夢見る気持ち

私のそんな気持ちなど気づきもせず、成美と理恵は何やらおしゃべりしながら、そのバーに向かって歩き出した。人混みでごった返している都内の路地を通りながら、私は二人を見失わないように、後からついて行った。
しばらく路地を歩いて行くと、真新しい雑居ビルが見えてきた。理恵は迷うことなくそのビルへと入って行く。ビルの中に入るとエレベーターの横に各階のお店の表示が掲げてあった。
理恵は
「このお店なんだけど」
と言って、7F The sea of dolphins というお店を指し示した。おしゃれっぽいものを想像していたのだけど、店名がイルカの海だなんて、なんとなくかわいいものを連想して、私はちょっと安心した。
三人で狭いエレベーターに乗り込み、実際にそのお店の入り口を開いてみると、店内は暗くバーカウンターの後ろには色とりどりのお酒のボトルが置かれていた。そしてその辺り一面から海の中にいるようなアクアマリンの照明が照らし出されていた。
カウンターの中央には四十代ぐらいのバーテンダーがグラスを拭きながら、ドアを開いた私達を出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
大人っぽい雰囲気のその空間に、私が呑まれそうになっていると、バーテンダーは目ざとく理恵に気づき声をかけてきた。

「佐藤様、またお越しになってくださったのですね」
礼儀正しいイギリス紳士のように、一礼すると、にこやかな笑みで私達をカウンターの中央席へと誘導してくれた。まだ五時を少し回ったぐらいだったので、他の客の姿はなかった。
「今日はお友達とご一緒ですか」
「ええ、そうなんです。高校時代の同級生なんです」
いかにも常連といった感じで話す理恵を見てると、大学生の自分とは違い、ずいぶん大人っぽく見えた。成美も成美で、バーテンダーに余裕で笑顔を振りまき、
「素敵なバーですね」
なんてことを平気で言っていた。きっとサークル仲間と、たまにバーに行ったりしていて慣れているのだろう。私のようなおのぼりさんとはまた違っていた。