「こんにちは。」
「あら、真木くん。来てくれたの。」
これ良かったら食べてください、と真木さんが紙袋を差し出す。
中身は大きなリンゴがたくさん入っていて、果物好きなおばあちゃんは目を輝かせる。
「どうしたのこんなに立派なリンゴ。」
「実家で作ってるんです。この時期になると毎年送られてきて。」
そう言って真木さんは少し照れたように笑った。
しっかりお礼をしたいかもう一度病室に連れてきて、そうおばあちゃんに言われて
真木さんを病室に再度招いてから、彼は時々一緒にお見舞いに来てくれるようになった。
テレビの話、大学の話、バイトの話。他愛もない話で盛り上がっていればガラガラ、とドアが開いて。
「あ。やっぱり先客がいる。」
部屋に入ってきたチヅさんはそう言って笑う。
私とおばあちゃんに手を振って、そして真木さんにペコッと頭を下げた。
「こんにちは。」
真木さんも穏やかに微笑んで、チヅさんに挨拶を返す。
「見てよチヅちゃん。真木くんにリンゴもらっちゃった。」
「わ!ほんとだすごい!立派ですね~」
「家にたくさんあるので良ければまた持ってきますよ。
自分だけだと食べきれる気しなくて。」
ほんとですか?とチヅさんが目を輝かせる。
真木さんが病室に来てくれるという事は、
当然チヅさんと鉢合わせすることもあるわけで。
「せっかくだからリンゴみんなで食べよう」
「あ、じゃあ私剥くね。」
りんごを2つ掴んで、シンクへと移動した。
皮をむきながら自然に耳に入ってくる会話を聞き流す。
始めて病室で鉢合わせた日以来、真木さんの態度は落ち着いたものだ。
話をする2人の姿は本当に楽しそうで、そこにはぎこちない空気も、悲しい空気も、殺伐とした空気も何もない。
本当に穏やかで。私の知っている真木さんと、私の知っているチヅさんが、話している。
おばあちゃんのベッドを囲んで、皆でリンゴを食べる。
一番入り口側のイスに座るのが真木先輩。
おばあちゃんの真横に私が座っていなければ、
チヅさんが自然とそこに座って、真木さんと右隣りで話す。
そんな座り順も、自然と定着し始めていた。
午後3時を回った頃、帰るという真木さんをエントランスまで送るため、私も一緒に病室を出た。
チヅさんもこの後リハビリのようで、3人で廊下を歩く。
しばらく歩いていれば、見慣れた姿があって、
向こうも私に気づいてああ、と手をふる。
「山田さん!お久しぶりです。」
「久しぶりだねえ。元気?」
体調を崩してから、おばあちゃんはまだ個人病室にいる。
そのため山田さん含め病室にいた人たちと会う機会は中々なくて。
チヅさんにも挨拶をしてから、真木さんの存在に気づいた山田さんは、
あら~、男前、と口を覆った。素直なお口だこと。
「このかちゃんとチヅちゃんのお友達?」
「あ。私の大学の先輩なんです。」
「そうなんだねえ。名前はなんて言うの?」
「・・・え?あ、すいません。もう一回。」
「お兄さんのお名前。」
山田さんが再度そう言うが、
再び真木さんは困ったように耳を傾ける。
「真木さん、っていうんですよ。」
あ、と私が気づいた時には既にチヅさんの声がしていた。
「下の名前かと思っちゃいますよね。」
「あら~ほんとにそうね。どういう字を書くの?」
「あ、それは私も知らないかも。・・・真木さん、ってどういう漢字なんですか?」
「あ~、えっと。普通ですよ。真実の真に、植物の木です。」
山田さんが立っていたのは真木さんの左側。耳が聞こえづらい方。
真木さんの隣にいたチヅさんは、そのまま右隣りから話しかけていて。
気付けばチヅさんが挟まれるような形で会話が続いていた。
優しく微笑むチヅさんを見て、胸がきゅっとなるのだ。
リハビリ室の前でチヅさんを見送ってから、
真木さんと少しだけ中庭を散歩する。
「もうすぐだね。和菓子屋さん。」
真木さんと2人で出かける約束は再来週に迫っていた。
「そうですね。楽しみだ~。」
「本当にこのかちゃん一日あいてるんだっけ?」
「はい。その日は何もないです。」
真木さんはうーん、と少し考えこんで、
そしてポンっと手を打つ。
「せっかく車で行くんだし、少し遠出しない?」
「遠出?ですか?」
「そう。具体的な場所は出てこないんだけど・・。
どこか行きたいところとかある?」
行きたいところ、か。
うーん。あ、でも。
「動物園、とか。」
「あ、いいね!」
私の言葉に真木さんは目を輝かせる。
「ライオンとか見たいな~」
「私はナマケモノが見たいです!」
「ナマケモノってどこの動物園にもいるもの?」
「・・・どうなんでしょう。」
ハハッ、と真木さんが笑う。
秋晴れの天気の良い日々が続いていて、
今日も空には雲一つ見えない。
時折吹く風が冷たいけれど、
夕日に照らされればまだ温かくて。
あんなに遠いと思っていた真木さんとこうやって2人で話して、
歩いて、出かける約束をして。本当にすごく、幸せで。
「・・・楽しみ、ですねえ。」
このまま知らないふりをしていればいい。
そしたら真木さんに近づけたままでいられるし、一緒に笑いあってられる。
知らないままでいい。追求しないままでいい。何も考えなくていい。
それで誰かが傷つくわけじゃないし、真実を追求することが正しいとは限らない。
分かっている。分かっているけど。
けれど、きっと。
私には知らないふりが続けられない事も、分かっている。
「あら、真木くん。来てくれたの。」
これ良かったら食べてください、と真木さんが紙袋を差し出す。
中身は大きなリンゴがたくさん入っていて、果物好きなおばあちゃんは目を輝かせる。
「どうしたのこんなに立派なリンゴ。」
「実家で作ってるんです。この時期になると毎年送られてきて。」
そう言って真木さんは少し照れたように笑った。
しっかりお礼をしたいかもう一度病室に連れてきて、そうおばあちゃんに言われて
真木さんを病室に再度招いてから、彼は時々一緒にお見舞いに来てくれるようになった。
テレビの話、大学の話、バイトの話。他愛もない話で盛り上がっていればガラガラ、とドアが開いて。
「あ。やっぱり先客がいる。」
部屋に入ってきたチヅさんはそう言って笑う。
私とおばあちゃんに手を振って、そして真木さんにペコッと頭を下げた。
「こんにちは。」
真木さんも穏やかに微笑んで、チヅさんに挨拶を返す。
「見てよチヅちゃん。真木くんにリンゴもらっちゃった。」
「わ!ほんとだすごい!立派ですね~」
「家にたくさんあるので良ければまた持ってきますよ。
自分だけだと食べきれる気しなくて。」
ほんとですか?とチヅさんが目を輝かせる。
真木さんが病室に来てくれるという事は、
当然チヅさんと鉢合わせすることもあるわけで。
「せっかくだからリンゴみんなで食べよう」
「あ、じゃあ私剥くね。」
りんごを2つ掴んで、シンクへと移動した。
皮をむきながら自然に耳に入ってくる会話を聞き流す。
始めて病室で鉢合わせた日以来、真木さんの態度は落ち着いたものだ。
話をする2人の姿は本当に楽しそうで、そこにはぎこちない空気も、悲しい空気も、殺伐とした空気も何もない。
本当に穏やかで。私の知っている真木さんと、私の知っているチヅさんが、話している。
おばあちゃんのベッドを囲んで、皆でリンゴを食べる。
一番入り口側のイスに座るのが真木先輩。
おばあちゃんの真横に私が座っていなければ、
チヅさんが自然とそこに座って、真木さんと右隣りで話す。
そんな座り順も、自然と定着し始めていた。
午後3時を回った頃、帰るという真木さんをエントランスまで送るため、私も一緒に病室を出た。
チヅさんもこの後リハビリのようで、3人で廊下を歩く。
しばらく歩いていれば、見慣れた姿があって、
向こうも私に気づいてああ、と手をふる。
「山田さん!お久しぶりです。」
「久しぶりだねえ。元気?」
体調を崩してから、おばあちゃんはまだ個人病室にいる。
そのため山田さん含め病室にいた人たちと会う機会は中々なくて。
チヅさんにも挨拶をしてから、真木さんの存在に気づいた山田さんは、
あら~、男前、と口を覆った。素直なお口だこと。
「このかちゃんとチヅちゃんのお友達?」
「あ。私の大学の先輩なんです。」
「そうなんだねえ。名前はなんて言うの?」
「・・・え?あ、すいません。もう一回。」
「お兄さんのお名前。」
山田さんが再度そう言うが、
再び真木さんは困ったように耳を傾ける。
「真木さん、っていうんですよ。」
あ、と私が気づいた時には既にチヅさんの声がしていた。
「下の名前かと思っちゃいますよね。」
「あら~ほんとにそうね。どういう字を書くの?」
「あ、それは私も知らないかも。・・・真木さん、ってどういう漢字なんですか?」
「あ~、えっと。普通ですよ。真実の真に、植物の木です。」
山田さんが立っていたのは真木さんの左側。耳が聞こえづらい方。
真木さんの隣にいたチヅさんは、そのまま右隣りから話しかけていて。
気付けばチヅさんが挟まれるような形で会話が続いていた。
優しく微笑むチヅさんを見て、胸がきゅっとなるのだ。
リハビリ室の前でチヅさんを見送ってから、
真木さんと少しだけ中庭を散歩する。
「もうすぐだね。和菓子屋さん。」
真木さんと2人で出かける約束は再来週に迫っていた。
「そうですね。楽しみだ~。」
「本当にこのかちゃん一日あいてるんだっけ?」
「はい。その日は何もないです。」
真木さんはうーん、と少し考えこんで、
そしてポンっと手を打つ。
「せっかく車で行くんだし、少し遠出しない?」
「遠出?ですか?」
「そう。具体的な場所は出てこないんだけど・・。
どこか行きたいところとかある?」
行きたいところ、か。
うーん。あ、でも。
「動物園、とか。」
「あ、いいね!」
私の言葉に真木さんは目を輝かせる。
「ライオンとか見たいな~」
「私はナマケモノが見たいです!」
「ナマケモノってどこの動物園にもいるもの?」
「・・・どうなんでしょう。」
ハハッ、と真木さんが笑う。
秋晴れの天気の良い日々が続いていて、
今日も空には雲一つ見えない。
時折吹く風が冷たいけれど、
夕日に照らされればまだ温かくて。
あんなに遠いと思っていた真木さんとこうやって2人で話して、
歩いて、出かける約束をして。本当にすごく、幸せで。
「・・・楽しみ、ですねえ。」
このまま知らないふりをしていればいい。
そしたら真木さんに近づけたままでいられるし、一緒に笑いあってられる。
知らないままでいい。追求しないままでいい。何も考えなくていい。
それで誰かが傷つくわけじゃないし、真実を追求することが正しいとは限らない。
分かっている。分かっているけど。
けれど、きっと。
私には知らないふりが続けられない事も、分かっている。