取引先会社との打ち合わせで部長の議事録係として参加したとき、目の前に座っていたのが遼太郎だった。

 皮膚の薄そうな白い肌に、ゆるめのパーマのかかった黒髪、どちらかというと童顔であるその顔には、無害です、とはっきり描いてあった。

 彼には猫をかぶることも、肉食獣になる必要もなさそう。そういう異性の方は燃費良く対応できるので、私的にははじめから好感度が高い。

 打ち合わせの20分後、私は遅めの昼食を取るために牛丼屋を訪れた。券売機の前に立ってすぐ、さきほどの議事録係の彼がカレーを食べていることに気づく。

 牛丼屋のカレーの美味しさを知っていたので、思わず話しかけてしまった。遼太郎は『さきほどはありがとうございました』と、社会人としての最低限の挨拶はかろうじてできたって感じ。顔はガチガチに緊張していた。

 どうにかコミュニケーションを取らなければ。おそらく、その思考にたどり着いた遼太郎が、おそるおそる隣の椅子をひいて、やわらかい声で放った言葉。


『一緒に食べませんか?』


 あの瞬間、私の中に恋がころんと落ちてきた。

 ひとりで生きると豪語していた私が、ゲームのバグのようなタイミングで恋愛をスタートさせた、おかしな世界は現在に至る。



「牛丼屋の匂いが俺を裏切ったことないよ、いつだってグッドスメル」
「…食べる?しばらくは食べれないよね、たぶん」
「いや、さすがにやめとくし、無理でしょ。もうちょっと麗華と歩きたい」


 遼太郎は笑い顔と泣き顔が似ている。今のはたぶん、笑っていた。ずっとこうして笑っていてくれたらいいのに。 


 スケボーに乗った男の子たちが私たちをスイスイ追い越していく。こちらを見向きもしない。夜風を感じることに忙しそうだ。

 そういえば、付き合う前のデート帰りの行動パターンはわりと決まっていた。

 なんとなくまだ帰りたくなくて、でも帰りたくないとはっきり言える関係ではなくて。

 フラフラと歩いて運良く見つけたタピオカ屋で、飲みたくもないタピオカミルクティーのタピオカ抜きを吸いながら、縁石に座ってスケボーブラザーズを観察する。

 しばらく観察を続けて得た私たちの見解。
服のダボ率が高ければ高いほど、ヒエラルキーは上説。

 たぶん、これが最後の観察大会になるので、見解を確固たるものにしたい。


「…今日のブラザーズ、接戦じゃない?」
「ダボファッションのレベル高い。最終回にして幹部の集いか?」
「あー待って、あの赤いニット帽の子、ダボりすぎて全ケツになってる…!」
「はい優勝。リーダーは全ケツボーイ、君に決めた」
「ほぼ脱いでるのになんで脱げないんだろうね」
「真の見せパンを見た気がする」


 多方面から怒られそうなおバカな会話でも、夜は常に平等でいてくれる。

 史上最低な今日という日でも、私たちを飴の包み紙のようにまあるく包んでくれた。