「でも、夏奈もわかっただろ?」
ここに来るまでに目的もなく歩いた道のり。俺が気づかないわけがない。
混乱して頭が真っ白になってすぐには気づけなかったけど、夏奈の決意と叫び、ちゃんと聞こえたよ。
「距離ができても、俺たちの関係に距離ができるわけじゃない」
どれだけ離れても関係ない。そんなものに引き裂かれるような関係を作ってきた覚えはないから。
「俺たちは、距離で繋がってたわけじゃないでしょ」
「そうだよね」
「そうだよ」
手を伸ばして、夏奈の頬に触れる。伝った雫をすくいとると、雲ひとつない快晴。夏奈の笑顔がいっきに晴れ渡った。
触れられる距離にいなくても、俺たちの関係は変わらない。
「わたしもごめんね。信じてないわけじゃなかったけど、言えなかった」
「うん」
夏奈の気持ちは十分わかった。
この笑顔がすべてだ。
「わたし自身、認めたくなかったの」
「うん、わかってる」
夏奈が言えずに隠していた理由は。
さらにその奥にずっと隠されていた気持ちも。
俺が言えなかったこと。そして、俺の本当の気持ちも。
「全部、わかってる」
「そっか」
「夏奈もでしょ」
「うん。わかってる」
言わなくてもわかってる。
この夏のせいかな。すべて伝わってくる。
爽やかな風に乗せて、夏奈のまっすぐすぎる気持ちが心にしみわたる。それは、夏奈も一緒なんだろうな。
「これからも一緒だよ」
「うん」
「この町には思い出がいっぱいだから、今度は新しくわたしの住む町で、たくさんの思い出をつくっていこうよ」
「いいね」
「家のすぐ目の前に海があるんだよ。すぐに行けちゃうよ」
「最高じゃん」
「最高だよ。だから……会いに来てね」
ここにきて、不安げになる夏奈はバカだ。無駄な心配すぎる。それほど、夏奈の中の気持ちが大きい。だから不安になるんだ。
ここは、あえて言わない。
言わないほうが深く伝わることもある。
今、触れられる距離にいる夏奈の髪を耳にかける。
顔がしっかりと見えた夏奈は、嬉しそうに微笑んだ。
「夏がいいね」
「今、夏なのに」
「今年は思い出を振り返る夏にしたから」
「最後にしようとしてたでしょ」
「うん。でも、できるわけがなかった」
夏奈がいろいろ寄り道をしていた理由。正直、そのことはむかつく。
終わりにしようという決意。終わりにしたくないという叫び。
夏奈も混乱してて複雑な気持ちだってわかってるけど、おもしろくないだろ。まんまと俺も夏奈との思い出を振り返ったけど。思い出がよみがえって、仕方なかったけど。
そのおかげで、お互い改めて思い知らされた。最後にできるわけなんてないって。だって、どこに行っても夏奈がいる。
離れられるわけがなかった。