「……──醜い豚が、いつまで俺に触っているつもりだ? アンジェリカの妹だからと仕方無く話を聞いてやれば、平然と嘘を口にしてアンジェリカを貶しやがって」

 先程までの胸焼けするような無駄に甘い声とは大違いの、低く背筋が凍るような冷たい声音。
 その無表情も相まって、恐怖は何倍にも増してしまった。

「え、え……? はく、しゃくさま……?」
「大体この俺が何も知らないとでも思ったのか? お前が自分の悪行を全てアンジェリカに擦り付けていた事ぐらい全部把握してるに決まってるだろう。お前が、見目が良ければ誰彼構わず股を開くような下品で卑しい女だって事も勿論把握している」
「そ、そんな……っ」

 辺境伯様の怒涛の口撃に、妹は涙を流して膝から崩れ落ち、絶望から体を震えさせる。

「俺は最初からアンジェリカと結婚するつもりだった。アンジェリカ以外の女に興味は無いし、お前のような下品で卑しい豚など存在すらも汚らわしい」

 まるでゴミを見るかのような目で妹を見下して、辺境伯様は次々に背筋が凍るような言葉を吐く。
 先程までわたくしに向けられていた熱い視線は何だったのか。先程までの姿が全て夢幻だったんじゃないかと思い込んでしまう程の、あまりの変貌。

「スカル、さっさとこの雌豚を返品しろ。俺とアンジェリカの邪魔をした畜生だ、丁重に(・・・)扱ってやれ。今後二度と社交界でアンジェリカを貶められないぐらい……徹底的にな」
「はっ!」

 どこからともなく現れた全身黒衣の男性が、妹の首根っこを掴んで部屋から消える。
 その際、妹の「いやぁあああああああああぁぁぁっ! あたしが、あたしがイケメンと結婚するのぉおおおおおおおおおっ!!」と言った下心全開の醜い断末魔が徐々に消えゆく。
 貴女がまだ遊んでいたいが為に、噂に翻弄されてわたくしに押し付けた結婚なのに。どうしてそんな風に嘆くのかしら。自業自得なのに……。
 まさかこんな所で身内の恥を晒す事になるなんて、と恥ずかしい気持ちになっているわたくしの頭からは、何故か、隣に立つ御方の事がすっぽりと抜けていて。

「……──さて。邪魔者も消えた事だし、今度こそ二人の愛を深めようか」
「あっ……」

 ひゅっと喉笛が鳴る。もう多重人格なのではと疑うしかない変貌っぷりで、辺境伯様はまたもやわたくしに熱い視線を向けてきた。

 こうして。わたくし、アンジェリカ・スハロウズはこの度、妹の身代わりで結婚した相手であるマークス・キースラクシード辺境伯様に囚われて──何故か、訳も分からず、溺愛されてしまうようです…………。