「どうしたの?」
「……別に」

俺の反応に不思議に思ったのか、顔をこちらに向けた。そのせいで、まっすぐな強い瞳にぶつかる。
この瞳に俺は弱い。吸い込まれそうになって、いつでも時間が止まったようになる。
夏奈は俺の考えていることをすべて見透かしているように思う。心の奥底の、俺の汚い部分まですべて。だから夏奈のこの瞳は、あまり好きじゃない。

「……言いたいことがあるなら言ってよ」

今まででいちばん弱々しい夏奈の声が、夏の空気にとける。また、セミの大合唱だけが響く。
……言いたいこと。
そんなの今さらだ。

「わたしは、日和の思ってることが知りたいよ」

いつも眩しい笑顔。それが今は、夕立のような陰りと不穏さを感じた。
ずっと一緒にいた。夏奈の言いたいことはわかってる。
俺はいつも言葉足らずだ。
言いたくないから。変えたくないから。変わりたくないから。
それでも、夏奈はわかっている。俺の思っていることも、感じていることも。言わなくても伝わっている。

「ねぇ、日和」

それなのに、俺に言わせようとする。言葉を欲している。風で揺れたやわらかい木漏れ日が、ゆらゆらと夏奈を照らす。
……嘘だ。
そんなのは、嘘だ。
俺は言葉足らずで、大事なことはいつも秘めていた。だから夏奈に伝わっている。なんて、そんなことはあるわけがない。
調子のいい勘違い。都合のいい信頼。
本当に思っていること、感じていることは正直俺自身もわかっていない。
俺がわかっていないことを、夏奈がわかっているなんて都合の良すぎる話はあるはずがない。
俺が言語化できない、表現できないことが、夏奈に伝わっているわけがない。
今まではそれでもよかった。
でも、もうよくないんだ。夏奈にとっては。
だから俺に、言葉を求めてきた。……最後に。