「別にどこも行かないよ。……心配なら膝枕でもしてあげようか? それなら逃げられないでしょ?」

「……なら、頼む」

ソファの隣に座っていた黎が、私の膝に頭を載せて寝ころんだ。……え?

「ほ、本気でしたか……」

「真紅が言ったんだぞ?」

思わず敬語になってしまう。半ば、売り言葉に買い言葉だったから……。

いつもは見上げている黎を見下ろすのは、どことなく恥ずかしい。

「なあ、真紅」

「なに?」

「いつか、結婚しよう。真紅が、影小路の家とのこととか、この先にある陰陽師や退鬼師としてのこととか、全部気が済む形で落ち着いたら」

黎は、少し微笑んで、私の頬に触れながらそう言った。

――現状、私は本家筋の娘で、当主候補の一人として目されておかしくないらしい。私が小路を継ぐかどうかは、存在する問題だと黒藤さんも白ちゃんも言っていた。

「……私が黎をお婿さんにもらうんだよ?」

「なら、俺の嫁になってくれるか?」

黎の直球な言葉に、私の思考回路は慌てだす。言われた言葉が、だんだんと現実味を帯びて、理解を始める。ええと……。

「……私と一緒に、影小路に入ってくれる?」

「桜城の跡取りには架がいる。大丈夫だよ」

――黎が、私と同じ未来(さき)を見ている。

「……はい。よろしくお願いします」

私は小さい声で言った。黎の手が、頬をつまんでくる。

「ありがとう。……俺も、今は霊感が少し強い人間と大差ないらしい。力不足だけど、真紅の支えになれるようがんばるからな」

「うん、私も、黎のご家族に認めてもらえるようにがんばるから。……これからは、一緒にいてね?」

「ああ。……俺たち、一緒に生きていいんだからな」