「大丈夫。おねえちゃんは怪しい人じゃないよ。ここの学生なの。ほら」
私はそう言うと一之瀬桃子と名前が書かれている学生証を男の子に見せた。
「おねえさん、ここの美大生なの?!」
急にびっくりするくらい大きな声を男の子があげた。並木道を通っている他の通行人がなんだなんだといった表情をしてこちらを見ている。
「そんなに驚くことじゃないでしょ」
なんだか恥ずかしくなって、私がうつむくと、男の子はコロのリードを引っ張りながら言った。
「だって、僕のお姉ちゃん、高校三年生なんだけど、ここの大学が第一志望なんだ」
「えっ、うちの大学受験って、美大志望なの?」
どきりとした。この男の子のお姉さんも、かつての私のような気持ちで受験に臨もうとしているのかもしれないと思うと、心の中がざわついた。
「うちのお姉ちゃん、ものすごく絵が得意なんだよ」
男の子は自分のことのように自慢してきた。
「そんなことより、消毒しなくちゃ。さっ、こっちだから」
私は自分の気持ちを封印するかのように、慌てて男の子の手を引いた。
「僕の名前は、中村健太」
「えっ?」
いきなり名前を言い出した男の子に私は戸惑った。
「だって、ほら、おねえちゃんも、名前教えてくれたでしょ」
健太君は、警戒のなくなった顔でにっこり笑った。
「そう、そうだよね。そうかあ、君、健太君って言うのね」
私と健太君はコロを引き連れて、並木道を通り、途中で左折してそのまま真っ直ぐ歩いて行った。そのうち住宅街が見えてくる。その一角にある青い屋根の二階建ての一軒家が私の家だ。私には兄弟もいないので、父と母と三人で暮らしている。この時間だと母は仕事でまだ帰ってもいない。
私は家の門を開けると、コロを家の庭の中の柵につないだ。それから玄関のドアを開けて健太君を家の中へと案内した。
健太君を居間へと連れて行くと、ソファに座らせ、救急箱から消毒液と絆創膏を取り出した。
「少ししみると思うけど、我慢してね」
「うん」
健太君は元気よく返事をしたけれど、やっぱりちょっとしみるらしくて、顔をそらして、目をつぶった。
「はい、これでもう大丈夫」
私はそう言うと一之瀬桃子と名前が書かれている学生証を男の子に見せた。
「おねえさん、ここの美大生なの?!」
急にびっくりするくらい大きな声を男の子があげた。並木道を通っている他の通行人がなんだなんだといった表情をしてこちらを見ている。
「そんなに驚くことじゃないでしょ」
なんだか恥ずかしくなって、私がうつむくと、男の子はコロのリードを引っ張りながら言った。
「だって、僕のお姉ちゃん、高校三年生なんだけど、ここの大学が第一志望なんだ」
「えっ、うちの大学受験って、美大志望なの?」
どきりとした。この男の子のお姉さんも、かつての私のような気持ちで受験に臨もうとしているのかもしれないと思うと、心の中がざわついた。
「うちのお姉ちゃん、ものすごく絵が得意なんだよ」
男の子は自分のことのように自慢してきた。
「そんなことより、消毒しなくちゃ。さっ、こっちだから」
私は自分の気持ちを封印するかのように、慌てて男の子の手を引いた。
「僕の名前は、中村健太」
「えっ?」
いきなり名前を言い出した男の子に私は戸惑った。
「だって、ほら、おねえちゃんも、名前教えてくれたでしょ」
健太君は、警戒のなくなった顔でにっこり笑った。
「そう、そうだよね。そうかあ、君、健太君って言うのね」
私と健太君はコロを引き連れて、並木道を通り、途中で左折してそのまま真っ直ぐ歩いて行った。そのうち住宅街が見えてくる。その一角にある青い屋根の二階建ての一軒家が私の家だ。私には兄弟もいないので、父と母と三人で暮らしている。この時間だと母は仕事でまだ帰ってもいない。
私は家の門を開けると、コロを家の庭の中の柵につないだ。それから玄関のドアを開けて健太君を家の中へと案内した。
健太君を居間へと連れて行くと、ソファに座らせ、救急箱から消毒液と絆創膏を取り出した。
「少ししみると思うけど、我慢してね」
「うん」
健太君は元気よく返事をしたけれど、やっぱりちょっとしみるらしくて、顔をそらして、目をつぶった。
「はい、これでもう大丈夫」