茶屋の傍から頭を深く下げて見送る男。
そこからしばらく森を歩き、見えてくるぽつんと佇む質素な一軒家。
そこが野盗を倒した女──涼風結月(すずかぜゆづき)の家だった。
しかし、ここは彼女の実家ではない。
彼女の実家は10歳の時に何者かに襲われて燃えて失われていた。
彼女の父親と母親、そして一族と共に──
「ただいまー」
「おかえりなさい、結月。夕ご飯できてるよ」
結月が戸口を開けて家に入ると、そこには彼女の育ての親である清子が微笑みながら、夕飯の準備をして待っていた。
清子が出迎えた土間の近くの畳の上では、すでにもう一人の育ての親である千十郎が、夕飯のおかずを口にしていた。
「いただきまーす」
結月は清子の作る煮物が大好物であり、この日の夕飯にもそれがあった。
さらに味噌汁に入っている大根と小松菜は、家の前の畑でとれた自家製の野菜である。
結月は清子の作る夕飯に舌鼓を打っていた。
「出ていけ」
「へ……?」
突然の千十郎の声と内容に、思わず結月は煮物の椎茸を皿に落とした。
結月はすぐに顔をあげて千十郎を見るが、何食わぬ顔をしていた。
千十郎の顔のみでは意図を把握できずに清子の顔を見るが、彼女も真剣な顔でこちらを見ていた。
「お前も十分大人だ。一人で生きていきなさい」
「え? 何言い出すの。私がいなくなったら……」
「『イグ』が尽きかけておるのだ。これが何を意味するかわかるか?」
「──っ!」
『イグ』。それは古来より存在する不思議な力。かつては数名の『イグの行使者』と呼ばれる特別な存在しか使えなかったが、やがて時を経て一般的に人々が使えるものとなった。人々はそれをかまどの火をつけたり、重い荷物を運搬したりなどの生活力底上げに使用している。『人を傷つけない』安全な力として皆に親しまれている。
そのイグが尽きるということは、まもなくその人間に『死』が迫っているということ。
「ばあさんはわしより数ヵ月前に尽きかけておる。もう永くない」
「そんな……」
突然突きつけられた事実に目の前が真っ暗になる結月。
千十郎も清子も60歳を超えており、寿命が長くないのも当たり前ではあった。
(だけど……だけど……)
結月の脳内で10歳のあの日の記憶がよみがえる。
父親と母親を失い、屋敷から命からがら逃げ延びた、あの地獄の日──
屋敷の燃える轟音に、必死に森の中を駆け抜けた。
結月に【昔の記憶】を呼び起こさせるには十分だった。
(もう……失いたくない……)
「イグを……イグの消失を止めることはできないの……?」
「結月、それは不老不死と同じじゃ。できん。大丈夫だ。わしらは余生を二人で過ごす。結月、お前は綾城(あやしろ)に行け」
「綾城……?」
綾城──
この地方で最も栄えた都市国家。『イグの行使者』の一族である一条家の加護のもとで繁栄をする街である。
そこになぜ向かえと言われているのか、結月はわからなかった。
「綾城にいるわしの古い友人が、最近涼風家の生き残りと称するものがいる、と風の噂で聞いたと言っておった」
「──っ!!」
(涼風家の生き残り……。それが本当なら家族かもしれない)
「でも、じいちゃんたちを残していくわけには……」
「だいじょうぶ。ばあちゃんたちは二人で生きる。結月は新しい人生を歩みなさい」
清子が結月の手を握り締めた。
結月は少しの間迷った後、決心をした。
「ばあちゃん……。綾城に行って確認してすぐ戻るから! それまで絶対生きて!」
力強く握り返された手を一瞥した清子は、安心したように結月に微笑みかけた。
そこからしばらく森を歩き、見えてくるぽつんと佇む質素な一軒家。
そこが野盗を倒した女──涼風結月(すずかぜゆづき)の家だった。
しかし、ここは彼女の実家ではない。
彼女の実家は10歳の時に何者かに襲われて燃えて失われていた。
彼女の父親と母親、そして一族と共に──
「ただいまー」
「おかえりなさい、結月。夕ご飯できてるよ」
結月が戸口を開けて家に入ると、そこには彼女の育ての親である清子が微笑みながら、夕飯の準備をして待っていた。
清子が出迎えた土間の近くの畳の上では、すでにもう一人の育ての親である千十郎が、夕飯のおかずを口にしていた。
「いただきまーす」
結月は清子の作る煮物が大好物であり、この日の夕飯にもそれがあった。
さらに味噌汁に入っている大根と小松菜は、家の前の畑でとれた自家製の野菜である。
結月は清子の作る夕飯に舌鼓を打っていた。
「出ていけ」
「へ……?」
突然の千十郎の声と内容に、思わず結月は煮物の椎茸を皿に落とした。
結月はすぐに顔をあげて千十郎を見るが、何食わぬ顔をしていた。
千十郎の顔のみでは意図を把握できずに清子の顔を見るが、彼女も真剣な顔でこちらを見ていた。
「お前も十分大人だ。一人で生きていきなさい」
「え? 何言い出すの。私がいなくなったら……」
「『イグ』が尽きかけておるのだ。これが何を意味するかわかるか?」
「──っ!」
『イグ』。それは古来より存在する不思議な力。かつては数名の『イグの行使者』と呼ばれる特別な存在しか使えなかったが、やがて時を経て一般的に人々が使えるものとなった。人々はそれをかまどの火をつけたり、重い荷物を運搬したりなどの生活力底上げに使用している。『人を傷つけない』安全な力として皆に親しまれている。
そのイグが尽きるということは、まもなくその人間に『死』が迫っているということ。
「ばあさんはわしより数ヵ月前に尽きかけておる。もう永くない」
「そんな……」
突然突きつけられた事実に目の前が真っ暗になる結月。
千十郎も清子も60歳を超えており、寿命が長くないのも当たり前ではあった。
(だけど……だけど……)
結月の脳内で10歳のあの日の記憶がよみがえる。
父親と母親を失い、屋敷から命からがら逃げ延びた、あの地獄の日──
屋敷の燃える轟音に、必死に森の中を駆け抜けた。
結月に【昔の記憶】を呼び起こさせるには十分だった。
(もう……失いたくない……)
「イグを……イグの消失を止めることはできないの……?」
「結月、それは不老不死と同じじゃ。できん。大丈夫だ。わしらは余生を二人で過ごす。結月、お前は綾城(あやしろ)に行け」
「綾城……?」
綾城──
この地方で最も栄えた都市国家。『イグの行使者』の一族である一条家の加護のもとで繁栄をする街である。
そこになぜ向かえと言われているのか、結月はわからなかった。
「綾城にいるわしの古い友人が、最近涼風家の生き残りと称するものがいる、と風の噂で聞いたと言っておった」
「──っ!!」
(涼風家の生き残り……。それが本当なら家族かもしれない)
「でも、じいちゃんたちを残していくわけには……」
「だいじょうぶ。ばあちゃんたちは二人で生きる。結月は新しい人生を歩みなさい」
清子が結月の手を握り締めた。
結月は少しの間迷った後、決心をした。
「ばあちゃん……。綾城に行って確認してすぐ戻るから! それまで絶対生きて!」
力強く握り返された手を一瞥した清子は、安心したように結月に微笑みかけた。