20年前──


「千里(せんり)、時哉(ときや)! 早く!早く!」

「ま、待ってくれそこまで引っ張るな! たくっ、お兄ちゃんになるんだろう? もう少し落ち着きなさい」

「はぁ~い」

 幼い朱羅が千里と時哉の手を引っ張り、自らの家へ連れて行こうとする。
 朱羅の家は貧しく、森の中にひっそりと佇む小さな小屋と畑だけがあり、周りに人の気配はない。
 朱羅の父親も、朱羅がなかなか帰らない父親を心配して山に向かうと、獣に襲われた様子で亡くなっていた。
 働き手がいなくなったこの家には、千里が密かに金銭的援助をしていた。
 そして、千里の幼なじみであった時哉も、よく家に訪れていた。

「わあ~ん」

「お兄ちゃんが帰ったぞ~。泣くな~」

 生まれたばかりで母親の手に抱かれている朱羅の妹。
 帰った手で触ろうとすると、朱羅の母親が制止する。

「こら! 手を洗っておいで、土だらけでしょう?」

「あ……」

 朱羅は自分の両手を見つめると、すぐさま家の外にある井戸へと駆けだした。