結月はすぐに朔のもとを訪れていた。
 壇上にいる朔が話し始める。

「男の声が頭の中で響いて、話しかけられた、と」

 朔が結月に問う。
 結月は真剣な顔でうなずいた。その首には先ほどついた瘴気の跡がまだついている。
 瘴気は結月の鎖骨当たりまで侵食していた。

「こい」

 朔が結月に対して声をかける。

「はい」

 結月は朔のいる壇上にあがり、近づく。
 すると、朔は目の前で人差し指と中指を立てて、軽く詠唱した。

 瞬間、結月の首にあった瘴気がはがれた。
 禍々しく手のひらほどの大きさになり、丸くなった瘴気が浮遊している。

「琥珀(こはく)」

 すると、結月の後ろから突然ふわっと風が吹き、気づいたときには”それ”が目の前にいた。

「うわっ!」

 思わず、結月は後ずさった。
 人間よりもはるかに大きい獣の姿がそこにはあった。

 ただ、結月は不思議と恐怖を感じなかった。
 よく見ると、白いふさふさとした毛におおわれ、狼のような顔。目が金色に輝いて美しい。

「琥珀、浄化しろ」

 朔が命令すると白い巨大な狼のような獣は、先ほど結月から離れた瘴気を大きな口で食べた。
 何事もなかったかのように琥珀と呼ばれたその獣は、朔の横に伏せて目を閉じた。

 結月は圧倒され何も言えずに佇んでいた。
 ふと自分の首が軽くなったのを感じ触ってみると、瘴気で爛(ただ)れた肌も治っていた。

「安心しろ。お前の瘴気は浄化した。瘴気でお前の身体が蝕まれることもない」

(やっぱり、すごい人なんだ…)

「お前を襲ったやつは朱羅の可能性がある」

「──っ!」

「朱羅はもともとは幻を操る妖魔だ。瘴気を自分の幻にまとわせ、お前のもとへ向かわせたのだろう」

 朱羅が自分を見つけ、会いに来た。
 罠は成功している。これで本体の居場所が分かれば、倒せるかもしれない。

 その瞬間、朔と結月はほぼ同時に戦闘態勢になった。
 と、同時に琥珀も鼻筋にしわをよせ外に向かって唸っていた。
 全員感じたものは同じで、東のほうからとてつもなく強い妖気を感じていた。

「なに……あれ……」

 窓の外をのぞくと東の森が跡形もなく消滅していた──