日は変わって大学のゼミへと向かう途中、廊下で小林さんに会った。
「おはよう、一之瀬さん」
「おはよう、小林さん」
少し背筋の伸びる思いで、小林さんと並んで歩いた。
「これからゼミの教室に行くんでしょ」
「うん、小林さんもでしょ」
「うん、そうよ」
肩までかかる黒髪のストレートヘアーを揺らしながら、小林さんはうなずいた。
「今日はまだ実技の練習だって先生は言ってたけれど、今回の練習が終われば、個人個人の自主制作に入ると言ってたでしょ。私今からそれが楽しみなの」
彼女は、はしゃぎたい気持ちを抑える子供のように無邪気にしゃべった。
「もう制作する作品の主題は決まってるの?」
恐る恐る彼女に訊くと
「うん。決まっているよ。心象風景を主題にしようと思っているの」
希望に満ちた瞳の彼女の言葉に、思わず訊き返していた。
「えっ、心象風景?」
「そう、私の作風に合わなそうな心象風景画」
その通り。そんな言葉をもらしかけて、私はそのまま口をつくんだ。
「私の絵は写実的すぎて、そういうテーマには合わないと思ってるんでしょ。」
私の顔をのぞき込みながら、小林さんは、ふふっと笑った。
「う、うん」
言葉に詰まりながら、うなずくと
「一之瀬さんは正直だね。すぐに顔に出るから」
と言われて、身体が、かーっと熱くなった。
「でもほんとに自分でもそう思うの。けどやりたいの。橘光行とかすごいでしょ。ああいう絵を観てると私も描いてみたいと思うんだ。私なりの心象風景画を」
橘光行は、日本の画壇では心象風景画の第一人者だ。彼の絵を観ていると、いろんな想像をかきたてられたりする。まさに心象風景画の醍醐味だ。
「もっと観る人にいろんな想いを伝えられるようになりたいの。それなら心象風景画が一番だと思うの」
彼女は廊下を歩きながらも、どこかもっと別の場所に目を向けていた。その視線の先は、私がどんなにがんばっても見ることのできない場所に違いない。いいなあ、すごいなあと思う反面、惨めな思いが、ふつふつと湧いてくるのを止めることはできなかった。
自分の傾向とは違うけれども、それでもあえてチャレンジしようという意気込み、芯の強さ、全てが彼女を祝福しているように見えた。きっと彼女なら、自分の苦手分野であろうとも、芸術の第一人者へと登りつめるだろう。
「おはよう、一之瀬さん」
「おはよう、小林さん」
少し背筋の伸びる思いで、小林さんと並んで歩いた。
「これからゼミの教室に行くんでしょ」
「うん、小林さんもでしょ」
「うん、そうよ」
肩までかかる黒髪のストレートヘアーを揺らしながら、小林さんはうなずいた。
「今日はまだ実技の練習だって先生は言ってたけれど、今回の練習が終われば、個人個人の自主制作に入ると言ってたでしょ。私今からそれが楽しみなの」
彼女は、はしゃぎたい気持ちを抑える子供のように無邪気にしゃべった。
「もう制作する作品の主題は決まってるの?」
恐る恐る彼女に訊くと
「うん。決まっているよ。心象風景を主題にしようと思っているの」
希望に満ちた瞳の彼女の言葉に、思わず訊き返していた。
「えっ、心象風景?」
「そう、私の作風に合わなそうな心象風景画」
その通り。そんな言葉をもらしかけて、私はそのまま口をつくんだ。
「私の絵は写実的すぎて、そういうテーマには合わないと思ってるんでしょ。」
私の顔をのぞき込みながら、小林さんは、ふふっと笑った。
「う、うん」
言葉に詰まりながら、うなずくと
「一之瀬さんは正直だね。すぐに顔に出るから」
と言われて、身体が、かーっと熱くなった。
「でもほんとに自分でもそう思うの。けどやりたいの。橘光行とかすごいでしょ。ああいう絵を観てると私も描いてみたいと思うんだ。私なりの心象風景画を」
橘光行は、日本の画壇では心象風景画の第一人者だ。彼の絵を観ていると、いろんな想像をかきたてられたりする。まさに心象風景画の醍醐味だ。
「もっと観る人にいろんな想いを伝えられるようになりたいの。それなら心象風景画が一番だと思うの」
彼女は廊下を歩きながらも、どこかもっと別の場所に目を向けていた。その視線の先は、私がどんなにがんばっても見ることのできない場所に違いない。いいなあ、すごいなあと思う反面、惨めな思いが、ふつふつと湧いてくるのを止めることはできなかった。
自分の傾向とは違うけれども、それでもあえてチャレンジしようという意気込み、芯の強さ、全てが彼女を祝福しているように見えた。きっと彼女なら、自分の苦手分野であろうとも、芸術の第一人者へと登りつめるだろう。


