「お勉強って言ったって、教員免許や学芸員の資格をとるためのものだもん。しかたないよ。成美だって私と同じ三年なんだから、そろそろ就活の準備しないと駄目じゃん」
「大丈夫よ。そっちもぬかりなくやってるわ」
喫茶店でアールグレイの紅茶を飲みながら、成美は鞄の中から手帳を取り出した。
「私だってただ遊んでいるだけじゃないのよ。サークルの中のOBとかいろんなツテがこの手帳の中に入ってるんだから。人脈って大事なのよ」
そう言うことを平気で言える成美は、なんだかすごいと思ったけれど、少し茶々を入れたくなった。 
「ツテやコネがあっても能力ないと無理じゃない」
「何よ。私には能力ないとでも言いたいの」
むっとした調子で成美は口をあげたけど、そのあと涼しい目で私を見た。
「桃子だって能力ないから、そうなってるんじゃない。教員免許だ、学芸員だって言いながら、画家になるなら、教員免許も学芸員の資格もいらないじゃない」
 私は一瞬恥ずかしさと怒りで、かーっと身体が熱くなった。もともとあまり怒ることのない性質だったが、この時ばかりは、さすがに頭にきた。でも、成美の言うことは正直当たっていた。だから余計悔しくて、悔しくてしかたなかった。
「帰る!」
突如私は帰る宣言をすると、唖然とする成美を残して喫茶店を後にしたのは、つい先日のことだ。
『私いったい何をしているんだろう』
大学の講義のノートを鞄の中に片づけると、のろのろとした足取りで大学を出た。
 私の家は大学から歩いて十分ほどの距離にある。まさに近場であり、遅刻することもない。むしろ、前通っていた高校の方が電車通学だったので、大変だった。物心ついた時から、大学が家のそばにあった。そこに通う大学生の姿を見るにつけ、あそこに学校があるのだから、自分もいずれそこに通うのだろうと思っていた。けれども、小学生になってみると、そことは違う学校に通いはじめて、初めてあそこは美術大学というところで、絵を描くための学校であることを知った。それなら自分とは無縁な場所なのだろうと、なんとなく思っていた。