「ひいいい! 誰か助けてくんねぇかー!? おで、こんなとこで死にたくねえよー! お頼み申すー!」
「「誰か助けておくんなましー!」」
すっかり恒例となってしまった、ルージュにマッサージされている時だった。
荒れ地の方から叫び声が聞こえてくる。
「な、なんだ!? 誰かの悲鳴が聞こえるぞ!」
「行ってみましょう、ユチ様」
「よ、よし……と、その前に服っ!」
「ユチ様! そんな時間はございません!」
「あっ、ちょっ!」
半裸のまま連れ出される。
荒れ地の方で、小柄な人たちが大きなモンスターに襲われていた。
おまけに、敵はゴブリンやスライムなんかのザコではなかった。
「うおっ、Aランクのメガオークじゃねえか! こりゃ大変だ!」
Bランクモンスターであるオークの上位種だ。
魔法攻撃はできないが、その代わりに強靭な肉体を持っている。
こいつも筋肉ムキムキなので、一撃でも殴られたら大怪我をしてしまいそうだ。
「ユチ様、まずはあの者たちをこちらに呼びましょう!」
「よ、よし!」
俺とルージュは大声を張り上げる。
「おーい! こっちだー! 早くこっちに来ーい!」
「こちらに逃げてくださいませー!」
俺たちが叫んでいると、彼らも気付いたようだ。
全速力でこちらに走ってくる。
意外と足が速くて、メガオークを置き去りにしてきた。
「お、おい、大丈夫か!?」
「ぶひゃー! 助かったー! おではもう死んじまうのかと思ったぞー!」
「「わてらも助けてくれーい!」」
飛び込んできたのは、ドワーフの一行だった。
みんな小柄で立派な髭を生やしている。
先頭にいたドワーフ娘が一番豪華な格好だった。
もしかしたら、この子がリーダーかもしれん。
「怪我はないか!? 大変だったな!」
「ユチ様のお近くにいれば安心でございますよ」
メガオークは荒れ地の方からジリジリと近づいてくる。
俺たちを見て慎重になっているようだ。
だが、引き返す様子はない。
それどころか、気持ち悪くニタりと笑っていた。
「ひいいい! またあいつが来たー! お助けー!」
ドワーフ娘は俺の後ろに隠れる。
メガオークはかなり強力なモンスターだ。
何と言ってもAランクだからな。
村の中に入ったら結構な被害が出るかもしれない。
「ルージュ、ここで食い止めるぞ」
「仰せのままに。私めが処理して参ります」
あっ、そうか。
ルージュは元Sランク冒険者だった。
そういえば、彼女のバトルはまだ見たことがない。
ちょっと楽しみかも。
ルージュがメガオークに向かおうとしたときだった。
「生き神様! ワシにお任せくださいですじゃ!」
ソロモンさんがシュババババッ! とやってきた。
「ソ、ソロモンさん、めっちゃ足速いですね。畑の方にいたはずじゃ……?」
「騒ぎを聞きつけて、大急ぎで走ってきましたじゃ! あのモンスターを倒せば良いのですな! 超魔法が使いたく……いや、困っている人の助けが聞こえたのですじゃ!」
ソロモンさんはウキウキしている。
古の超魔法が使えそうだからだ。
しかし、この距離で使うのはさすがに危ない気がする。
「ユチ様、ここは私めにお任せください」
超魔法が炸裂する前に、ルージュがスッと出てきた。
不気味なほど静かな所作でメガオークへ向かう。
いつの間にか、彼女の両手には短剣が握られていた。
ど、どこから出したんだ。
『ガアアアア!』
うおおおお、メガオークの生咆哮だ。
さすがにAランクモンスターだな、結構迫力があるぞ。
しかし、ルージュは全く怖気づいていない。
静々と歩き、メガオークの目の前に着いた。
『ゴアアアア!』
すかさず、メガオークが殴りかかる。
ルージュはピクリとも動かない。
お、おい、危ないぞ!
「ユチ様の領地に無断で入ろうとするのは私めが許しません」
ルージュが音もなくナイフを振るう。
俺に見えたのはそれだけだった。
キラリと日の光を受けて、ナイフの軌跡が見えただけだ。
『グオオオオオ……オ?』
その直後……メガオークが分解された。
身体が爆発したとか、切り裂かれたとかではなく、分解されたのだ。
メガオークの体が目玉や皮、爪、肉などなど、体のパーツに分かれて地面へ落ちる。
しかも落ちるだけじゃなく、部位ごとに整理整頓されていた。
「「……え?」」
俺もソロモンさんも領民たちもドワーフ一行も、呆然とするしかなかった。
あまりにも一瞬の出来事で、何が何だか意味不明だった。
ルージュはハンカチで短剣を磨きながら歩いてくる。
ふんわりとしたメイド服にさえ、一滴の血もついていなかった。
キュッキュッと拭く音がその恐ろしさを増している。
――こ、これがSランク冒険者の実力か……。
領民たちは愚か、ソロモンさんですらプルプル震えている。
「な、なんという恐ろしい力の持ち主ですじゃ」
「ル、ルージュさんめっちゃ強いな……」
「さ、さすがは生き神様のお付きの方だ」
「エ、Aランクのメガオークがあんなに簡単に倒される……いや、分解されるなんて」
なんか、ルージュなら一人で魔王軍も倒せそうだな。
「ユチ様」
「は、はい!」
いきなり、ルージュに話しかけられビクッとした。
俺も分解されてしまうのだろうか。
ちょうどいい具合に裸にされてるし。
「素材も売れるので回収しておきましょう。後で私めがまとめておきます」
「う、うん、そうだね」
ルージュが短剣をしまったのを見て、ようやく安心できた。
「助けてくれてホントにあんがとな! おではドワーフ王国の王女ウェクトルと申すもんだ」
「え? 王女様だったんですか? これはまたお偉い方ですね。俺は一応領主のユチ・サンクアリと申します、どうぞよろしく……いてててて!」
ウェクトルさんはめちゃくちゃ力が強い。
握手しただけで手がヒリヒリした。
「まぁ、とりあえず俺の家に案内するのでついてきてください」
「どっひゃー! それにしても、すんげえ領地だなぁ! おでの国より栄えてっなー!」
「「こんりゃあ、えれーことだなー!」」
ドワーフ一行は案内されながら村を見て、めっちゃ驚いている。
感情豊かな性格らしい。
そのうち、俺の家に着いた。
「んで、ユチ殿! ここは何という場所なんかいな?」
「あ、デサーレチです」
まぁ、わかっていたが、デサーレチと聞いてドワーフ一行は固まった。
そして、その直後みんなで大騒ぎし始めた。
「ここはデサーレチだったかいな!? この世で最も死に近い土地と言われる、あのデサーレチ!?」
「あらゆる苦痛が存在しているという、あのデサーレチだってーな!?」
「死ぬより辛い苦しみを味わいたかったらそこに行け、と言われるデサーレチ!?」
ドワーフ一行はどっひゃー! と驚いている。
なんかまたリアクションの激しい来客だな。
ルージュがピキピキし始めたので、俺は慌てて本題に移る。
「そ、それにしても、皆さんはどうしてあんなところにいたんですか?」
道に迷ってしまったのだろうか。
「おでたちは探し物をしてたんよ。<ゴーレムダイヤモンド>って知ってっか? オーガスト王国の王様へ献上品を作ったはいいが、<ゴーレムダイヤモンド>だけ手に入らなくてなぁ。素材集めの旅に出たんよ。そしたら命の危険ばっかりでな! ガハハハッ」
ウェクトルさんたちはめっちゃ軽いノリで話している。
いや、そんな笑い話で済ましていいのか。
「<ゴーレムダイヤモンド>ならたくさんありますよ。使えそうなのあります?」
引き出しから適当にゴソッと出した。
「「ヴぇっ!?」」
ドワーフ一行は目を点のようにして固まる。
何度か見たような光景だった。
「「そ…………そんな簡単に出てくるのー!?」」
どっひゃー! どっひゃー! と祭りのように騒いでいた。
「他にも、<フローフライト鉄鋼石>とか<永原石>とかあるんですけどいります? というか、鉱山に案内しますよ」
「「!?」」
そのまま、デスマインに連れて行く。
彼女らの喜びようは言うまでもなかった。
ひとしきりお土産を上げて、家に帰ってくる。
「ユ゛チ゛殿! ごんな゛ずばらじい土地は初めでだ!」
ウェクトルさんたちは、涙と鼻水をダバダバ流して喜んでいた。
「あ、ありがとうございます。帰りはソロモンさんに王都まで転送してもらいますからね」
「「大賢者のソロモンまでいるだ!? 王都に転送!? この土地は天国だったかいな……グジュッ!」」
床が汚れたのでルージュがピキる。
「ソ、ソロモンさん! 転送お願いします! 超魔法使ってください!」
「ほいきた! 待ってましたですじゃ! さて、お主らには転送用の魔法札もあげますじゃ。ここに来たくなったら破りなされ」
「「そんな待遇まで……グジュグジュグジュッ!!」」
床の盛大な汚れもルージュのピキりも限界だ。
「じゃ、じゃあ、また来てくださいね」
「「この御恩は一生忘れませんだ!」」
「《エンシェント・テレポート》! この者たちを王都に転送せよ!」
「次来るときはハンカチを持ってくるようにお願いいたします」
ということで、無事にウェクトルさんたちも王都に転送された。
「それでは、ワシは荒れ地の方に行ってみますかの。まだメガオークの残りがいるかもしれんですからな」
「いや、絶対にいませんって! ちょっと、ソロモンさん!」
興奮しているソロモンさんを引き留めるのは、なかなかに大変だった。
◆◆◆(三人称視点)
ウェクトルたちは興奮冷めやらぬ様子で王宮へ向かっていた。
「姫様、これで王様へ無事に献上できまする」
「ユチ殿には感謝してもしきれんだ。ユチ殿は救世主だったんね」
ドワーフ王国とオーガスト王国は、古くから友好的な関係を結んでいた。
その印として、互いに献上品を交換するのが習わしだった。
だが、最近は近くの魔王領が慌ただしくなって、採掘計画が上手くいっていなかったのだ。
それにしても、とウェクトルはデサーレチのことをずっと思い出していた。
――あんなに貴重な鉱石の山は見たことないだ。いずれ、絶対にまた行くんだかんな。
ウェクトルたちの献上品を見て、オーガスト王と王女は歴代で最高に喜んだ。
デサーレチの話を聞いて、さらに驚き興味を抱き、彼らの話は夜まで続く。
そして、そのウワサはサンクアリ家にまで届くのであった。
「さてと、だいぶ村は聖域化できてきたな。あのデサーレチがこんなに栄えるとは俺も思わなかったぞ」
「ユチ様の御業のおかげで、目まぐるしく発展しておりますね。では、マッサージを再開いたします」
「い、いや、だから、もう……」
俺は色々諦めながら領地を見ていた。
ひび割れていた地面は消え、全て柔らかそうな草地となっている。
まぁ、畑はジャングルだけど元気が良いってことだよな。
デスリバーも日の光を受けてキラキラと輝いている。
デスマインなんて霊山みたいな雰囲気だ。
心なしか輝いて見えて、なかなかに美しい光景だった。
ここがあのクソ土地だったなんて、誰も信じられないだろう。
「へえ! ずいぶんと栄えてるじゃねえかよぉ! とんでもないクソ土地ってウワサじゃなかったのか!? ええ!?」
村を眺めていると、やたらうるさい男の声がした。
荒れ地の方からだ。
そういえば、村の中や奥にある畑や川は聖域化したが、荒れ地はまだだった。
村の入り口を境に、瘴気まみれの土地と聖域が区分けされているって感じだな。
「また来客か? 最近は良く来るな」
「いいえ、ユチ様。あの者どもは客ではないようです」
ルージュが険しい顔をして、荒れ地の方を睨んでいる。
村に向かって十数人の男が歩いてきた。
ずかずかこちらへ向かってくる。
相手を威嚇するような凶悪な服装なんだが……どうした?
見るからに商人ではないよな。
かと言って、冒険者でもなさそうだ。
「頭ぁ! あんなところに村がありますぜ!」
「まるで入ってきてほしいと言ってるみたいじゃないかよ!」
「こりゃあ、お邪魔するしかないですぜ! ちょっくら休ませてもらいましょうや!」
どいつもこいつも、質の悪そうな瘴気がまとわりついている。
ほっといたら死んでしまいそうなくらいだった。
「あんなに栄えてりゃ、旅人を丁重にもてなすのは当たり前だよなぁ! 楽しみでしょうがねえや! おい、お前ら、裸のヒョロい男がいるぞ!」
「「ギャハハハハハ! なんだよ、あいつ!」」
悪い奴アピールがすごいな、こりゃまた。
先頭にいるヤツなんか、袖のところがビリビリに引き裂かれた服を着ている。
ズボンに至っては穴だらけだ。
モンスターに襲われたのだろうか。
「こんなところに何しに来たんだろう? 商売のつもりじゃなさそうだし」
「見たところ、盗賊団の類のようです。きっと村を襲いに来たのでございます」
「ゲッ、マジかよ。盗賊団かぁ」
騒ぎを聞きつけて、ソロモンさんもやってきた。
「どうしましたかの、生き神様」
「ああ、なんか盗賊っぽい人たちがこっちに来るんですよ」
盗賊団はみんな、胸の辺りにひょこッと瘴気が見える。
邪悪な心の持ち主のようだ。
ソロモンさんは男達を見ると、ニッコリ笑った。
「どれ、ワシが超魔法で八つ裂きにしましょうかの」
「いえ、私めが処理いたします」
ソロモンさんは超魔法を、ルージュは分解の準備を始める。
「あっ、ちょっ、待っ」
領民たちもぞろぞろ集まってきた。
「いや、お二人の手を煩わす必要もありません。俺たちが戦います」
「そうですよ。私たちにやらせてください」
「なんか気持ちが高ぶってきたな」
いつの間にか、みんな筋骨隆々になっていた。
村で採れる作物やら魚やらを食べているから、自然とパワーアップしたんだろう。
盗賊団なんか一撃で葬り去りそうだ。
「では、みんなで行きましょう。私めについてきてくださいませ」
「「はーい」」
「ちょーっと待ったあああ!」
彼らの前に慌てて立ちはだかった。
裸で死ぬほど恥ずかしいが、そんなこと気にしていられなかった。
「生き神様、どうして止めるのじゃ?」
「ユチ様はお休みになられていてよろしいのでございますが」
ソロモンさんもルージュも、ポカンとしている。
本当に、どうして止めに入ったかわからないようだ。
「いくら盗賊団でも殺しはダメですよ!」
ソロモンさんは何らかの覚悟を決めた顔をしている。
「ワシはもう我慢するのやめたですじゃ」
「一番我慢しなきゃいけないとこー!」
ルージュの手には短剣が握られていた。
「さて……」
「頼むから、短剣はしまってくれー!」
領民たちに至っては、誰が真っ先に盗賊団をぶちのめすかで相談していた。
「実は私、格闘術を習ったことがありまして。最近、また訓練を始めたんですよ」
「実は俺、剣術にハマっていて。最近、巨大な岩を砕けたんだよ」
「実は僕、ソロモンさんに魔法を教えてもらってまして。最近、<エンシェント・ファイヤーボール>を覚えたんですよ」
「タンマ! タンマ! タンマ! タンマ! 殺しはダメ!」
必死にみんなを説得するが、全然戦闘態勢をやめない。
「いや、そんなことを言いましても……ワシだってそろそろ超魔法でスッキリしたいのじゃ」
「ユチ様に向かってあのような暴言。万死どころか億死、いや兆死に値します」
俺の領地で殺人事件など起きてほしくない。
超魔法なんか使ったら、あいつらが木っ端みじんに吹っ飛ぶ。
ルージュに至っては、生きたまま例のアレをやりかねない。
ど、どうすればいい。
そんなことをしていたら、盗賊団が村の入り口まで来てしまった。
「おい、お前が領主のユチ・サンクアリかよ? ずいぶんと弱そうなヤツだな」
先頭にいる男は、太陽を想像させるようなツンツンした髪型だ。
「俺たちはAランク盗賊団〔アウトローの無法者〕だ。ボンボンのお坊ちゃまでも名前くらいは聞いたことあんだろ? ええ?」
「〔アウトローの無法者〕……」
屋敷に閉じ込められていた俺でも、名前くらいは聞いたことがある。
あらゆる金庫や倉庫を破ってしまう盗賊団だ。
「名前が重複しておりますじゃ」
「クソダサいグループ名でございますね」
二人の指摘にアタマリたちは額がビキッとしていた。
言っちゃいけないことだったらしい。
「父親が直接殺しを頼むなんて、よっぽど親子仲が悪いみたいだなぁ! ま、恨むんなら自分のしょぼい人生を恨んでくれや」
何がそんなにおかしいのか、ギャハハハ! と大笑いしている。
というか、父親が殺人を依頼したってマジか。
本当に俺が邪魔のようだ。
アタマリが余裕の表情で村の敷居を跨ぐ。
「あっ、勝手に入らないでくれよ」
「へっ、俺様に命令すんじゃねえ。今からぶっ殺してやるからな。ビビッてちびるんじゃねえぞ」
同時に、その身体にくっついている瘴気が苦しみだした。
『ギギギギ……』
聖域化の効力はまだ存分に残っているらしい。
自動で浄化されていくようだ。
「こんなクソガキを殺すだけで2000万エーン貰えるなんてな。楽な商売だぜ」
「ユチ様……」
「ああ、瘴気が浄化されているな」
アタマリは何やら言っていたが、瘴気が気になってそれどころじゃなかった。
『ギギギギギギギ…………キャアアアアア!』
あっという間に、アタマリの瘴気が消え去った。
「おい、聞いてんのか!? まあいい。一発で楽にしてやるからじっとしてろよ。さあ! さっさと死…………ここで働かせてくださああああああい!!!」
突然、アタマリが叫び出す。
さっきまでのヘラヘラした感じはどこかに消え去っていた。
それどころか、ビシリと直立不動で立っている。
「え? い、いきなりどうした?」
「領主様、いや、ユチ様! どうか私ども〔アウトローの無法者〕をここで働かせてください! 我が命、燃え尽きるまでユチ様のために使います! こんなに美しい気持ちになったのは始めてです!」
ビシーッという音が聞こえそうな勢いでお辞儀する。
とてもキレイな直角だった。
「か、頭? どうしました?」
「何を言っているんです?」
「俺たちはこいつを殺しに来たんですよ?」
盗賊団もポカンとしている。
「うるせえ! お前らも早くユチ様に忠誠を誓うんだよ! ユチ様、申し訳ございません! 私の教育の不届きのせいでございます! どうか、どうか、お見逃しください!」
必死にペコペコするアタマリを見て盗賊団が殺気立った。
「てめえ! 頭に何しやがった!」
「頭が謝ることなんか、絶対にないんだよ! ズタズタに引き裂いてやる!」
「簡単に死ねると思うな!」
勢い良く村に入ってくる。
そして、彼らの瘴気も消えていく。
『ギギギギギ……キャアアアアアア!』
「「この野郎! ぶち殺してや…………俺たちもここで働かせてくださああああい!」」
いきなり、アタマリと同じく直立不動の直角お辞儀をしてきた。
あまりの急展開に理解が追いつかない。
「な、なにが、どうしたんだ?」
「おそらく、生き神様の聖域によって改心したんでしょうな」
「瘴気と一緒に彼らの邪悪な心も浄化されたと考えられます」
そんなことがあるのか?
でも、確かに瘴気は消え去ってるしな。
「ほら、もう大丈夫だぞ。辛かったよな」
「生き神様の近くに居ればもう安心だ」
「さあ、俺たちと一緒にここで働こう」
領民たちが優しく彼らの肩を抱く。
「「はい、よろしくお願いします……うっ……うっ……ユチ様に出会えて本当に良かった……!」」
(元)盗賊団たちは、泣きながら領民に連れて行かれる。
何はともあれ、危機は去ったらしい。
――――――――――――――――
【生き神様の領地のまとめ】
◆“キレイな”Aランク盗賊団〔アウトローの無法者〕
あらゆる倉庫や金庫を破っていた盗賊団。
アタマリを頭とした十数人のグループ。
もう少しでSランクになれそうだった。
ユチの作った聖域により改心し、人生をユチに捧げることを誓う。
実態は優秀な鍛冶職人の集団。
「さあ、ユチ様。まだまだこれからでございますよ」
「い、いや、もうずいぶんと時間が経っているような気がするのだが……」
相変わらず、俺はルージュによる卑猥なマッサージの餌食になっていた。
無論、身につけているのはパンツのみだ。
どう頑張っても、毎回毎回半裸にされちまう。
「せ、せめて、特製オイルとその手つきはやめてくれないだろうか……」
「お断りいたします。無理な注文でございます」
ルージュにピシリと断られてしまった。
前から知っていたが、彼女は結構意思が強いタイプなのだ。
こうなったら、自然に飽きるのを待つしない。
と言っても、せいぜい一週間くらいで飽きるだろうしな。
気長に待つだけだ。
「それにしても、瘴気たちはどこから来るんだろう?」
「私めも気になっておりました」
俺が村を聖域化する度、瘴気は浄化されて消えていく。
だが、しばらくすると、どこからか新しい瘴気がやってくるのだ。
聖域化のスキルもパワーアップしたようで、以前より持続力が伸びていた。
だから、ほっとけば勝手に消えちまうのだが、やっぱり気になっていた。
「領民たちはみんな良い人だから、邪な心に引き寄せられているとは考えにくいけど」
「どこかに吹き出し口のような物があるのでしょうか」
「なるほど……それはあり得るな。だとすると、もう一度領地を詳しく探した方が良いな」
そんなことを話していると、ソロモンがやってきた。
「生き神様、そんな渋い顔をしてどうされましたかな?」
「ええ、瘴気がどこから来るのか考えてまして……」
ソロモンさんも一緒に考え出した。
やがて、ポンッ! と手を叩いた。
「そうじゃ! おそらく、村で一番大きな木が原因かと思いますじゃ」
「一番大きな木……ですか?」
「詳しく教えてくださいませ」
「実際に見た方が早いですじゃ! 生き神様、さっそく行きましょうぞ!」
「だ、だから、服を……!」
「ユチ様はそのままで素敵でございます」
「お願いだから、ちょっ、待っ」
結局、半裸で連行される。
諸々諦めてソロモンさんについていく。
「いつ見ても、生き神様のお身体は神々しいな」
「ああ、涙が出るほど素晴らしいよ。もはや、見ているだけで癒されるようだ」
「あのぬらりとした質感がたまんねえや」
俺がほぼ全裸で歩き回ることも、すっかり定着してしまった。
この辺りもいずれどうにかしないとな。
最近に至っては、来客にも裸で対応することが多い気がする。
オーガスト王国の王女様とか来たら大変だぞ。
まぁ、絶対にあり得ないけど。
アタマリたちはと言うと、毎日村で汗を流して働いていた。
「おい、お前ら! 仕事があるって最高だな! 俺なんか毎日幸せだよ!」
彼らは自作した鍛冶場では、アタマリが槌を振るいながら泣いている。
部下たちも涙を流していた。
「頭の言う通りでさ! 働くのがこんなに素晴らしいことなんて、ユチ様にお会いするまで知らなかったぜ!」
「これが生きがいって言うんだろうな! ユチ様に出会ったおかげで生きる意味が見つかったぞ!」
「ああ、なんて幸せな生活なんだ! 俺は一生ここに住み続けるぞ! デサーレチで存分に仕事をするんだ!」
彼らの服装や見た目もめっちゃくちゃ変わっていた。
髪型は清潔そうな短髪になり、衣服は動きやすい鍛冶師みたいな格好になっていた。
どうやら、領民たちが散髪したり服を分けてあげたらしい。
凶悪な雰囲気は消え去り、むしろ爽やかなキラキラエフェクトが出ている。
どこからどう見ても、立派な鍛冶職人たちだった。
「そのうち、俺たちが迷惑をかけた人たちへ謝りに行かねえとな! お前らもそう思うだろ!?」
アタマリが額の汗を拭き、部下たちに話しかける。
「おっしゃる通り! 俺たちは心を入れ替えたんだ! これからは真面目に真剣にユチ様、人様のために働くぜ!」
「今になって思えば、なんで盗賊なんかやっていたんだろう!? 恥ずかしくてしょうがねえや!」
「盗んだ宝も全部返して、壊した倉庫やら金庫やらも全部直しに行くぞ! ああ、今から楽しみになってきた!」
デサーレチに来た時とは想像もつかない変化だ。
彼らがこんなに真面目になるなんてなぁ。
人間変われば変わるもんだ。
いずれはデスマインで採れた鉱石の加工もやりたいと言っている。
「ユチ様がいらっしゃったぞ! 礼っ!」
「「ユチ様! 我々に生きがいのある仕事を与えてくださり、誠にありがとうございます! 未来永劫、ユチ様のために尽くします!」」
例のごとく、直立不動の直角お辞儀で挨拶された。
彼らは芸術品のように規則正しく並んでいる。
むしろ、こっちが恐縮するほどだった。
「いや、だから、そんなにしなくていいから……」
「永遠に崇め続けなさい」
「「はいっ!」」
彼らのおかげで、村の建物はどんどん立派に豪華になっていった。
掘っ立て小屋みたいだったのが、今や王都顔負けの家並みだ。
デサーレチは元々広いので、みんな大きな平屋に住んでいる。
俺の家に至っては……もはや宮殿のようになりつつあった。
今まで住んでたところでいい、と言ったんだが、どうしてもやらせてほしいとのことだった。
「ユチ様! 仕事が遅くて申し訳ございません! ユチ様のお屋敷は、村で一番最高の家にいたしますから! もう少しだけお待ちください! お前ら、気合入れていけよ!」
「「はいっ!」」
まだ工事中だが、全容がなんとなく見える。
横長の平屋みたいで、適度なとんがり屋根がセンス良く配置されている。
屋敷というか、もはや小さな城だな。
近くだと全体が見えないくらいだ。
「アタマリたちは意外と美的センスもあったんだなぁ。というか、村に着てからそんなに経っていないのに、ここまでできるってすごいじゃないか」
「襲って来た時からは想像もつきませんね」
そのうち、大樹が見えてきた。
遠目からでも瘴気が噴き出しているのがわかる。
「生き神様なら、きっとあの樹も浄化できるはずじゃよ」
「ユチ様、どうぞ御業を見せてくださいませ」
俺たちの前にある樹はとても大きい。
その分、瘴気もたくさんあった。
ここを浄化すれば、村全体も安心だろう。
さてさて、最後の瘴気退治になるかもしれんな。
「うっ、こりゃまたすげえ瘴気だな」
「とんでもないクソ大樹でございますね」
大樹の幹は見たこともないくらい太かった。
大人が10人くらい手を結んでも囲んでも、まだまだ余るくらいだ。
葉っぱは、そのほとんどが枯れ落ちていてしまっている。
太い枝も皮が剥がれていて痛々しかった。
おそらく、というか絶対に瘴気のせいだろうな。
「今にも倒れそうじゃないか。ん? なんか樹が動いているような気がするな」
俺たちが近くにいくと、大樹がユラユラしたように見えた。
まるで、何かの合図を送っているような……。
「きっと、ユチ様に浄化されるのを待っていたのでございます」
「ハハハ、そんなまさか、樹に意思があるわけでもあるまいし」
葉っぱにも幹にも、どす黒い瘴気がまとわりついている。
樹はボロボロでひび割れているところまである。
誰がどう見ても、今にも倒れそうな老木といった感じだ。
要するに、ほとんど枯れかけだった。
よくもまぁ、腐らずに生えているもんだ。
「この大樹はワシがデサーレチに来たときから、ずっとここに生えておりましたじゃ。どこから来たのか、誰にもわかりませぬ」
「へぇ~、確かに古そうな樹だよなぁ……見るからに樹齢がすごそうですよね」
大樹からはブシュゥ……ブシュゥ……と瘴気が噴き出している。
全体が瘴気の巣となってしまっていた。
近づくのもためらうほどだった。
デサーレチを覆っていた瘴気は、ここが原因だったんだろう。
「こいつを浄化すれば、もう新しい瘴気はやってこないだろうよ。よし、さっそく……」
ルージュが演説を始める前に、素早く聖域化させたい。
最近は、なんかスピードも上がってきたしな。
上手くいくはずだぞ。
これ以上晒されるのはやめてほしいところだった。
「皆さま方、お集まりくださいませ! ユチ様の御業のお時間でございますよ! これを見逃すと一生の損でございます!」
例のごとくルージュが演説してしまったので、領民たちが集まってくる。
お忍び浄化計画は早々に破綻した。
「生き神様の御業が何度も見られるなんて、至福の瞬間でございます!」
「これを見るために生きているようなもんだ!」
「ほんと、この村で生活していて良かったぜ!」
領民たちは大盛り上がりだ。
「おい、お前ら! いったん作業は中断だ! ユチ様のところに行くぞ! 俺たちを改心してくださった御業のお時間だ!」
アタマリまで部下を引き連れてやってきた。
領民たちと一緒に、ハイテンションで騒ぎまくる。
「見ているだけで心がキレイになるようだ! 病みつきになるな、これは!」
「ユチ様のお力は他では絶対に見れないぞ!」
「何て素晴らしい光景なんだろう! ここに来れて、俺たちは本当に運がいい!」
結局、村中の人達が集まってしまうこととなった。
仕方がない、そうと決まったらさっさとやるか。
世界樹の根元に行き、魔力を集中する。
<全自動サンクチュアリ>発動!
ゆっくり世界樹の周りを歩きだす。
瘴気が次々と苦しみだした。
『ギギ……ギ』
『ギギギギギ』
『ギッギギッギ』
幹の根元近くの瘴気はもちろん、葉っぱや枝にくっついているヤツらもブルブルしている。
俺の<全自動サンクチュアリ>は上空の方にも効果があるんだな。
地面だけかと思っていたが、そうでもなかったようだ。
『『ギギ……キャアアアアア!』』
俺のスキルに耐えられず、瘴気は消え去っていく。
そして、瘴気が消えたところからどんどん変化が現れた。
葉っぱは明るい緑になり、枝は丈夫そうになり、幹は立派な皮で覆われ始め……樹も生命力を取り戻しているのがわかる。
「あのデスドラシエルが輝きだしたぞ! 生き返っているんだ!」
「生き神様に出来ないことなんて、もはや何もないんじゃないか!?」
「神から与えられし聖なる力だー!」
領民たちもわあああ! と盛り上がっている。
ひとしきり歩いていたら瘴気は全部消えちまった。
「ユチ様、デスドラシエルをご覧くださいませ」
「こりゃぁ、さすがのワシもぶったまげたじゃよ!」
少し下がってデスドラシエルを見上げる。
大きな樹なので、近くでは全体が良く見えなかったのだ。
「こりゃぁすげ……」
幹は艶が出るほどの漆黒の皮で包まれ、葉っぱは鮮やかな緑色になっていた。
その全身はキラキラと輝いてる。
さっきまでの老木感はどこかに行ってしまったようだ。
<死の大樹デスドラシエル>
レア度:★12
非常に貴重な古代種の大樹。葉っぱ一枚一枚に不老不死の力が宿っている。何十年かに一度、特別な実をつける。その実からは精霊が生まれると言われている。
「レ・ア・度・12だって!? そんなことあり得るのかよ!?」
諸々のレア度の最高は10なのが常識だ。
それを2つも超えるなんて……さすがは古代の樹だ。
「「やったー! バンザーイ! 村の大樹が復活したぞ! これで村も安泰だ!」」
領民たちのボルテージはマックスだ。
デスドラシエルの周りで、どんちゃん騒ぎのお祭りが始まる。
彼らは本当に嬉しそうだ。
そりゃそうだよな、ずっと瘴気に汚染されていたのだ。
俺は領主の務めが果たせたようで、少しホッとしていた。
「では、ユチ様もマッサージの方を始めましょう。特製オイルとマットも持って参りましたので、準備万端でございます」
「こ、ここでやるの? せめて、服をだな……」
「ユチ様、こちらにちょうど良い具合に平らなスペースがございます」
領地が歓喜の渦に包まれていく中、俺はいつまでも服を着れないのであった。
――――――――――――――――
【生き神様の領地のまとめ】
◆“キレイな”死の大樹デスドラシエル
村で一番大きな樹。
推定樹齢は数千年。
瘴気に汚染され、瘴気の巣と化していた。
実態は古の世界樹の流れを引いているとんでもなく貴重な大樹。
瘴気にやられ死にかけていたところをユチに救われた。
何が実るかはお楽しみ。
「ほおー! これがあのデサーレチですか! 発展したとウワサで聞いていましたが……なんとまぁ、こんな立派になって! ほおー!」
いつものごとく、半裸マッサージされている時だった。
村の入り口で誰かが叫んでいる。
なんか、最近どんどん人がやって来るようになったな。
いや、ちょっと待て。
また村を襲う輩じゃねえだろうな。
「普通のお客さんか、招かれざる客かどっちかな」
「ご心配なく、ユチ様。不敬な輩は私が分解いたしますので。さあ、参りましょう」
「だ、だから、服を……!」
入り口まで行くと、白髪の爺さんが村を覗いでいた。
偉大な魔法使いをイメージさせるくらい顎髭が長い。
瘴気はくっついていないから、悪いヤツではなさそうだ。
「あの、どちら様ですかね? 俺はデサーレチ領主のユチ・サンクアリと言いますが……」
「突然訪れてすみませんの。私はオーガスト王立魔法学院の学長をしております、レジンプトと申します」
「え!? マジですか!? なんでまたそんな偉い人が……」
オーガスト王立魔法学院と言えば、王国でトップの学院だ。
一番最初に出来た学校で、その歴史は数千年はあると聞く。
何人もの有名な魔法使いを輩出している学院だ。
「が、学長でいらっしゃるんですか? どうしてこんなところに……?」
「なに、会議ばかりで疲れましてね。息抜きがてら旅をしてたんですよ。今も会議があるはずなんですが、もうそんなの知らんですわ。ハッハッハッハッハッ」
レジンプトさんは楽しそうに高笑いしている。
い、いや、それは大丈夫なのか?
「と、とりあえず、村の中へどうぞ。大したおもてなしもできませんが」
「お入りくださいませ、クソサボり学者様」
「こ、こら、やめなさい!」
レジンプトさんにも聞こえたはずだが、変わらずニコニコしていた。
俺はホッとする。
結構心が広い方なのかもしれない。
村の中をざっと案内する。
「いやぁ、しかし……本当にここがデサーレチとは、にわかには信じられませんなぁ。以前来た時は、見渡す限りのとんでもない荒れ地でしたのに……」
今やデサーレチはかなり豊かな村となっていた。
地面には柔らかい草が生い茂り、キラキラと輝いている。
村を吹き抜ける風でさえ、癒しの効果があるような爽やかさだった。
領民がきちんと整備してくれているので、道も歩きやすい。
家だってアタマリたちがせっせと建てているので、王都みたいな雰囲気だ。
「いったい、何があったんですかの?」
「元々ここは瘴気に汚染されまくってたんですが、俺のスキル<全自動サンクチュアリ>で聖域化しまくったんですよ」
事の経緯を簡単に説明した。
レジンプトさんは唖然とした様子で聞き入る。
「まさか……あの瘴気をそんな簡単に浄化できるスキルがあるとは……私も初めて聞きましたぞ。オーガスト王立魔法学校にもいないでしょう。あなた様はすごい人物なのですな」
「はぁ、そんなにすごいんですかね」
外の事情は良く知らないんだよな。
ずっと屋敷に閉じ込められていたから。
「せっかくですので、もっと見学させてはいただけませんかな?」
「ええ、どうぞ」
まず、俺たちは畑に案内した。
デスガーデンだ。
相変わらずジャングル畑になっていた。
「ここが村の畑です。デスガーデンって名前なんですが、すごいレア作物が無限に収穫できて……」
「ぬお!?」
レジンプトさんは目をまん丸にして固まる。
「あ、あの~、レジンプトさん?」
肩をちょんちょんとするが、全く反応がない。
「返事がございませんね。死にましたか?」
「ルージュ!?」
「こ、こんな素晴らしい畑が……この世にあるのですか……」
レジンプトさんは畑を見たまま、プルプルと震えている。
「あの世にはあるかもしれません。一度逝かれてみてはいかがでしょうか?」
「や、やめなさいよ、ルージュ」
「す、すごすぎる……!」
そして、興奮冷めやらぬ様子で畑に飛び込んだ。
「これは<フレイムトマト>ではないですか!? あそこに実っているのは<フレッシュブルレタス>!? こっちにあるのは、げ、げ、げ、<原初の古代米>ですよ!? 私も見たのは初めてです……! こ、ここは宝の山だー! ひょえーい!」
レジンプトさんは畑の中を子どものように走り回る。
地面に寝転がったり、ツタによじ登ったり、はっちゃけている。
子どもたちと楽しそうにはしゃぎまわっているので、止めるに止められない。
「なんか……色々ストレスが溜まっていたみたいだな」
「しばらくそのままにしておきましょう」
少しすると、レジンプトさんが帰ってきた。
「さて……お見苦しいところを見せてしまいましたな」
今度はデスリバーに連れて行く。
「ここが水源の川です。死の川デスリバーなんて呼ばれてますが、それはそれはキレイな川でして……」
「こ、これはまさかの<ライフウォーター>じゃないですか!? しかも、この川全部!? そ、そんなことあるー!?」
驚きのあまり、レジンプトさんのキャラが崩壊してしまった。
「ま、まぁ、さすがに俺も最初はビックリしましたね。でも、本当だったんですよ」
「死の川ですって!? とんでもない! これは命の川ですよ!」
レジンプトさんは手で水を掬って、大事そうにすすっている。
と、思ったら、子どもたちと一緒にバシャバシャ泳ぎ始めた。
「レ、レジンプトさん!?」
「あれでは子どもと大して変わりませんね」
「いや、ほら、疲れているんだろうからさ、そういうことはあまり……」
しばらく泳ぐと、ご満悦な顔で上がってきた。
「ふうう……楽しかったですぞよ……さて、服を乾燥させますかね。ちょっと失礼、<ワーム・ドライ>!」
温かい風で服を乾かしている。
魔法学院の学長だもんな、これくらい楽勝なんだろう。
「他にも色々ありまして、あっちに鉱山があるんですが、行ってみますか?」
「ぜひぜひ! お願いします!」
ということで、今度はデスマインに連れていく。
「この鉱山からは激レアな鉱石が……」
「ウィ、<ウィザーオール魔石>がこんなにたくさん! こっちには、<ラブラヒールストーン>! <ゴーレムダイヤモンド>まで!?」
レジンプトさんはしきりに、はぁーっとか、ほぉーっとか驚いていた。
「お土産に少し持って帰ります?」
「……え……いいんですか」
「どうぞどうぞ、いくら採掘しても永遠に出てくるので」
お土産に色んな宝石やら鉱石をちょっと渡す。
最後に、デスドラシエルまで連れて来た。
「つい最近浄化できたんですが、死の大樹デスドラシエルと呼ばれていた大きな樹です。この樹が瘴気の巣になっていたんですよ」
幹が太くて高い樹がズドーンとそびえ立っている。
これもまた、キラキラ輝いているようで見事な光景だった。
「……ぃえ?」
レジンプトさんはまた口を開けたまま固まってしまった。
「だ、大丈夫ですか? レジンプトさん?」
「ユチ様。彼は昇天してしまったようですね。度重なる驚きに耐えられなかったのでしょう」
「だから、そういうことを言ったらダメだって……」
「こ、こ、こ、これは、古の世界樹の末裔ですよ! 古代世紀は何千年も前に滅びたはずなのに……ありえない……ぜ、ぜひ、詳しく調べさせていただけませんか……?」
「調査ですか? 別に良いですよ」
レジンプトさんは、今までで一番驚いている。
やっぱり、この大樹が最も貴重なようだ。
そのうちソロモンさんが歩いてきた。
「生き神様~、ここにいらっしゃったんですじゃね。ちょっとこっちに……」
「お、お師匠様!」
ソロモンさんを見た瞬間、レジンプトさんがすごい勢いで膝まづいた。
「んぬ? お主はレジンプトではないか。いやぁ、久方ぶりじゃの。まさか、デサーレチで会うとはの」
「はっ! 私もお師匠様にまた会えて幸せでございます! 突然姿を消してから数十年。どこを探してもいらっしゃらなかったのに、こんなところにいらっしゃるとは……」
「え? ソロモンさんって、レジンプトさんの師匠だったんですか?」
「ああ、そうじゃよ。どれ、元気にやっておるかの?」
レジンプトさんは感激したように、ソロモンさんと握手している。
しばらく、二人は楽しそうに話していた。
「さて、お主を魔法学院まで転送してやろうかの。もちろん、魔法札もあげるじゃよ。お主もこれくらいはさっさとできるようになりなされ」
「送っていただけるのですか……! お土産までいただけるし、なんて素晴らしい土地なんだ……! ユチ殿、本当にありがとうございました!」
「まぁ、またいつでも来てください」
ソロモンさんが転送の準備をする。
「《エンシェント・テレポート》! この者をオーガスト王立魔法学院に転送せよ!」
「お帰りになったらユチ様の素晴らしさをお伝えなさいませ」
「はい、承知しました! それでは、ユチ殿! またお会いしましょう!」
ということで、レジンプトさんは笑顔で転送されていった。
「さて、弟子との再会を記念して景気づけに超魔法を一発……」
「やらないでくださいね!」
◆◆◆(三人称視点)
オーガスト王立魔法学院に帰ったレジンプトは、まず色んな人に怒られた。
「学長! 探したんですよ、どこに行かれていたんですか!?」
「突然いなくなるのは止めてくださいって、いつも言ってるじゃありませんか!」
「会議だって書類の確認だって、やることは無限にあるんですよ! そこんとこわかってるんですか!?」
こっそり自室に帰ったつもりだったが、待ち構えていた部下たちに捕まってしまった。
部屋の中に勢揃いしていたのだ。
四方八方からけたたましく怒鳴られまくる。
「お、おお……ふ……ちょ、ちょっとした散歩じゃよ」
上手く誤魔化したつもりだったが、全然ダメだった。
「一週間かかる散歩ってなんですか!? それは散歩とは言いません! 旅行です!」
「ちゃんと仕事してくださいよ! 学長で止まると、ずっと進まないんですから!」
「諸々伸ばすのはもう限界です! さ、会議に行きますよ!」
ぎゃいぎゃい怒鳴られながら、会議室へ連行される。
レジンプトはがっかりしながら、ユチたちのことを考えていた。
――そのうち、またユチ殿のところに行こう。
デスドラシエルの調査もそうだが、それ以上にレジンプトはユチとデサーレチが気に入っていた。
学院の特級標本に相当する貴重な素材の数々……あれだけの数と質を見たのは初めてだ。
それも全て、あの素晴らしいユチ殿のおかげなんだろう。
何より、あそこに行けば童心に帰れるような気がするのだ。
ルージュという美人からの罵倒も素晴らしかった。
――仕方がない、面倒な会議に行くか。デサーレチのことを皆に報告せんといかんからな。そういえば、今日は王様と王女様もいらっしゃると聞いていた。ちょうどいいタイミングじゃ。ユチ殿とデサーレチの素晴らしさをお話しよう。
レジンプトはデサーレチで経験したことを、それはそれは楽しく詳細に国王と王女に話す。
ユチとデサーレチに対する彼らの興味心は、もはや留まるところを知らない。
そして、その話はサンクアリ家にも届くのであった。
「さっさと出て行けええええ! この愚か者おおおお! いくらポーションを飲んでも治らんだろうがああああ!」
「お、おやめください! エラブル様! いてっ! 物は投げないでくださいって!」
医術師へ向かって、灰皿やペーパーナイフやらを投げまくる。
街で一番有名という話だったが騙されたようだ。
咳は全く治まらないし、熱だって下がらない。
目はかすむ、腹は痛い、頭は痛い、胸は痛い……もはや、健康なところを探す方が大変だった。
「貴様にいくら払ったと思っているのだあああ! どうして治せないのだあああ! 貴様は本当に医術師なのかああああ!」
「エ、エラブル様! 私にもどうにもできないほどの病なのでございます! こんなに消えない瘴気は、初めてでございます!」
「黙れえええ、黙れえええ、黙れええええ! 貴様の無能の言い訳をするなあああ! 瘴気など、どこにもないではないかああああ!」
こいつの調合するポーションはやたらと高く、2週間で2500万エーンも払った。
いや、クッテネルングの分もあるから、合計5000万エーンだ。
効果はないどころか、体調はより悪化している。
ものすごい大損をしてしまった。
この医術師のせいだ。
「貴様のせいでさらに具合が悪くなったじゃないかああああ! どうしてくれるのだああああ! この詐欺師めええええ!」
私は医術師の首を締め上げる。
だが、全然力が入らなかった。
「ひいい、命だけはお助けを!」
医術師は大慌てで走り去る。
まったく、医術師の風上にも置けないヤツだったな。
「ゲホッ! この街にはろくな医術師がいないのかああああ!? 使用人んんん! 私が呼んだらさっさと来ないかああああ!」
「も、申し訳ございません、エラブル様! この街にさっきの医術師以上の方はいないかと……! てめえがそんなんだから、治るもんも治んねえんだよ。このデブキノコが」
「何か言ったかああああ!?」
「いえ、なんでもございません!」
おかしい、あれからさらに体の具合が悪くなっている。
いくら高価なポーションを飲んでも、一向に良くならないのだ。
いったい、どれだけ質の悪い風邪にかかったというのだ。
騒いでいるとクッテネルングが来た。
私以上に体調が悪いようで、死んだゴブリンのような目をしていた。
「ち、父上ぇぇぇ……医術師はぁぁぁ……?」
「あんなヤツ追い返したわあああ!」
「エ、エラブル様、お手紙でございます。例の盗賊団の方たちからです」
そこで、使用人が手紙を持ってきた。
少しだけ気持ちが晴れる。
ユチの殺害が完了したのだ。
「ふんっ、さっさと渡せえええ」
奪い取るように手紙を受け取る。
クッテネルングもワクワクした様子だった。
「やれやれ、クソユチが死んだと思うと楽しくなるなあああ」
「クソ兄者の死にざまは、どんな感じかなぁぁぁ?」
私たちは嬉々として手紙を読んでいく。
だが、読み進めるにつれ怒りが抑えきれなくなってきた。
「なんだ、この手紙はああああ!」
「どういうことだよぉぉぉ!」
盗賊団にしてはやけにキレイな字でこう書いてあった。
なぜか言葉遣いも、初対面の時からは想像もつかないほど美しい。
【依頼は中止いたします。ユチ様にお会いしましたが、大変素晴らしい人物でございました。出会っただけで天命を受けました……この人の元で働けと。私たちの心が美しくなるのを感じました。私はきっと、ユチ様にお会いするために生まれてきたのでしょう。というわけで、私たちはユチ様に人生を捧げます。さようなら、デブキノコ様】
「ふざけるなああああ(ぁぁぁ)!」
クッテネルングとともに、手紙をめちゃくちゃに破り捨てる。
はらわたが煮えくり返るほど腹立たしい。
デブキノコだと! ふざけるな! 私ほど見目麗しい男など、この世に二人といないだろうが!
私に対する暴言もそうだが、何よりも……。
「ゴミユチの元で働くだとおおおおお!? 人生を捧げるだとおおおおお!? 寝言は寝てから言えええええ……ゲホッ! ゴホッ! ガッハァ!」
「なに、クソ兄者の仲間になってるんだよぉぉぉ! ちゃんと仕事しろぉぉぉ……ガホッ! ゲッヘェ!」
「あいつらに払った1000万エーンが無駄になったではないかああああ!」
高価なポーション代と合わさると、恐ろしいほどの損失だ。
おまけに、セリアウス侯爵の代わりになりそうな取引先も決まらない。
こ、このままではまずいぞ。
「ゲホオオオッ! れ、例のヤツは来ているのかああああああ!?」
私はいつものように使用人を怒鳴りつける。
「は、はい! いらっしゃっています! もう部屋の前までご案内いたしました……って、あれ? どこに行った?」
使用人の後ろには誰もいない。
マヌケな顔でキョロキョロ辺りを見ていた。
「この愚か者おおおお! 誰もいないではないかああああ! 私を舐めているのかあああ! 死刑にするぞおおおお!」
「お、お待ちください、エラブル様! 確かに、さっきまでここに……!」
「貴様が今回の依頼人か」
気が付いたとき、私の背後にそいつはいた。
びっくりして心臓が止まりそうになった。
漆黒の暗殺者〔ジェットブラック〕。
裏では名の知れたSランクの殺し屋だ。
その名の通り、漆黒の衣服に身を包んでいる。
黒すぎて男か女かもわからん。
「お、驚かすなああああ! 部屋に入ったのなら、入ったとそう言えええええ!」
「うるさい。殺人の依頼と聞いているが?」
ずいぶんと偉そうなヤツだ。
その不敬な態度をへし折ってやろうとしたが、威圧感がすごくて諦めた。
「こ、この男を殺せええええ!」
私はユチの似顔絵を机に叩きつける。
「…………フンッ、マヌケそうな顔だな」
「そいつは私の愚息、ユチ・サンクアリだああああ。今はデサーレチで領主をやっておるうううう。そいつの首を持ってこいいいい」
「デサーレチね……ずいぶんと辺鄙なところだ」
いつの間にか、クッテネルングは姿を消していた。
あの臆病者が。
「それとAランク盗賊団〔アウトローの無法者〕も、なぜだかユチの仲間になったようだああああ。そいつらも一緒に殺してこいいいい!」
「わかった。容易い御用だ」
「貴様のことを信用していいんだろうなああああ? 決して安い金ではないぞおおおお!」
こいつに支払ったのは盗賊団どもの時の5倍、5000万エーンだ。
しかも、全額前払いときた。
我がサンクアリ家はそこら辺の金持ちとはわけが違うが、さすがに無視できる金額ではない。
ポーションのこともあって、そろそろ負担がのしかかってきた。
「わかっている、私はプロだ。金さえ払えば、どんな仕事でも確実に達成する。今までの依頼達成率は100%だ」
「よい結果を期待しているぞおおおお」
その直後、すでに“ジェットブラック”は消えていた。
気配がないどころか、音すらしなかった。
さすがは、手練れの暗殺者だ。
私は安心する。
これなら、ユチを殺すことは簡単だろう。
さて、祝いの高い酒を用意しておかんとな。
クソユチめ、覚悟しろ!
ゲホオオオオッ! ガッハアアアアア!
「さて、デサーレチの瘴気はもう全部浄化しきれたのかな」
いつものごとく、ルージュに半裸マッサージされている。
今まではスキルを使った後が定番だった。
だが、もはやは朝昼晩と最低3回が定着しつつある。
おかげで疲れは全くたまらないのだが、せめて服を着させてほしい。
「もうほとんど瘴気はないと思いますが、念のため確認してみてはいかがでしょうか」
確かに、ルージュの言う通りだ。
瘴気は取り残すと面倒くさいからな。
また巣みたいのができることもあるし。
大本の瘴気は<全自動サンクチュアリ>で浄化できた。
だが、残っているヤツがいるかもしれん。
「一応見回りしておくか。領民や作物に悪い影響があるとまずいしな」
「私めもお供いたします。それにしても、ユチ様は本当に聡明な方でございますね。こんなにもデサーレチの人々のことを考えてらっしゃるなんて……」
「ほ、ほら、泣くほどのことじゃないからね……」
ルージュは大袈裟に泣いている。
そんなに褒められるようなことでもないんだが……。
領民のことを考えるのは領主として当たり前だしな。
特に来客とかはいないようで、今回は服を着られた。
俺は心底ホッとする。
ルージュと一緒に屋敷から出て行く。
「私が今こうして楽しく暮らしていられるのも、全てはあの時ユチ様が助けてくださったからでございます」
「え? あ、ああ、あれね……」
ルージュは俺の父親が連れてきた。
どうやら、その見た目を気に入ったようで、やたらと身の回りの世話をさせていた。
ところが、父親はアレなので、無理矢理自分の部屋に連れ込もうとしたことがあった。
で、阻止したのが俺。
それ以来、屋敷内の風当たりはさらに強くなったわけだが、彼女が無事だったから別にどうでもいいんだよな。
「この御恩は一生をかけてお返する所存でございます」
「まぁ、これからも楽しくやっていこう」
「ユチ様……」
ということで、さっそく村を歩き始めたわけだが。
「どこらへん探せばいいかな?」
デサーレチは広いから、ある程度検討をつけておきたい。
「歩き疲れに関してはご心配には及びません。私めがすかさずケアいたしますので」
「いや、まぁ、そういうことじゃなくてね」
村を歩いているとアタマリたちがいる。
結構朝早いのにもう働いていた。
心の底から仕事が楽しいようだ。
「ユチ様! おはようございます! 今日も素晴らしい佇まいでいらっしゃいますね! お前ら、ユチ様がいらっしゃったぞ! 礼っ!」
「「おはようございます! 毎日仕事をさせていただいて、ありがとうございます!」」
例のごとく、とんでもなく規律正しいお辞儀をされる。
「そ、そういうのは本当に言わなくていいから……って、あれ? あの建物はなんだ? 新しく作ったの?」
恐縮していると、彼らの後ろにある建物に気づいた。
まるで、背が高い塔のようだ。
「はっ! こちらは物見やぐらでございます! <ガラスクラブ>の素材を使った望遠鏡も備えておりますので、デサーレチ全体が見渡せます!」
「へぇ~、物見やぐらか。便利な建物を作ってくれたね」
「はっ! 身に余るほどのお言葉でございます! ユチ様のためならば、どんな物でもお造りいたします!」
アタマリたちはビシーっとお辞儀する。
「ユチ様のおかげでデサーレチは発展しておりますから、モンスターなどに襲われる危険性もございますね。見張りの方を配置してもよろしいかもしれません」
「ふむ……」
この前はメガオークがうろついていた。
荒れ地には元々モンスターも多いし、忘れられがちだが魔王領も近いんだよな。
いずれ、武器とか防具とかも揃えた方がいいかもしれん。
「ちょっと使ってもいいか? デサーレチの全体を見たいんだ」
「はい! それはもちろん! どうぞお使いください! お前ら! ユチ様をご案内しろ!」
アタマリたちに連れられ、やぐらを登る。
さすがは優秀な鍛冶職人のようで、スイスイ上に行けた。
登り切ってみると、なかなかの高さだった。
「すげえ、結構遠くまで見渡せるぞ」
「見渡す限り全ての領地がユチ様の物でございます」
と、そこで、森の中に瘴気の塊が見えた。
デスドラシエルのあった森だ。
森全体の瘴気はデスドラシエルを浄化したら一緒に消えた。
だが、その一角だけヤツらが残っている。
「あそこに瘴気がたくさんいるな。あいつらはしっかり浄化しといた方が良さそうだ」
「他には特になさそうでございますね。瘴気らしき影は見当たりません」
瘴気が溜まっているのは森の一角だけだ。
ルージュの言う通りみたいだな。
「じゃあ、さっそく向かうとするか。あっ、だからといって、領民たちは呼ばなくてい……」
「デサーレチの皆さま! ただ今より、ユチ様が御業を披露してくださいます! どうぞ、一緒に来てくださいませ!」
ルージュが声を張り上げたとたん、家のドアが一斉に開かれた。
元々声が良く通る上に、俺たちはやぐらの上にいる。
村全体に聞こえたのは間違いない。
まぁ、何となくそんな予感はしていたがどうしようもなかったんだ。
「みんな起きろ! 生き神様の御業のお時間だ! 朝から見せてくださるみたいだぞ!」
「今日はなんて素晴らしい日なんでしょう! 今からワクワクしてきてしまいましたわ!」
「寝ているヤツは全員起こすんだ! 生き神様のお力が見れないなんて、大損もいいところだぞ!」
瞬く間に、領民たちが集まってくる。
みんな本当に嬉しそうな顔をしていた。
お祭り騒ぎになりつつある始末だ。
「ではユチ様、降りてくださいませ。皆さまがお待ちでございます」
「う、うむ」
「「うおおおお! 生き神様が降臨なさったぞー!」」
ただ物見やぐらを降りただけなのに、すごい称賛されてしまった。
「じゃ、じゃあ、デスドラシエルの森へ行きますかね」
「「はい! どこまでもお供いたします!」」
というわけで、領民たちを引き連れて森を目指す。
いつもの展開となってしまったわけだが、俺は安心していた。
何はともあれ、今回は服を脱ぐことにならなくてよさそうだからだ。
沼に入るわけでもあるまいしな。
「うぐっ、こいつはまたすごい瘴気だ」
「とんでもないクソ沼でございますね」
デスドラシエルの森を進んでいくと、瘴気が溜まっている沼に出た。
黒っぽくドロドロしていて見るからに汚い。
後ろをついてきた領民たちもタジタジだ。
「うげぇ……あんなに瘴気が溜まってやがる」
「ここもずいぶんと酷いですね。近寄ることすらできません」
「生き神様がいらっしゃらなかったら、どうなっていたかわからないぞ」
その辺りだけ木々は枯れはて虫一匹いない。
沼はデスリバーの水源地より、やや大きいくらいかな。
森の中にこんなところがあるなんてなぁ。
そして……。
「瘴気もすごいんだが、なんか熱い気がするぞ」
「これはただの沼ではないようですね。熱湯のようでございます」
沼はブシュゥ……ブシュゥ……と瘴気を吹き出しているだけじゃなくてグツグツしている。
ルージュの言うように、大鍋でお湯を沸かしているみたいだった。
「入ったら火傷しそうだな」
「ユチ様、あちらをご覧くださいませ」
「ん?」
沼の真ん中あたりに瘴気が一番集まっている。
「あそこが中心のようでございますね」
「う、うむ、そうだな」
――ちょっと待て、この流れは……。
「では、ユチ様、服の方を脱いでいただいて……」
「タ、タンマ! 裸で入ったら火傷しちゃうよ!」
沼はグツグツしているし、熱そうな湯気まで出ていた。
火傷もそうだが、また別の心配がある。
せっかく服を着てきたのに、結局脱がされるのは避けたいぞ。
「ご心配には及びません。ユチ様、沼の近くで聖域化なさってくださいませ。そうすれば火傷にはなりません」
「ぬ、沼の近く? わ、わかった」
沼の端っこに近づいて魔力を込める。
<全自動サンクチュアリ>発動!
瞬く間に、俺の周囲が浄化された。
淵に近いところの黒いドロドロは消え去り、白く濁ったお湯に変わった。
「なんか白くなったぞ」
「ちょっと触らせていただきます」
「あっ! ど、毒とかあったら……!」
「大丈夫でございます。例えあったとしても、ユチ様のおかげで浄化されております」
ルージュが何のためらいもなく手を突っ込む。
さすがは元Sランク冒険者だ。
度胸があるんだなぁ。
「ユチ様、ちょうどいい湯加減でございますよ」
「なに?」
俺も恐る恐る沼に手を入れてみる。
あったかくて気持ち良かった。
「へぇ~お風呂みたいだな」
「ここから浄化を進めていけば火傷などいたしません」
「確かに」
やっぱりルージュは頭が良いなぁ……いや、これは……!
「では、さっそく服もお脱ぎくださいませ」
ま、まずい。
デスリバーの時と同じだ。
案の定といった展開になってしまった。
「い、いや、底なし沼かもしれないし! そうだ、アタマリたちに舟でも作ってもらおうよ! その方が……!」
と、そこで、ルージュがやたらと長い木の枝を拾い上げた。
ズドドドドッ! と沼の底を突きまくる。
「ユチ様、底なし沼ではないようです」
「そ、そうすか」
なんでそう都合よく、長い木の枝が転がっているのか。
俺はもう色々諦めていた。
力なく服を脱ぐ。
せめて、ルージュに脱がされるのだけは回避しよう。
「おぉ……生き神様の肉体は本当に素晴らしい……」
「神々しいオーラが出ているぞ」
「できれば、毎朝あのお姿を拝見したいなぁ」
領民たちに見られながら沼へ浸かる。
もうしょうがないので、ずんずん中心へ向かう。
こうなったら、さっさと浄化させちまおう。
恥ずかしいから。
俺の歩いたところが、あっという間に白いお湯に変わっていく。
アタマリたちのむせび泣く声まで聞こえてきた。
「くぅぅぅっ! ユチ様の御業はいつ見ても、常に素晴らしい! 俺たちの心を浄化してくださった時もあんな感じだったんだろうよ!」
「心が満たされていくのを感じるぜ!」
「あのような清く正しい人にずっとついていくのが、俺の人生の目標だ!」
やがて、沼の中心に着いた。
でーん! と大きな瘴気が我が物顔で浮かんでいる。
心なしか、俺のことを見下しているような気がした。
裸の男が何しに来た、といった感じだ。
お前のせいで脱がされたんだぞ。
<全自動サンクチュアリ>発動!
『ギ! ギギギギ……!』
予想外の攻撃だったのか、瘴気が苦しそうに震えている。
頼むから早く消えてくれよな。
『ギギギギギ……キャアアアアアア!』
瘴気の塊はあっけなく消え去ってしまった。
そしてその直後、沼の様子が一変した。
黒いドロドロが無くなり全部が全部、白くて濁ったキレイなお湯になった。
湯加減もちょうどいい。
「ユチ様! 最高の御業でございます! 私めも感動いたしました! 皆さま、拍手でお称えくださいませ!」
ルージュの合図で、わあああ! と盛り上がる。
何はともあれ、浄化が済んで良かったな。
<死の沼デススワンプ>
レア度:★10
浸かるだけであらゆる傷や病が治癒する沼。湯から上がっても一定期間(体が冷めるまで)は、肉体が<ゴーレムダイヤモンド>並みに強靭となる。ほど良い熱さ。
マジか、これもレア度10かよ。
デサーレチは宝の宝庫じゃねえか。
なんかもう色々すごすぎて、あまり驚かなくなってきたぞ。
さて、もう出るかな。
無事浄化は終わったわけだし。
俺がデススワンプから出ようとしたら、ルージュに止められた。
「ユチ様、もう少しお入りくださいませ」
「え? ど、どうして? もう瘴気は消えたのに……」
「ユチ様の成分を溶かし込んでほしいのです!」
「お、俺の成分? いったいなにを……?」
ルージュが叫んだとたん、領民たちが集まってくる。
「生き神様! ぜひ、成分を溶かし込んでください! 俺たちは少しでも生き神様に近づきたいんです!」
「そうですよ! せっかく少しは生き神様の成分が入ったのに、ここでやめたらもったいないですって!」
「生き神様の成分が入っているなんて、聞いただけで癒されます!」
みんなしきりに、俺はまだ湯に浸かっていろと言ってくる。
「あ、あの、ちょっ、俺の成分って言ったって別にそんな……」
「「さあ、みんなで生き神様を称えよう! この沼は神聖な場所として崇めるんだ! 全世界でここにしかない聖なる沼だ!」」
どんちゃん騒ぎが始まってしまい、完全に出るタイミングを失った。
「皆さま、大変な喜びようでございますね! 私めもユチ様の成分に浸かれるなんて、今から楽しみでございます!」
「……う、うん、そうだね」
ここまで来たら、もうどうしようもない。
森が歓喜の声に包まれる中、俺はいつまでも一人で沼に浸かっていた。
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【生き神様の領地のまとめ】
◆“キレイな”死の沼デススワンプ
デスドラシエルの森にある温かい沼。
白色でやや濁りがあり、てろんとした滑らかな水質。
瘴気に汚染されとんでもなく汚れていたが、ユチのおかげで本来の姿を取り戻した。
季節に関係なく一定に温かい。
ユチの成分も溶け込み領民たちは大喜び。
「ユチ様、力を抜いてくださいませ」
「う、うん、だからね……もうやらなくて……」
「生き神様! ちょっと来てくださいませんかの!」
ルージュにマッサージされている時、ソロモンさんが飛び込んできた。
もはや、すっかり定番の光景となってしまっている。
そのうち何とかしないとな。
「ど、どうしたんですか、ソロモンさん」
なんかやけに興奮しているぞ。
「村の特産品を作ろうということになりましての。ぜひ、生き神様の知恵を貸していただきたいのですじゃよ」
「村の特産品……ですか?」
「そうですじゃ。最近、来客が多いですからの、何かデサーレチの特産品があれば、来客も楽しめるかと思うんですじゃ」
「なるほど……」
「それは素晴らしいアイデアでございますね」
デサーレチには貴重な素材が、それはそれはたくさんある。
だが、加工した特産品的な物はまだなかった。
いつも素材をそのまんま渡していたからな。
デサーレチを象徴するようなお土産が一つでもあれば、来客だって楽しめるかもしれない。
「どうですかな、生き神様?」
「名案だと思います」
「じゃあ、さっそくこちらに来てくださいですじゃ」
「あ、あのっ、その前に服をっ!」
服を掴むすんでのところで、ルージュに捕まった。
「皆さまがお待ちでございます、ユチ様」
「服着る時間くらいはあるでしょうに……!」
ということで、半裸のまま連れて行かれる。
少し歩いたところに、こじんまりとしているが絶妙にオシャレな平屋があった。
「ここで色んな会議をしているのですじゃ」
「へぇ~良い建物ですね」
「アタマリたちも中におりますじゃ」
そのまま、中に案内される。
なんだかんだ言って、どんな特産品ができるのか俺も楽しみだった。
村が発展していくのを見るのは楽しいからな。
「お前ら、ユチ様がいらっしゃたぞ! 礼っ!」
「「よろしくお願いします!」」
「うわっ!」
部屋に入った瞬間、アタマリたちに勢い良くお辞儀された。
びっくりしたぞ。
と、そこで、ルージュが前に出てきた。
「では、私めが司会を務めさせていただきます。村の特産品につきまして、何か良いアイデアはございますか?」
デサーレチを象徴する物ってなんだろうな。
デスガーデン?
いや、それを言うなら川も鉱山もそうだし。
だとすると、ここはデスドラシエルだろう。
葉っぱを煎じて作ったお茶とか。
「ワシに良いアイデアがありますじゃ! ぜひ、聞いてくださいじゃ!」
「どうぞお話くださいませ」
さっそく、ソロモンさんが挙手をした。
きっと素晴らしいアイデアを出してくれるぞ。
何と言っても、伝説の大賢者だからな。
みんながあっと驚く提案をしてくれるはずだ。
「生き神様のフィギュアを作るんじゃよ!」
「「おおお~!」」
……おい。
「デサーレチの象徴と言えば、生き神様以外にはおりませんじゃ! 生き神様を差し置いて、他の特産品を作ることなどできませぬ!」
「ソロモン様のおっしゃる通りでございますね。ユチ様がいらっしゃってこそのデサーレチです」
「あ、あの、ちょっ待って。お、俺のフィギュアなんて欲しい人いないんじゃないですかね」
すかさず、俺は抵抗する。
こういうのは序盤が大事だ。
まごまごしていると、あっという間に決まってしまう。
「サイズは1/6スケールでどうじゃろうか!」
「よろしいかと存じます! 机の上などに飾りやすいでございますね! 私めは50体ほど所望いたします!」
部屋のボルテージは一瞬でマックスになり、俺の声など誰にも届かなかった。
アタマリも嬉しそうな顔で発言する。
「私たちが素晴らしいフィギュアをお作りいたします。ポーズも何種類か作りましょう。量産体制はこちらで整えます」
「承知いたしました。デザインは私めの方で用意いたします」
ルージュは絵も上手い。
というか、何でもできるんだよな。
「では、ユチ様のフィギュアをお作りするということでよろしいでしょうか?」
「「さんせ~い!」」
そんなことを思っている隙に、俺のフィギュア製作が決まってしまった。
し、仕方がない。
何はともあれ、ルージュなら心配いらんな。
きっと、カッコいい衣装を描いてくれるはずだ。
「フィギュア以外にも、もっと特産品が欲しいところじゃが……」
「それでしたら、私めが良い案を考えております」
ルージュがスッ……と、やけに美しい挙手をする。
その表情は晴れ晴れとしていた。
頼むから俺のシリーズは止めてくれよ。
と、言いつつ、俺は安心していた。
優秀なメイドで元Sランク冒険者だからな。
きっと、素晴らしい提案をしてくれるだろう。
「ユチ様のお顔が刻印された饅頭を作るのです!」
「「おおお~!」」
……って、おい。
「具材は畑や川で採れた物を使うとして、ユチ様のお顔の再現にこだわりたいところでございます」
「それでしたら、私たち〔アウトローの無法者〕にお任せください。最高品質の焼き型をお作りします!」
アタマリがドンッ! と胸を張っている。
すかさず、俺は抵抗した。
「で、でも、そんなにたくさん作ったらアタマリたちが大変なんじゃないの?」
「ユチ様、ご心配なく! むしろ、私たちは仕事が増えて嬉しくてたまりません!」
その顔は光り輝いている。
彼らの楽しみを奪うなどという酷いことはできなかった。
「では、これらの特産品は“ユチ・コレクション”として大々的にシリーズ展開していきましょうじゃ! もっともっと生き神様の良さを外の世界に伝えるのですじゃ!」
「「おおお~!」」
ソロモンさんの発言に、みんな揃って拍手する。
満場一致もいいところだった。
「ユチ様もよろしいでございますね!? 私めはこれ以上ないほど素晴らしい計画だと思いますが!」
「そ、そうだね……良いと思うよ……」
うん、いいよ。
みんなが楽しければ、もうそれでいいよ。
「ではさっそく、村の者たちにも知らせなければいけませんじゃ!」
「私めがお呼びいたします! 皆さま方~、お集まりくださいませ~!」
瞬く間に、領民たちが集まってくる。
結局、俺になす術は一つもなく村の特産品()作りが始まった。
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【生き神様の領地のまとめ】
◆ユチ・コレクション
デサーレチの特産品として作られる品々。
現時点で確認できるのは、ユチの1/6スケールフィギュア(半裸)、ユチ饅頭(表情違いで3種類)。
どちらもユチの再現度が非常に高い。
今後、何が増えるかはお楽しみ。