嫌になる程殺菌された空間で、感じられるのはタンパク質の焼ける匂いと。


 突然平らになった、バイタルサインの音。


 モノポーラ(電気メス)を持つわたしの、手術用手袋に包まれた右手が、不意に痙攣した。


 目の前の手術台には、わたしの最愛の人がいる。


 誰かが「先生!」と叫んでいる。ああ、あれはオペナースの藤原さんの声だ。


 彼女は結婚を控えている。入籍届には、わたしと彼が保証人として名を書いた。この病院の病室で。


『人の幸せの保証とか、俺らやっちゃってんのウケるよなー、美織(みおり)

『もー、もっと真剣に心を込めて書いてよー』

『あ、やべ、心込めすぎて手が震えた』

『うわー、本当、いつにもまして字が汚いよ、秀和(ひでかず)


 これは三日前の会話。目の前で横たわるこの人との。


 そんな、


 最愛の人が、


 目の、


 前、


 で


「……ぃ、ゃ、」


 いや、いやいやいやイヤイヤイヤ嫌嫌嫌嫌嫌嫌――――――――



 嫌!!!!!!!




 わたしの心が絶叫したその瞬間、世界が止まった。