立ち話もなんだったので、私は二人を連れて、自宅へと戻った。ちょうどゴールデンウィークということで、私の両親は二人で旅行へ行ってしまっていた。家はどうせ誰もいないのだから、まあいいかと思い二人を家へと招き入れた。アリスの写真の飾ってある居間へと通すと、美香さんは目ざとくその写真を見つけ、私に言った。
「この間健太がお邪魔した時、アリスちゃんのことを言っていたので、私も興味を持ったのですが、本当にうちのコロとそっくりですね」
美香さんは嬉しそうにそう言うと、飾ってある写真をまじまじと見つめていた。その目元は健太君にそっくりだった。くっきりとした二重まぶたに、大きな瞳が好奇心旺盛そうにくるりと動いていた。
「今日はコロちゃんは一緒じゃないんだね」
「コロは家においてきたんだ。まだ散歩の時間じゃないからね」
健太君は、胸を張って答えた。
「ふーん、そうなんだ」
私は健太君と美香さんを交互に見ながら、二人に訊いた。
「美香さんは紅茶でいいですか。健太君はジュースの方がいいかな」
「僕も紅茶でいいよ!」
どうも健太君は大人の仲間入りをしたいらしく、ジュースとは言わずに紅茶だと言い張った。
「じゃあ、二人とも紅茶ね。用意するからソファに座ってて」
私は台所に行くと、三人分の紅茶を作るためにお湯を沸かし、クッキーを用意した。その間、元気そうな健太君の声と、美香さんが健太君をたしなめる声高な声が聞こえてきた。一見すると美香さんは、おとなしめなお嬢さんに見えるけど、実はそうじゃないのかもしれないと思った。
そういえば、健太君が絶対画家になってやる! ってお姉ちゃんがうるさいと言ってたけど、どうやらそれは言い過ぎというわけでもないのかもしれない。私は紅茶を蒸らしながら、深呼吸をした。先ほどのスケッチとは思えないデッサンのようなスケッチの技量を見せつけられて、何をしゃべったらいいのか正直分からなかった。けれども、親に反対されている彼女の立場に寄り添うことぐらいはできるかもしれない。
そもそもあんなに描ける才能があるのに、埋もれさせる手はないんじゃないか。その一方で、もし彼女が同じ美大生になったら、それこそ敵が増える。そんな手伝いをしていいものかどうか不安な自分がいた。ふと同じ学年の小林あかりのことを思い出した。美大で知り合った彼女は、私と同じ油絵学科だ。
同じ授業を受け、デッサンをし油絵を描く彼女。その彼女の才能もたぐい稀なものだった。私と同じ対象物を描いても、構図が斬新で、色使いや絵のタッチも独特で、それはまるで絵の中に炎を宿しているような不思議な力強さを感じるのだ。それと比べて自分の絵はなんと平凡なのだろうかと思ってしまう。ただなんとなく、本物のように描いた絵は確かに上手かもしれないけれど、心の中を揺さぶるような何かはどこにもないような気がした。なぜ私にはないのだろうか。焦って教室内を見渡すと、小林あかり以外の生徒達も、私よりずっとうまい絵を描いている。私は……、私はここにいるべきじゃないのかもしれない。
「この間健太がお邪魔した時、アリスちゃんのことを言っていたので、私も興味を持ったのですが、本当にうちのコロとそっくりですね」
美香さんは嬉しそうにそう言うと、飾ってある写真をまじまじと見つめていた。その目元は健太君にそっくりだった。くっきりとした二重まぶたに、大きな瞳が好奇心旺盛そうにくるりと動いていた。
「今日はコロちゃんは一緒じゃないんだね」
「コロは家においてきたんだ。まだ散歩の時間じゃないからね」
健太君は、胸を張って答えた。
「ふーん、そうなんだ」
私は健太君と美香さんを交互に見ながら、二人に訊いた。
「美香さんは紅茶でいいですか。健太君はジュースの方がいいかな」
「僕も紅茶でいいよ!」
どうも健太君は大人の仲間入りをしたいらしく、ジュースとは言わずに紅茶だと言い張った。
「じゃあ、二人とも紅茶ね。用意するからソファに座ってて」
私は台所に行くと、三人分の紅茶を作るためにお湯を沸かし、クッキーを用意した。その間、元気そうな健太君の声と、美香さんが健太君をたしなめる声高な声が聞こえてきた。一見すると美香さんは、おとなしめなお嬢さんに見えるけど、実はそうじゃないのかもしれないと思った。
そういえば、健太君が絶対画家になってやる! ってお姉ちゃんがうるさいと言ってたけど、どうやらそれは言い過ぎというわけでもないのかもしれない。私は紅茶を蒸らしながら、深呼吸をした。先ほどのスケッチとは思えないデッサンのようなスケッチの技量を見せつけられて、何をしゃべったらいいのか正直分からなかった。けれども、親に反対されている彼女の立場に寄り添うことぐらいはできるかもしれない。
そもそもあんなに描ける才能があるのに、埋もれさせる手はないんじゃないか。その一方で、もし彼女が同じ美大生になったら、それこそ敵が増える。そんな手伝いをしていいものかどうか不安な自分がいた。ふと同じ学年の小林あかりのことを思い出した。美大で知り合った彼女は、私と同じ油絵学科だ。
同じ授業を受け、デッサンをし油絵を描く彼女。その彼女の才能もたぐい稀なものだった。私と同じ対象物を描いても、構図が斬新で、色使いや絵のタッチも独特で、それはまるで絵の中に炎を宿しているような不思議な力強さを感じるのだ。それと比べて自分の絵はなんと平凡なのだろうかと思ってしまう。ただなんとなく、本物のように描いた絵は確かに上手かもしれないけれど、心の中を揺さぶるような何かはどこにもないような気がした。なぜ私にはないのだろうか。焦って教室内を見渡すと、小林あかり以外の生徒達も、私よりずっとうまい絵を描いている。私は……、私はここにいるべきじゃないのかもしれない。