──27年前。

「生まれたか!!」

「旦那様、お待ちください! まだ準備が……」

 赤子の泣く和室のふすまを勢いよく開く時哉。
 この日、一条家にとって待望の男子が誕生した。

「可愛いなあ~!」

 時哉は侍女の制止を聞くことなく、赤子を抱き上げる。

「父だぞ~」

「あなた、まだ赤子なんですから慎重に触れてくださいね」

「わかってる、わかってる!」

 時哉の妻、夏(なつ)が布団の中から声をかける。

 その光景をその場にいる誰もが微笑ましく見守っていた──

 やがて、『朔』と名付けられたその子は立派な当主となるべく、一条家の英才教育を受け成長した。



「朔」

「はい、父上」

 縁側に座って親子で話す昼下がり。
 時哉は時々忙しい合間をぬっては朔や夏との時間を作り、家族で過ごしていた。

「朔という字には『ついたち』や『一番になる』という意味がある」

「はい、存じております。一条家の人間として恥じぬよう何事も一番に……」

「違う違う! そうじゃない。朔という名は俺が響きで決めた」

「……はい?」