挿し絵は、まるですぐそばで息をしているような描写で動物達が描かれていた。あまり生き物に触れたことのなかった私は、本の中に描き込まれたこれらの絵が生き物なのだと思い込んでいた。
そんな時、家のインターホンが鳴り、父親が帰って来た。母は夕食の準備で忙しかったので、私が代わりに玄関に出て鍵を開けてやると、父は段ボールを抱えていた。私がその箱はなんなのかと訊く前に、段ボールの蓋が勢いよくぽーんと開き、中から茶色の子犬の頭がぴょこんと飛び出した。そうして段ボールを抱えている父親の顔を元気よくぺろぺろとなめだした。
「わわっ。そんなになめるなよ」
父は柔和な笑みを浮かべながら、段ボールの中から子犬を出して抱え込んだ。そうして抱えたまま、腰をかがめると、
「ほら、なでてみな」
今まで犬に触ったことがない私はおっかなびっくり、子犬をなでてみた。なんだろうこの柔らかさとあったかさは! それから、それから……。
見ると子犬が不思議そうな顔をして私を見つめている。初めて見る私の姿にどうやら戸惑っているようだった。
「ほら、抱いてみたら」
と、父に言われたが私は首を振った。小さくてほっそりとしたその体を抱き抱えたら、壊れてしまうような気がして怖かったのだ。そんなことをしているうちに台所に立っていた母が玄関にやってきた。
「お父さん、その子犬どうしたの」
「うん、知り合いのところで産まれた子犬なんだけど、今日で引き取り手がないと、殺処分されちゃうところだったんだよ。だから引き取ってきたんだ」
「またお父さんは相談もなしに」
「おまえも犬は好きだろ」
「そりゃそうだけど、世話するの私なんだから」
殺処分という言葉は子供心に、よくないものだというのは、なんとなく知っていた私は、即座に母に言った。
「私が世話するから、飼ってあげて!」
母は私をまじまじと見つめた。いつもはあまり自分の意見を言わない子供が、率先して言ったものだから、驚いたようだった。母は黙って私の頭をなでた。
「ほんとに世話するの? この子はぬいぐるみでもなんでもないのよ。かわいいだけじゃ駄目なのよ。命がある動物なの。そう、私達と同じ生き物なのよ」
母の言うことはもっともだと思った。なにしろ、さっき触った時、ぬいぐるみとは違う、温かさがあったのだから。私が初めて生き物だと認識したのは、まさにアリスだったのだ。
「私、約束する。ちゃんとごはんもあげて、散歩も行く。それから、えっとそれから……」
「分かったわ。それなら、桃子ちゃんがちゃんと面倒見るのね。それなら、お母さんもお父さんと同じで飼っていいと思うわ」
母にそう言われ、ものすごくほっとした記憶がある。