「……もっと早く言ってほしかった」
「……うん」
「これからも一緒なんて嘘だ。夏奈は俺から離れていく」
「……うん」
「夏奈の隣には並べなくなる」
「……うん」

俺の言葉に夏奈はただ頷くだけ。
けど、その相槌でさえ震えているように聞こえるのは気のせいだろうか。夏奈は強い瞳で俺を見つめたまま。

「俺を、置いていくんだな」
「っ……うん」

夏奈の瞳が大きく揺れる。俺は意地悪だ。夏奈が困るとわかって、こんなことを言っている。困らせようと思って、言っている。八つ当たりだろうか。ずっと黙っていたから。俺に隠していたことに対して、腹を立てているんだろうか。

「……ごめんね」

揺れる瞳をまっすぐに向けたまま発された弱々しい声は、葉っぱの擦れる音にかき消された。
夏奈が困っている。夏の太陽のように明るくて眩しい夏奈の笑顔が、今はどこにもない。
俺がした。それを望んで、言葉を選んだ。

「ごめんね、日和」

無理して作った笑顔は、泣いているようにしか見えなかった。
……俺が言いたかった言葉は、これなのだろうか。
夏奈に伝えたいことは、夏奈を困らせるようなものだったのだろうか。モヤモヤを夏奈のせいにして、困らせて、悲しませて、俺は満足できたのだろうか。これで終わりにできるのだろうか。俺が本当に伝えたかったことは、夏の太陽のような夏奈の笑顔を濡らす言葉だったのだろうか。

──違う。
違う違う違う。
そんなんじゃない。
俺が伝えたいのはこんなことじゃない。

「……本当は、気づけなかったことが悔しい」

言ってもらえなかったことに、腹を立てているんじゃない。そんな小さい話じゃないんだ。

「寂しがり屋な君なのに、気づいてあげられなかったことが悔しい。ずっと傍にいたのに。ひとりで苦しんでいたのに」

俺は、そのことに気づけなかった。もっと早くに気づいてあげるべきだったのに。君が隠していたことを。
傍にいることが当たり前すぎて気づけなかった。そんなの言い訳にもならない。情けない自分が嫌になる。

「気づけなくて、ごめん」

俺だって知っているんだ。君が本当の本音を隠す人だってことくらい、とうの昔から知っている。そんな君だから、目が離せないんだ。そんな君だから、ずっと傍にいたんだ。いちばんに、声を聞きたいから。
本当に大切なことは、聞こうとしないと聞けないから。

「……ううん、日和は悪くないよ」
「いや。俺が悪い、俺のせいだ。傷つけるようなこと言ってごめん」
「わたしのせいだよ。隠してた。変わりたくなかったから」
「変わらないよ。それだけじゃ」
「でも、これからも一緒は嘘って……」

ついに夏奈の瞳から雫が一滴あふれた。
最低だ。
泣かせた。傷つけた。俺のいらないプライドのせいで。

「ごめん、八つ当たりした」

完全に失言だった。
八つ当たりでも、ダサいプライドを守るためでも、言っていいことと悪いことがある。