「一之瀬おねえちゃん!」
見ると、健太君がいた。
「よかったあ。やっぱり一之瀬おねえちゃんだ。僕遊びに行くって言ってたでしょ。なのにちっとも一之瀬おねえちゃんに会えないんだもん」
にこにこ笑いながらしゃべる健太君に、私はちょっと悪い気がした。できれば、会わないで済めばいいぐらいに思っていたのに、こんなにも再会を喜んでくれたのが、申し訳ない気持ちだった。と、するとこの絵を描いてる少女はひよっとして……。
「ほら、お姉ちゃん、この人が美大生の一之瀬おねえちゃんだよ」
健太君のお姉さんは、鉛筆の手を止めると、こちらに顔を向けた。
「初めまして、中村美香と言います。この間うちの弟がお世話になりました」
美香さんは、稟とした声でそう言うと、私に深々とお辞儀をした。私は慌てて頭を下げて答えた。
「いえいえ、大したことしてないんで気にしないでください」
「あの!」
急に大きな声を美香さんは出した。
「は、はい!」
つられて私も大きな返事をすると
「私の絵、どう思います。と言っても、今ちょっとスケッチしただけなんですけど」
その目はとても真剣だった。私はどう答えてよいか分からなかった。彼女の絵は完璧すぎて、非の打ちどころがなく、スケッチといえども、私から見ると、何十時間もかけてデッサンしたような作品に仕上がっていたのだ。彼女が本当にデッサンしたら、どんなすごいものを仕上げてくるのか、正直怖い気がした。明らかに自分の技量よりも上の人に、どんな講評をしたらいいのか、分からなかった。一方固唾を呑んで私の言葉を待っている彼女の顔はかわいそうなぐらい青ざめていた。
「私が思うにいいと思います」
うまい言葉が見つからず、しどろもどろになりながら、そう答えていた。
「あの、いいって、どこらへんがですか」
「全部です!」
ほとんど投げやりなような調子の声で言ってしまった。私の胸の内は羨望とともに、悔しさがにじみ出ていた。私にはこんな風に描けない。客観的な冷静な目で見られる視点が、彼女のスケッチにはありありと浮かんでいた。しかし言ってしまってから、ちょっとまずいなと思った私は、もう一度そのスケッチを眺めた。そしてどこかで見たことのある少女の姿にまた目が留まった。
「この少女は?」
「ああ、これは私の姿です。私どうしてもこの美大に入りたいんです。だから、自分が大学生になって通っている風景を描いてみたんです」
彼女は少し頬を赤らめながら、照れた笑いを浮かべた。
完璧に現実を描写していると思っていた彼女のスケッチは、想像画だったのだ。現実と想像の交錯する辺りに芸術はあるのかもしれない。でもその源は画家になりたいという切なる願い、絵を描いて行きたいという切なる願いなのだ。その想いはきっと私だって同じなのだ。技量は違うかもしれないけれど、三年前の私と彼女の気持ちは同じなのかもしれない。そう思うと、彼女と向き合う勇気がほんの少しだけ湧いてくるような気がした。
見ると、健太君がいた。
「よかったあ。やっぱり一之瀬おねえちゃんだ。僕遊びに行くって言ってたでしょ。なのにちっとも一之瀬おねえちゃんに会えないんだもん」
にこにこ笑いながらしゃべる健太君に、私はちょっと悪い気がした。できれば、会わないで済めばいいぐらいに思っていたのに、こんなにも再会を喜んでくれたのが、申し訳ない気持ちだった。と、するとこの絵を描いてる少女はひよっとして……。
「ほら、お姉ちゃん、この人が美大生の一之瀬おねえちゃんだよ」
健太君のお姉さんは、鉛筆の手を止めると、こちらに顔を向けた。
「初めまして、中村美香と言います。この間うちの弟がお世話になりました」
美香さんは、稟とした声でそう言うと、私に深々とお辞儀をした。私は慌てて頭を下げて答えた。
「いえいえ、大したことしてないんで気にしないでください」
「あの!」
急に大きな声を美香さんは出した。
「は、はい!」
つられて私も大きな返事をすると
「私の絵、どう思います。と言っても、今ちょっとスケッチしただけなんですけど」
その目はとても真剣だった。私はどう答えてよいか分からなかった。彼女の絵は完璧すぎて、非の打ちどころがなく、スケッチといえども、私から見ると、何十時間もかけてデッサンしたような作品に仕上がっていたのだ。彼女が本当にデッサンしたら、どんなすごいものを仕上げてくるのか、正直怖い気がした。明らかに自分の技量よりも上の人に、どんな講評をしたらいいのか、分からなかった。一方固唾を呑んで私の言葉を待っている彼女の顔はかわいそうなぐらい青ざめていた。
「私が思うにいいと思います」
うまい言葉が見つからず、しどろもどろになりながら、そう答えていた。
「あの、いいって、どこらへんがですか」
「全部です!」
ほとんど投げやりなような調子の声で言ってしまった。私の胸の内は羨望とともに、悔しさがにじみ出ていた。私にはこんな風に描けない。客観的な冷静な目で見られる視点が、彼女のスケッチにはありありと浮かんでいた。しかし言ってしまってから、ちょっとまずいなと思った私は、もう一度そのスケッチを眺めた。そしてどこかで見たことのある少女の姿にまた目が留まった。
「この少女は?」
「ああ、これは私の姿です。私どうしてもこの美大に入りたいんです。だから、自分が大学生になって通っている風景を描いてみたんです」
彼女は少し頬を赤らめながら、照れた笑いを浮かべた。
完璧に現実を描写していると思っていた彼女のスケッチは、想像画だったのだ。現実と想像の交錯する辺りに芸術はあるのかもしれない。でもその源は画家になりたいという切なる願い、絵を描いて行きたいという切なる願いなのだ。その想いはきっと私だって同じなのだ。技量は違うかもしれないけれど、三年前の私と彼女の気持ちは同じなのかもしれない。そう思うと、彼女と向き合う勇気がほんの少しだけ湧いてくるような気がした。