美香さんも絵を見終わると、手元にある紅茶を飲み、クッキーを食べた。
「美味しいですね、この紅茶」
彼女もほっとしたように紅茶のカップを手で囲み、ゆったりとしている。
「あの、親御さんは美大に行くの反対してるんですか」
その話になると、穏やかな表情を浮かべていた美香さんの顔が、一瞬ぴんと張りつめた表情へと変わった。
「この間健太君がそう言ってたから」
美香さんはこのおしゃべりめといった目つきで健太君をじろりと見た。一方健太君は、なんてことないといった表情でクッキーにかじりついていた。
「あのまずかったですか」
ちょっと心配になって私が言うと、美香さんは慌てて首を振った。
「そんなことないです。でも一之瀬さんに余計な心配をおかけしてしまったような気がして……」
申し訳なさそうな顔をしながら、美香さんは手元の紅茶をじっと見つめた。
「美大は特殊だからね。親御さんが心配するのも分かるような気がします」
私の周りにもそういう人達はいた。なんとか受験用の予備校に通わせてもらってはいるけど、親的には反対で大学に行くなら画家ではなくて学芸員や教師になるのが条件だという人も何人かいた。
「私の親は反対なんです。実は叔父が画家なんですが、あまり絵が売れてないんです。バイトをしながら個展を開いたりしているのですが。たぶんそういうことで親は反対なのだと思います」
親は安定した職に就いて欲しいと思うのは当たり前といえば、当たり前の話だ。でもその話を聞いて、私の胸の辺りはきゅうっとつかまれたような気がした。画家になれたとしても、美香さんの叔父さんのような生活が待っているかもしれないのだ。金銭的に辛い中、創作を続けていく努力は並大抵ではないだろう。それでも美香さんの叔父さんは創作をしているのだ。学芸員や教師になるのだって、採用試験に受からなければならない狭き門だ。けれども、画家という看板を出し続けるのは、まさに孤独な戦いに思えた。私はそんな道を歩きたいのだろうか。いったいどんな未来を思い描けばいいのか、私の心は迷っていた。