そんな想いを抱くようになったのは、二年生になってからだ。一年の時は大学という環境になれるだけで、前も後ろも分からなかった。けれども、だんだん周りの力量を見せつけられるうちに、どんどん心が卑屈になっていくのが分かった。画家になりたいと言っていた自分が、なんだか恥ずかしくなってきた。こんなことで、画家になれるわけがない。冷静な視線で、物事を見るもう一人の自分がささやくのだ。そしてあざ笑っていく。そんな自分が嫌いなのも分かる。それでもその心の内は止められないのだ。どうしたらもっと前向きになれるのだろうか。どうしたら画家という目標から逃げずにいられるのだろうか。
そんな今の私に、真っ直ぐな視線の美香さんに果たして何を答えられるのだろうか。怖い思いと緊張した思いが絡み合いながらも、私は蒸らした紅茶をカップに注ぎ終えると、二人の待つ居間へとカップとクッキーを運び、なるべく笑顔を浮かべながら、二人の前へと紅茶を並べた。
「わあ、すごいいい匂いだ」
満面の笑みを浮かべながら、犬のように鼻をくんくんさせて、健太君は紅茶のカップを手に取った。そして一気に飲み干すと
「甘い!」
と一声叫んだ。
「それはストロベリーティーだよ。だから甘いの」
彼はにこにこしながら、今度はクッキーをばりばりと頬ばり出した。
「うまい、うまい!」
健太君は満足そうにクッキーを手に、にんまりしている。一方美香さんは、居間に飾ってある私の描いた植物画を凝視していた。それは勢いよく咲いている黄色のバラを油絵で描いたものだった。
「あの絵はひょっとして、一之瀬さんの描いたものなのでしょうか?」
その問いに、私の手は汗ばんだ。
「ええ、そうです」
私の答えを聞くと、彼女はまた黙ってその絵を見つめていた。デッサンも油絵もいまいちな私の絵を見て、彼女はなんと言うだろう。その絵は居間の彩りになればと思って、鮮やかな色の黄色のバラを選んで描いたものだった。バックはくすんだ緑色で花瓶は紺色の陶磁器。色のバランスはとれていると思うのだけど。どうだろうか。固唾を呑んで彼女の返事を待っていると、美香さんは目をしばたたきながら、こう言った。
「素敵ですね。私もこういった植物画は好きです」
あたり障りのない言葉を選びながら、彼女は言っているようにも見えたが、その目は噓はついているようにも見えなかった。美香さんは熱心に私の筆のタッチを追っているようだった。少しほっとすると、紅茶を一口すすった。よかった。私の絵があんまりにもひどくて、がっかりしちゃったら、何にも言えないもん……。甘いストロベリーティーが、私の心をほんのり明るくしてくれた。