夢見る気持ち

私はどうなんだろう。本当は何を描きたいのだろうか。どんな表現をしたい。そして何を伝えたい?
疑問が頭の中を巡りながら、一緒に小林さんと歩いていると
「それで一之瀬さんは、自主制作、何を描くつもりなの」
興味津々といった様子で彼女は訊いてきた。
「う~ん……。まだ迷っている最中」
「何と何で迷っているの?」
 相談に乗るよとばかりに、にこにことした笑顔のまま、彼女は尋ねてきた。彼女の瞳は、穏やかながらも迷いのない瞳だった。そのすっきりとした笑顔と瞳の前に、何も言えなくなった。
「……」
「どうしたの?」
「うーん、考えがまだまとまってなくて……」
「それじゃあ、まとまったら教えてね。あ、もう先生来てる」
気がつくと、もう教室の前だった。中では松林教授が、今日のモチーフをテーブルの上にセッティングしていた。
「先生、おはようございます」
「ああ、小林さんか。一之瀬さんも」
「おはようございます」
私も慌てて挨拶すると、松林教授は、私達二人を手招きした。
テーブルの上にはツタのからまった緑色の観葉植物と赤いリンゴと黄色のバナナ、それから白地にグレーのストライプ柄のテーブルクロスがかかっていた。
「今回のテーマはこの赤と黄色という反対色を調和させることにある。うまくまとめないとアンバランスになるが、まずモチーフをどう置きたいか君らの意見を聞きたい」
松林教授は、五十代くらいの眼鏡をかけた少し恰幅のいいおじさん先生だ。遠くから見るとくたびれたサラリーマンのようにも見えるが、先生がたまに個展を開くと、なかなかの盛況ぶりだった。画力もあり、教え方も上手で生徒からの信望も厚かったりする。
小林さんも先生のことを信頼していて、なんでも疑問をぶつけていた。私はというと、一歩さがって、先生が回ってくるのを待つような感じだったりする。今の私には小林さんのような、ほとばしる何かがなかった。絵に対する欲というものだろうか。どうせ描いても、私の絵では誰に伝わるものでもない。そんな冷めた思考が、ここ最近の私にはあった。